二次創作小説「水平線の、その先へ」

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3章 ゼロから始まる 挑戦で(8)

 地球が反転するほど驚くとは、このことだろう。今のがコクられる、という奴なのだろうか。というか、なぜ委員長が僕に?

「げっ」

 カエルを蹴っ飛ばしたような声を出したのは朋夏だ。朋夏が隣にいながら何を言い出すんだろうか、この委員長様は。

「いえ、そんな、私はただ様子を見に来ただけで、彼女がいなければいないで、その……」

 ますます委員長があわて始めた。

「いなければ……それでいいんだけど」

 そういって押し黙った委員長に、僕は何を言えばいいのだろう。朋夏は朋夏で首から下が完全に凍りつき、ただ頭だけが僕と委員長を交互に見比べていた。「ういーん」という機械音が首から聞こえてきそうだ。

 いや、馬鹿なことを考えている場合ではない。これはどうみても、大人になる前に通過する階段というか、青春の甘酸っぱい体験の一コマというか。しかし心の準備がまったくなかったのでどう答えればいいのか、まるで頭が回らない。委員長を意識したことは全然なかったけど、でもそう言われるとこの前ちょっとかわいいかなって思ったりとか……。

「あの……今は、いないような気がするんですけど、その……あまりに突然で急に返事と言われると……いや、考えみてもいいかなって気はしないでもないんですが、その、少し時間が欲しいというか……」

 やっとの思いで言葉を搾り出すと、委員長はなぜかほっと息をついた。

「そう。いいのよ。いないなら、ここにはもう用はないから」

 ……あれ? なんか、ちょっとおかしくありませんか?

「あの、名香野先輩……空太を彼氏にしたいんですか?」

 朋夏が尋ねると、委員長はしばらく「何を言ってるの」と言わんばかりの顔で眉をひそめた後、急に顔が赤くなった。

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「え? あの……彼女って、そういう意味じゃありません! つ、津屋崎さんのことです!」

 僕はまたしても、何が起きたのかわからなかった。十秒ほど思考が空転した後で、自分の台詞が頭によみがえり、脳が沸騰した。

「え? あ、そうですよね! ははは……いや、忘れてください。さっきの話に特に大きな意味はありませんから!」

「湖景ちゃんなら格納庫、つまり旧倉庫だと思いますよ。今はまだ機体の部品と格闘しているはずです」

 三人の中で最も早く立ち直った朋夏が、代わりに答えた。

「そう……そんなことをしているの、あの子」

「ええ、湖景ちゃんは機体担当ですから。でも名香野先輩、湖景ちゃんが何か?」

 また委員長が口ごもった。

「……いえ、元気にやっているなら、それでいいのよ。よろしく伝えておいて」

 それだけ告げると、委員長は去ってしまった。

「なんだったんだろう。なあ、朋夏?」

 と僕が問いかけると、朋夏は何も言わずに、じと目でこちらを見ていた。

「考えてみても、いい? あのニヤケ笑いは、何? どういう意味なのかなー、空太君?」

「いや、お前……誤解しているぞ、あれは、とにかく傷つけないように時間稼ぎをさ……」

 慌てふためく僕に夏が電光の速さで僕の頭を脇の下に抱え込み、ギリギリと締め上げた。

「鼻の下伸ばしながら言ったって、説得力がなーい!」

「げえええ! ギブ、ギブ! タンマ!」

 ヘッドロックを完璧に決められた僕の情けない悲鳴が、旧校舎にこだました。

 その晩、朋夏から電話があった。あの後、戻ってきた教官に僕が体験飛行に同行することを話したら「平山は、まずは機体作りに専念させろ」と、怒られたらしい。

 確かに僕が滑空場に行っても役に立たないのは事実だ。一緒にいた会長が「代わりに私が行くよー」と言っていたそうだが、完全に物見遊山だろう。ただ機体作りがスタートから遅れたのは事実だし、日曜にもかかわらず一年生の湖景ちゃんが朝から来ると言っていた以上、やはり明日は格納庫の作業を手伝うべきなのだろう。

 ベッドにもぐると、きょう一日のことが頭に浮かんだ。半日以上一つの作業に真剣に取り組んだのは本当に久々だった。

 作業の見通しは相変わらず霧の中だが、やる前はあれほど面倒だと思っていたのに、今はそれほど苦に思わない自分がいることが新しい発見だった。本当の苦労はこれからだとわかってはいたが、今は心地よい心身の疲れに身を委ねることに決めると、数瞬後には深い眠りに引き込まれていた。