二次創作小説「水平線の、その先へ」

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2章 はばたく鳥に 憧れて(8)

「ですが、さすがに今回は……これを作って飛ばすのは、無謀だと思います。あなたを見て、そう思いました」

 この人は、真剣に空を愛している。僕たちのやろうとしていることは、単なる会長の思いつきであり、その動機は部活動の存続という軽いものだ。空に挑戦するなど、この人に対する非礼でしかない。

「なぜ無理だと思う?」

「え?」

 そう聞き返された時、僕は戸惑ってしまった。だから、空はそんなに軽々しく挑むものではない……

「なぜって……だって、所詮は高校生ですよ。それも飛行機なんて触ったこともない、素人ばかり。解散を目前にした、たった四人の部活動ですよ。人を乗せる飛行機なんて、そんな……」

「できない奴ほど、言い訳を用意しておくものだ」

「え……?」

 僕は我知らず、男をにらみ返してしまった。男に、動じた風はまったくなかった。

「図星か」

「図星も何も……そもそも言い訳してるつもりなんか、ありませんし」

 呼吸を整えて、言葉をつないだ。この集団で空を飛ぶのは無謀、その推論に間違いがあるとは思えない。

「立派な言い訳だと思うがな」

 男は攻撃をやめなかった。

「僕は、素人の高校生にとって無謀なことを無謀と言っただけで、言い訳ではありません。理性的な判断でしょう」

「何もしないことに理由をつけるとは、たいそう立派なご判断だな。今の高校生の判断力とは、その程度か」

 挑発、とは頭でわかっていた。だが、下手すれば命がかかる話だ。反論しないわけにはいかない。

「今時の高校生、って台詞はやめてください。なぜ素人が飛行機を飛ばすのが、無謀でないといえるのですか?」

「その判断の前に、飛行機を飛ばすのがどのくらい困難なことなのか、お前は勉強したのか?」

「いえ……でも、常識的に考えて」

「何の常識だ? なぜ勉強もしないのに飛ばせないと、お前は言い切れる? 要するに、面倒ごとを避けたいのではないか?」

 自分の顔が赤くなるのを感じた。半分は怒りで、半分は恥ずかしさだ。確かに面倒ごとを避けたいというのは図星だ。しかし、例えそうだとしても、飛行機作りが無謀なことには――。

「困難ではあるが、不可能ではない。そして男なら、困難なことにこそ、挑戦すべきではないか? 高校生にもなって、何も知らないくせに無謀でできないと言い切る男はこの先、人生の苦労から逃げ続けるに違いない」

 いけない、ともわかっていた。

 だが「人生から逃げる」という言葉は、僕の心の古傷をかきむしるには、十分だった。スイッチが入った。

「僕たちは空の世界に、好奇心と面白半分で首を突っ込もうとしているんですよ。あなたは人生がわかっているような口を利いているけど、そんな甘っちょろい考えで飛行機を作ろうなんて、それこそ子供じみた考えじゃないですか」

「好奇心で挑戦して、どこが悪い」

 僕はつまった。なぜ否定しないのか。男は本当に空が好きなのではなかったか。興味本位で空にかかわろうとする手合いを、疎ましく思わないのか。

「物事の最初はそれでいい。いずれ本気になった時に、真剣になればいい」

 男は静かに言い切った。

「それにお前も、空には興味を抱いているんだろう?」

 それは否定しない。しかし実行するかどうかは別の……

「興味があるのに、理由をつけて逃げようとする。人が少ないから、理性的な判断だから、面倒だから、甘い考えだから。お前がこれまで、いくつ言い訳を並べ立てたと思う? そんな細かい理由を必死につけて、興味のあることからすら逃げたがる。そんなお前は、ただの怠惰な人間だ」

「ちょっと待て!」

 怒りが口をついて出たのは、何年ぶりだろう。

「僕のことを何も知らないくせに、勝手に決めつけるな」

「情熱を燃やせない、言い訳をつけて逃げ続ける男は、怠惰というしかないだろう。好きな女の前で、いざという時に勃たない男だ。その時は、どんな言い訳を考える?」

 話のレベルが一気に低俗になったことで、怒りが沸騰した。

「僕が逃げ続けるだって? あんたは知らないかもしれないが、僕は戦うのが嫌なんじゃない」

 心の底から、言葉の奔流がほとばしる。

「いい加減な気持ちで取り組むのが、嫌なだけだ。全員で本気で戦おうっていうんなら、僕はいつだって戦ってやる!」

「ソラくん、その言葉に二言はないよねー?」

 突然、背後でうれしそうな言葉が聞こえた。

 冷水をぶっかけられる、とはこのことだろうか。

「か、会長! いつから……」

「んー。難しい言葉で言うと……最初から?」

 会長の後ろに、朋夏と湖景ちゃんが立っていた。朋夏は喜色満面、湖景ちゃんは照れるように笑っている。

「宇宙科学会一のいい加減会員ソラくんが、あんな熱弁をふるうとはねー。季節外れのフェーン現象って感じ? これはちょっと評価を変えたほうがいいかもー」

 ぐうの音も出ない、とはこのことだ。

 僕がこの一年間をいい加減な気持ちで過ごしてきたのは、誰の目にも明らかだ。恥ずかしさで、目から火が出そうになった。

「聞いちゃった、空太の熱血発言。面白かったよー」

「平山先輩……本当は、やるべき時はやる人、だったんですね」

 ああ、後輩にもいい加減な先輩と思われていたのか。まあ、その点は自業自得なのだが。

「あの……今のは、その……僕を見ていれば、わかるでしょ? ちょっと気の迷いというか、怒ってつい……」

「あら、ソラくんが、でまかせを? かわいい後輩の前で……撤回?」

「いえ……そんなことは」

「じゃあ、同意ってことで。コカゲちゃんは、どう?」

「あの……みなさんが、そう仰るなら」

「はい、これで全員賛成。抵抗勢力が無力化したところで、いよいよ本格的な活動に入るよー」

 会長が、高らかに勝利宣言をした。男がバツの悪そうな顔をして、首筋をかいている。要するに僕は、会長の手のひらで踊っていただけなのだ。一年たっても僕は、会長の思うがままの操り人形、というよりオモチャだ。

「平山先輩……」

 湖景ちゃんが、僕の袖をそっと引っ張った。

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「……完全に、乗せられていましたね?」

 無邪気な笑顔が、僕の心に無形のダメージとなって、突き刺さった。