7章 鎖を断ち切る 闘いは(4)
4
7月9日(土) 北西の風 風力3 快晴
朝の新聞に「内浜市役所職員、大トラで大暴れ」という記事があった。夜の繁華街で乱闘騒ぎを起こし、警察沙汰になったという。酔いが醒めた後の弁解が「市民との応対でストレスがたまり深酒をした」だそうだ。これって、あの人とは無関係だよな。僕はそう、自分に言い聞かせて自宅を出た。
きょうは土曜日だが、きっちりと授業が行われた。テストが帰ってくるのは来週だ。僕と朋夏も、完全にクリアしたという自信はないので、不安は残る。だがこればかりは、心配しても始まらない。
朋夏と旧校舎に行くと、いつも通り、湖景ちゃんが先にいた。飛行機は完成したわけだが、湖景ちゃんにはまだプログラミングの作業が残っていて、すでにミニコンに没頭していた。教官も飛行機のモーターなど駆動系を入念にチェックしている。朋夏は引き続き訓練をすればいい。しかし、僕は何の作業をすればいいのだろう?
「きょうはいいお天気で、よかったねー。太平洋高気圧、勢力全盛」
会長が、相変わらずのマイペースで現れた。確かにきょうの暑さはこれまでと一味違う。じりじりと照りつけるような太陽だ。だが内浜市はほんのり冷気を含んだ西からの海風が強く、暑さの中に涼しさを感じられるのが、東葛と違うところだ。
「やっと梅雨明けですね」
「うん。夏の高気圧に覆われるということは、梅雨が過ぎたという証拠。それでこんな風に、快晴の日が多くなるわけ」と、会長が天を指さした。
「夏になると雲がなくなって、直射日光が差し込むから、暑いんですね」
「うーん、実はちょっと違うよ。太平洋高気圧自体が暖かい空気の塊で、それが日本列島を覆うから、盛夏になるんだねー」
へー、知らなかった。季節にそんな定義があるなんて。
「さて、試験も終わって梅雨明けしたみんなに、さっそく朗報~」
会長はニコニコしていたが、僕たちは半歩引いた。会長の「朗報」は必ずしも僕たちにとって朗報ではない確率が高いことを、全員がわかっている。
「きょうはテストをしまーす」
「て、テストー?」
朋夏がやっぱり、と言いたげなうんざりした顔をした。
「こらこらそこ、ちょっと落ち着くといいよー。でも今のリアクションは、ちょっと面白かったかも?」
相変わらず会長は人が悪い。その横で湖景ちゃんが、首を三十度ほど傾げている。
「テストって、ひょっとして?」
「はいコカゲちゃんせいかーい。さすが冷静だね」
会長、湖景ちゃんはまだ何も言っていないように思うのですが?
「たぶん当たり。言ってみるといいよー」
「あの……試験飛行をするってことですか?」
「はい、大正解~。あとで湖景ちゃんの好きなものを買ってあげるよー。よろしくね、ソラくん」
財布は俺かよっ。
「おおおーっ」
目をらんらんと輝かせたのは、朋夏だ。やる気がメラメラと音をたてて、体中から沸いて出てくる感じだ。
「でも会長さん、まだコンピュータと計器の同化が、完全に済んでいませんが」
「それは飛行データを取得して、リアルタイムでチェックする部分でしょ? 計器がきちんと動いて、パイロットが認識できるなら、今は十分だよー」
「ですが、飛ばす以上はデータは取りたいですよね」
「予報だと、明日は風が強いんだって。今週飛べないと、来週だって天気がどうなるかわからないし、結果的にスケジュールがきつくなるよー。トモちゃんの慣れも必要だし、まずは飛ばせる時に飛ばしてみるのも悪くないかなーと思って」
確かに、早めに一度は飛んだほうが、いいことには違いない。十分なデータが取れなくても、問題に気づけば、解決の糸口も見えるはずだ。それに最悪の場合、飛ばないという事態もありえるのだから。
「飛行許可は出ているんですか?」
「大丈夫大丈夫。昨日、市役所からもらってきたよー」
会長が許可証をひらひらさせた。どういう裏技と手練手管を弄したかは、聞かないことにしよう。
「姉さんが立ち会えないのは、残念ですね」
湖景ちゃんも、少し寂しげながら、最後は同意してくれた。ただ名香野先輩なら、事情はわかってくれるはずだ。そこで教官が声をかけた。
「それでは機体を、市民滑空場まで運搬する。いったん主翼を外して、トラックに積み込むからな。給電線を外す時は気をつけろ。二本同時に触れると高電圧でしびれるぞ」
「了解!」
僕たち四人は、さっそく作業にとりかかった。