二次創作小説「水平線の、その先へ」

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5章 僕らは前に 進み出す(1)

          

 

 6月19日(日) 北西の風 風力2 曇り

 朝から雲が多いが、梅雨空特有の黒い空模様ではなく、時々日光がさしこんでくる。この分なら、きょうは雨に降られないだろう。土日が梅雨の中休みになっているおかげで、市民滑空場で訓練する朋夏のスケジュールが順調に消化できるのは助かる。

 格納庫に行くと、先に部品のチェックをしていた湖景ちゃんが「おはようございます」と元気な声をかけてきた。昨日はまったく作業にならず、帰りも二人に気遣って、僕と朋夏は別に帰った。だから湖景ちゃんが姉妹の告白をどんな風に受け止めたかは、聞きそびれている。

「ああ……おはよう……ございます」

 おかしな挨拶になったのは、湖景ちゃんが年上という事実に改めて気づいたからだ。これまでは幼い湖景ちゃんをフォローするようなことを言っていたが、思い返してみると恥ずかしくて顔から火が出そうになる。とはいえ、これからどう接したものか。

「じゃあ、津屋崎先輩。きょうも一緒に作業、がんばりましょう」

「あの……平山先輩」

 湖景ちゃんの声が、いつになく暗くなった。

「年齢を黙っていたのは、謝ります……私が悪いんですから」

「いいえ、決して、そんな……」

 湖景はそこで、きっとした表情で僕を見上げた。

「でも学年は、平山先輩や宮前先輩が上なんです。私は、お二人からたくさん教わる立場なんです」

「は……はあ」

「だから敬語とか、年上扱いはやめてください!」

 湖景ちゃんの声は、びっくりするほど強かった。

「……あの、私は今までどおりの、後輩がいいんですから」

 そして最後は、声が小さくなった。多分、年上なのに自分から後輩がいいなどという言い方をしたのが、気恥ずかしくなったのだろう。

「……わかった。じゃ、今まで通りにさせてもらうよ、湖景ちゃん」

「はい、平山先輩!」

 湖景ちゃんが、うれしそうにうなずいた。そういえば花見が「年齢なんて関係ない」と言っていた。僕たちが納得しているならこれでいいんだ、多分。

「なんとか、今週中には飛行機を形にしましょう」

 湖景ちゃんが、部品の山を見て腕を組んだ。作業を初めて一週間、これまで組んできたのは胴体の骨組みや尾翼の一部、車輪など、独立して組み立てられる部分ばかりだ。確かに飛行機の形ができてこないと、モチベーションが湧きにくい。

「教官から制御系も作るように言われています。しかしソフトは飛行機の機械系が組みあがらない限り作業になりません」

 委員長が機体製作の中心になれば、湖景ちゃんはソフト方面に専念できる。それまでは機体製作を手伝うことになるわけだが……そういえば飛行機を作ってもらう話はどうなったのだろう?

「ソラくん、コカゲちゃん、おはよー」

 その時、会長の明るい声が格納庫に響いた。隣には委員長も来ていた。日曜日なので二人とも私服で、委員長は半袖の動きやすそうな軽装だ。

「きょうはヒナちゃんを起こしに行ったよー」

「古賀さん、余計なことは言わないでください」

 委員長が会長を横目でにらみつけるが、会長は楽しそうにしているだけで、まるで効果がない。

「おはようございます、会長。飛行機の製作の件ですが、委員長は手伝っていただけるんですね?」 

「もちろんだよー」

「それって、この飛行機を私が全部面倒を見るっていう話でしょう?」

 僕と会長が、うんうんとうなずく。

「まったく、無茶を言ってくれるわね」

 委員長は、格納庫に並んだ木箱と部品を「全然組み上がってないじゃない……」などと不平を言いながら、見て回った。だが一通り見終わると、まんざらでもないような顔をしていた。

「湖景ちゃん、本当に困っているんです。しかも委員長をとても頼りにしています。湖景ちゃん、先週の土日にがんばりすぎて月曜日に熱を出したんですよ。なんとか力を貸してもらえませんか?」

「それは、あなたが湖景に無理な作業をさせるからでしょう? 日曜日に何時まで働かせたのよ!」

 しまった、この話は逆効果だったか。

 だが、委員長は逆に覚悟を決めてくれたようだ。

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「まったく、平山君に湖景の管理は任せられないわ。しかたない、引き受けましょう」

「ありがとうございます、姉さん!」

 湖景ちゃんの声が一オクターブ跳ね上がった。「姉さん」という呼び名に、少なくとも二人の間のわだかまりはなさそうだと感じた。僕は会長と目が合い、うなずきあった。

「助かります、委員長」

「平山君、その委員長って呼び名だけど、ここではやめてくれる?」

「……は?」

「私は委員長ではなく、名香野陽向として作業を手伝いに来ています。そうでなければ学内予選に示しがつきません。だから、ここでは委員長と呼ばないこと」

「わかりました……助かります、名香野先輩」

 この人はこの人なりに、委員長という呼び名を気にしていたのだろう。確かに、あまりいい意味がこめられているとは思わない。

「さて……じゃあ、きょうはどこから始める?」

「そうですね、姉さん。ええと……実は、エンジンや制御系と関係しない部分で、組み上げられるところは作ったんですけど……さすがにこれ以上は計器や操作系のワイヤ通しも必要になりますので、作業が難しいところです」

 名香野先輩が図面を見ながら、しばらく考え込む。

「湖景、制御系が後回しっていうのはプログラムの問題ね?」

「ええ、計器とかとつながる部分なんですが……」

「翼の舵を動かす金属索やペダルは、パイロットが手や足で力学制御する部分よね。エンジンと違ってとりあえずコンピューター管理は必要ないから、力学系を先にしましょう。これを作れば胴体や尾翼もつながるから、少し飛行機らしくなるわよ」

「あ……そうですね、はい、そうしましょう!」

「じゃあ、作業開始ね。平山君、お手柔らかに」

 差し出された手が握手を求めていることに、しばらく気づかなかった。握ってみた名香野先輩の手はほっそりしていたけど、しっかりと僕の手を握り返してくれた。それが信頼の証のようで、少しうれしかった。