二次創作小説「水平線の、その先へ」

当ブログは二次創作小説(原作:水平線まで何マイル?)を掲載しています。最初から読みたい方は1章をクリックしてください。

13章 重ねた努力に 裏切られ(3)

「あたし、やってみる。なかなか楽しそうじゃない」

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 口元は笑っていたが、目は真剣だった。 

「教官の意見はどうですか?」

「恐らく大会は予選会と逆で、他の機体の大半がこの機体よりも軽いはずだ。プラットフォームも機体の性能と離陸速度を考えると、少し短い。このハンデを乗り越えて限られた初速と動力で巡航速度を稼ぐなら、ああして飛ぶしかないだろう……もちろん安全に飛べることを、十分な訓練で保証をした上での話だが」

 そうでなければ無謀だ、と教官は言った。

 朋夏は意を決した表情で、コックピットに向かった。そして元体操選手らしく羽毛のように体を踊らせ、一発で操縦席に収まる。

「あーあーあー。聞こえてる? 無線、これでいいのかな?」

「声がでけえ! 風防が開いてるんだから、普通にしゃべれ!」

「ああ、そうか。あはははは」

 力が抜けた笑い声が、スピーカーから響いた。

「でもこの飛び方、本当に面白そうだね! わくわくするなー」

「その脊髄反射的な考えは何とかならないのか、朋夏。どうやったら成功できるのかとか、そういうことを考えるべきじゃないのか?」

「考えている! あたしだって、ちゃんと考えて飛んでいるよ!」

「ほう。例えば?」

 スピーカーの声のトーンが落ちる。

「……きょうの晩ごはんは何かなー、とか」

 なぜ考えていることがすべて食に通じるのかね、わが幼馴染みよ。

「さっきはすごい集中力だったのに、もうリラックスしている。これが宮前君の強さかな」

 花見が同じアスリートらしい感想を漏らした。

「宮前先輩、今はバッテリーが切れているので外部電源で起動します。ピッチ調整とバッテリーの自動停止システムは働きませんが、今は飛行経路だけをシミュレーションして感覚をつかんでください……こちらの指示した地点で機首下げと機首上げをしてください」

「アイアイサー」

 朋夏は湖景ちゃんの指示通りにバッテリーを止め、指示通りに機首下げをし、指示通りに機首を上げ……そして海面に激突した。

「あちゃー。絶対いけると思ったんだけどなー」

 スピーカーから、朋夏の悔しそうな声が聞こえる。

「心配ない。最初からうまくいったら、僕の立場がないからな」

 花見は落ち着いた表情だ。

「平山先輩、私は宮前先輩の操縦データを取りますので、管制を代わっていただけますか?」

「え? あ、了解」

 湖景ちゃんはミニコンをぱたぱたと操作し始めた。スクリーン画面の端にウインドウが開き、数字が猛烈な勢いでスクロールを始める。

「これが宮前先輩の飛行経路を示す高度と距離、方向のデータです。画面上に軌跡を描けるよう改良しますが、その辺の改良も後日ということで」

「わかった、湖景ちゃんはプログラムに集中してくれ。朋夏への指示は僕がやろう」

 改めてモニター正面の椅子に座り、朋夏に指示を出す。

「再トライだ、朋夏。こちらの指示通りに飛行してくれ」

「了解」

「湖景ちゃん、最初はサポートを頼む。どの数字を見て指示を出すべきか、アドバイスしてくれ」

「わかりました」

 朋夏の機体が、再び滑走を始める。むろん機体はすぐそこにあるが、こうしてスクリーンに映し出された風景画像を眺めているだけで、まるでゲームをしている気分になる。だが、それを動かしているのは朋夏だ。

 僕はこの飛行機で、実際に空を飛ぶことはない。しかし朋夏と一緒に空を飛んでいるような感覚に、心の温かさを覚えた。いや、朋夏一人だけじゃない。たとえシミュレーターであっても、湖景ちゃん、花見、会長、名香野先輩、教官、みんなの思いを乗せている。

「空太、そろそろじゃない?」

 朋夏のスピーカーの声に、目が覚めた。

「すまん、いこう。フェイズ二、機首下げ開始」

「しっかりしてよ、空太」

 声に緊張感が走る。機体は機首下げをし、ゆっくりと海面が近づく。

「七十……六十……」

 湖景ちゃんが、高度の数字を読み上げる。画面左には対気速度。ここのタイミングが命だ。

「いまだ、朋夏」

 朋夏は答えず、ぐうーっと機首が上がる。画面が下にスクロールし、水平線に変わって空が見えて……激突した。

「だめだなー、もう一度!」

 朋夏は、何度も飛行シミュレーションを繰り返し、その数だけ失敗が増えていった。それでも朋夏は、変わらず陽気だった。