7章 鎖を断ち切る 闘いは(7)
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僕たちはその後、着陸した機体を、協力して駐機場まで運んだ。花見も手を貸してくれた。その後で、教官が全員に集合をかけた。
「宮前、落ち着いたか? では、今回の飛行の反省会をするぞ」
一同がなんとなく、居住まいを整える。
「誰でもいい。何か気づいた点があったら言ってみろ」
「あの……一つよろしいですか?」
最初に手を上げたのは、湖景ちゃんだ。飛行機を作り始める前なら、発言しなければいけない場面でも、自分から挙手することはなかったと思う。
「機体のバランスに、問題があるように思えました。理由はよくわからないのですが……あと、バッテリーが早く切れた点も究明しないといけません」
「そうそう、あれ焦ったよ! ふっと見たら、バッテリーがほとんどなくなってるんだもん!」
バッテリーが早く切れるのは難題だ。不良品なら交換する必要があるが、そうでなければ、何か機体の問題を見落としていることになる。
「あと、思うようにスピードが出ないんだよねー。やっぱりモーターの限界なのかな?」
「花見。お前は何か意見があるか?」
教官が突然、部外者の花見を指名した。
「そうですね、僕が気づいたのは……」
花見が、宇宙科学会のメンバーをぐるりと見回した。
「まず、よく作ったと思う。君たちがここまで来るとは正直、思わなかった」
そう言った後、花見はこほんと一つ、咳払いをした。
「ただし、だ。飛行機がこのままなら、僕たちが勝つ」
「え……どういうこと、花見君?」
朋夏が突っかかるように言ったが、僕が制止した。
「待て、朋夏。花見もさすがに、そこまで言うほどお人好しじゃない。僕たちはライバル同士なんだ」
「それは、そうだけど……」
「花見が僕たちを止めないなら、墜落するような問題じゃない。時間はあるし、今はそれで十分だ。花見、ありがとう。あとは僕たちで解決する」
それを聞いて、花見が少し微笑んだ気がした。
「あ、ハナくん。一ついい?」
会長の問いかけに、全員がなんだろうという顔をした。
「さて、きょうは宇宙科学会の試験飛行を見てくれたわけだけど。今度は私たちに航空部の練習を見せてくれるよね?」
「え……」
花見に一瞬、躊躇の色が漂ったが、すぐに頭を振って打ち消した。
「わかった。古賀さんの好意で見せていただいたんだし、航空部だけが敵情視察するのは不公平だね。じゃあ、準備や部員への説明もあるから、次の火曜日の放課後に航空部の滑空場に来てくれ」
そう言い残して、花見は帰っていった。
「よし。では、今後のことだが……まず津屋崎」
「はい」
「まずは、きょうのデータの解析だ。データを洗い出した上で、名香野に引き継ぐこと。機体の修正は名香野に請け負ってもらう。津屋崎は引き続き。コンピュータの制御を向上させる方法を考えてくれ」
「わかりました。完全な飛行データではないのが残念ですが、ある程度の解析はできると思います」
湖景ちゃんの声に、自信が溢れている。飛行機作りではどこか頼りなかったが、今は生き生きとしている。
「宮前」
「はい、教官!」
「新しい計器と、飛行機に慣れろ。きょうの操縦の感覚を、体と頭に叩き込んでおくんだ。今までの飛行機とは巡航速度も、舵の効き方も、何もかも違っていたはずだ。そこをよく飲み込んで、一日も早く操縦をマスターしてくれ」
「わかりました、教官!」
試験が終わった朋夏は、やる気十分と言った感じだ。ただ相変わらずこの二人のやりとりは独特のテンションで、見ていて疲れる。
「平山は、引き続き必要に応じて、必要な部署のサポートを頼む」
「もちろん、了解です」
「あ、手続きとかの合間を縫って、私も手伝えるかもー」
手伝いなんてする気ありませーん、という感じの気だるい声で、会長が手を上げた。
「古賀か? お前は……」
教官が口ごもるのは、なんか新鮮な光景だ。
「はいはいー、何でもするよー」
会長がまた、面白そうな顔をしている。誰かが困っている様子を見ると、うれしさを隠せなくなるのが会長だ。
「あー。お前は、各部署に対する、過度の干渉を、慎むことで……作業効率が、最大限発揮される状態を、維持させるように」
「それって、邪魔するなってことかなー?」
あ、教官。よーくわかってるじゃないですか。
「……まあ、そういうことだな」
教官の歯切れが悪い。会長にそこまで言う教官がすごいのか、教官を口ごもらせる会長がすごいのか、にわかに判断しにくい。
僕たちはその後、飛行機の胴体と主翼をまた分解し、トラックに積んで旧校舎に戻った。みんなそれなりに疲れていたが、次の作業を楽にさせるために、もう一度主翼を付け直してからお開きとした。テンションを張る作業は大分慣れてきて、最初の時の半分以下の時間で済むようになった。
さあ、明日からは機体のチェックすべき点が山ほどある。だが、障害があることがかえって、僕らの気力を奮い立たせる。
「そうそう、明日の部活について連絡がありまーす」
ひとしきり作業が片づくと、会長がみんなに集合をかけた。
「突然ですが、明日の日曜日の部活はお休みにします」
なんですと? こんなにやる気が出ているのに?
「せっかくの日曜日なのに、休んでいいんですか?」
朋夏が聞き返していた。
「明日はヒナちゃんもいないし、私も東京で用事があるのでーす。でも旧校舎にソラくんとコカゲちゃんを残すのは、狼の前にヒツジさんを置くようなものでしょ?」
「オオカミさん……」
湖景ちゃんが急に、僕から一歩離れた。
「ヘンなこと言わないでください! 別に名香野先輩と会長抜きでも、ちゃんと作業できますよ!」
すると会長は、首を横に振った。
「飛行機作りが始まってから一度も土日に休んでないでしょ? そのまま期末試験に突入しちゃったし。今は元気でも、本当はソラくんもトモちゃんも疲れているはずだし、コカゲちゃんも休まないと、体が持たないよ」
会長は真顔だった。僕と朋夏が思わず顔を見合わせた。
「でも、あたしの訓練はどうなりますか? 土日しか飛べませんし、飛行する時間は多いほどいいと思いますが」
「だから、あしたは風が強いんだって。たぶん市民滑空場は使えないよー。トモちゃんも猛勉強した後だし、一度気持ちをリセットした方がいいよー」
そんなものだろうか。大して疲れを感じないのだが。
「トモちゃん、夏休みになったら、毎日でも飛べるようになる。それに、予選会から大会まで、今度こそ休みが取れないかもしれない……きちんと部員を休ませるのも、チームリーダーの仕事だよ」
時間はいくらあっても足りないが、休みなしに挑むには長い時間でもある。機体は問題解決の糸口が見つかるまで飛ばせないから、ここらで休むのもいいかもしれない。その方が、名香野先輩も勉強に打ち込めるだろうし。
そして僕が家に帰り、夕飯を食べると、恐ろしいほどの睡魔が襲ってきた。八時台に寝てしまったのは、本当に久しぶりだ。後で聞くと、朋夏も湖景ちゃんも同じだったというから、まったく会長の言うことは正しかった。