二次創作小説「水平線の、その先へ」

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7章 鎖を断ち切る 闘いは(8)

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 7月10日(日) 西の風 風力5 晴れ

 久々の休日。僕は朝八時に目が覚めたが、もう一眠りを決め込んだ。休日の二度寝くらい、幸せな瞬間はない……そう思って夢の世界に戻りつつあった時、僕は母さんの声で現実の世界へと引き戻された。

「空太あ。まだ寝てるの? 電話よ」

「んー。誰から?」

「名香野さんって、女性の人」

 上村なら居留守を使おうと思ったが、世話になっている名香野先輩のモーニングコールでは無視できない。名香野先輩から自宅に電話がかかってきたのは、初めてだ。

 しかも先輩は、追試に向けて勉強中のはずだ。あるいは追試の勉強が終わってしまい、旧校舎に作業に来てみたら誰も来なくて途方に暮れた、という話だろうか。責任感の強い先輩のことなら、ありえることだ……と、まだ現実と夢を往復している脳内で想像した。

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「平山君? 名香野です。湖景に聞いたけど、きょうはお休みですって?」

 なんだ、知ってたのか。それならなおさら、何の用だろう。

「休日のところ悪いんだけど、実は至急、学校に来て欲しいの」

 学校? 何のことだ。まさかデートの誘いじゃないだろうな。でも最初は学校で、なんて先輩らしいな……

「ねえ、聞いている、平山君? 実はね、中央執行委員会の仕事をひとつ、代わって欲しいの」

 僕の脳が、ようやく現実を理解し始めた。そういえば以前、名香野先輩の言葉で変な妄想をしてしまって、ひどい目にあったっけ。そういう甘い期待をしてはいけない、ということを忘れていた。

「代わるって……僕が委員会の仕事を、ですか?」

 名香野先輩の話によると、もともと試験が終わった後のこの土日は、宇宙科学会の活動を休んで、たまっていた委員会活動の処理に充てる予定だったらしい。そのためにスケジュールを満載させていたものの、思わぬ追試となり、スケジュールが消化できなくなった。そこで金曜日の夜に委員会の他のメンバーにかけ合い、なんとか代わりを手配したという。

「土日に仕事を頼むのは、大変じゃなかったですか?」

「それは、ね。委員たちにはずいぶん不平も言われたし、断られたりもしたけど、協力できる人を探して、何とか拝み倒したわ。こっちが悪いんだし」

「すみません」

「どうして謝るのよ」

「その原因を作ったのは、僕たちですから」

 名香野先輩の苦労には、本当に頭が下がる。すでに僕は、名香野先輩が依頼する仕事が何であれ、請け負う気でいた。ここで断るようなら、男が廃るというものだろう。それにしても、不意の休日出勤で不平を言う委員の気持ちも理解できないではないが、これまで散々世話になってきた名香野先輩が困った時にあっさり断るとは、どういう了見なのだろう。

 そんな義憤を少し口にしたら、先輩は「ありがとう、でもみんなが平山君みたいに考えてくれるわけではないわ。日曜日に学校で仕事しろ、とお願いするのが本当は無理なのよ」と言い、電話口からため息が聞こえた。こうやってこの人は、土日も委員会の仕事を一人で背負い込んできたに違いない。

「で、仕事は何ですか? 僕にできることならいいんですが」

「こればっかりは他の委員に頼めなくてね……実はきょうの午後、LMG大会の役員が理事長にあいさつに来て、中央執行委員会と打ち合わせをする手はずなのよ」

「理事長と打ち合わせ? 日曜ですが」

「それは理事長の都合。理事長も忙しくて平日は外を飛び回っている分、土日は学校で仕事しているから、日曜が都合がいいと言いだしたの。私もその方が都合が良かったから受けたんだけど、こんなことになっちゃって」

 ますます、僕が悪い気がしてくる。

「てことは、僕も理事長と会うんですか?」

「それは必要ないわ、私から欠席と言っておくから。ただ大会役員と中央執行委員会の運営面の打ち合わせがあるのよ。それに出て欲しいの」

「なぜ中央執行委員会と大会役員の打ち合わせが必要なんでしょう」

「学園は、今回の大会の協賛団体よ。ポスターにもあったでしょう? 大会の運営といっても会場の案内とか雑用の手伝いだけど、委員会の動員だけでは足りないから、ボランティアの生徒の手配とかが必要なわけ。さすがに私の立場上、他の委員にはお願いしにくくて……」

 それも宇宙科学会との兼任で、反発が出ていることと無縁ではないだろう。それにしても、もう一つ疑問がある。

「それなら会長がいいんじゃないですか?」

「古賀さんは、東京にお出かけでしょう。むしろ幸運だったわ。あの人が外部と交渉ごとをやったら、めちゃくちゃになると思わない?」

 ごもっとも。しかしさすがに委員会の事務は、僕にはよくわからない。

「湖景を同席させるわ。仕事の内容を、ある程度レクチャーしてあるから。それに基本的には向こうの大会計画を聞いて、その要求とスケジュールどおりに事を運べばいいの。何か不明な点があったら、責任者不在で保留にしてくれればいいから。後日、私が判断します」

 なるほど、つまり名香野先輩は、湖景ちゃんに大事を託したものの、対外的な交渉となると、引っ込み思案だけに不安を覚えた。そこで僕を交渉の前面に立て、湖景ちゃんにバックアップさせる体制にしたわけだ。

「わかりました。他ならぬ大会のことですしね。じゃあ、あとは湖景ちゃんと打ち合わせをします」

 名香野先輩は「ありがとう、助かるわ」と言って、電話を切った。

 一応、朋夏にも電話をかけてみた。しかし朋夏のお母さんによると、朋夏は朝、市民滑空場に出かけたらしい。会長の予報どおり、かなり風が強いから飛行は無理だと思うが、それでも滑空場に行きたい気持ちを抑えられなかったのだろう。僕は朝食もそこそこに家を出て、バス停に向かった。