二次創作小説「水平線の、その先へ」

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3章 ゼロから始まる 挑戦で(6)

 放課後になると、雨が降ってきた。朋夏は旧校舎に行くため湖景ちゃんを誘いに向かったが、僕は会長の指示通り、部室に顔を出した。会長は先に来ていて、きょうはパソコンに向かっていた。

「あ、ソラくん。情報収集どうだった?」

「え?」

「え、じゃないよ。ハナくんが来てたでしょ。航空部はどうだった?」

「えーと……その……」

「部員の数は? 機体は? 進行状況は? 勝算は? ハナくんの好物と弱点は? スパイのソラ君がどんな重要情報を聞きだしたのか、私楽しみだなー」

 そんなこと、何も聞いていない。そういえば情報収集とか、メールに書いてあったな。

「えー、何も聞いてないの? ダメだなー、ソラくんは。雑用失格だねー。やっぱり呼び方、奴隷にしよっか?」

「そんなにスパイしたいなら、会長が自分で花見から聞けばよかったじゃないですか」

「組織のトップがスパイなんて、聞いたことないよー」

 これだから、会長は困る。もっとも会長も、僕が何も聞いてないことを見越して、からかっただけらしい。

「花見は全力で戦う、って言ってましたよ。冗談だったらやめるよう忠告するつもりだったって。花見はなぜ、やる気になったんでしょうね?」

「それはソラくんが想像以上にカッコよかったからに、決まってるよー」

 あるわけないだろ。花見は男だぞ。

「そうそう、きょうの作業。ソラくんは私を手伝って徹夜でーす」

「いきなり徹夜は勘弁してください。機体の方はいいんですか?」

「コカゲちゃんが、組み立ての手順を十分に理解できてないみたい。トモちゃんは教官に任せてあって、体育館で調整だよ。だから今のうちに、大会のレギュレーションの確認とスケジュール調整を済ませようと思ってねー」

「何で僕が手伝うんですか?」

「大会規定を私しか知ってなかったら、私が不治の病で倒れた時に困るでしょ?」

 会長、僕を巻き込むことで絶対サボろうとしている。とはいえここで作業と言われた以上、会長の仕事を手伝うしかやることがない。あきらめて、ミニコンを開いた。

 飛行大会の規定なので難しい内容を予想したが、意外に理解しやすかった。モーターやバッテリーは大会実行委員会から提供されること、モーターのギヤ比は変えてもいいが出力を変更する改造は認められないこと、などが事細かに触れてあった。動力源は規定のバッテリー以外は一切使えず、人力もご法度だ。普通に準備すれば規定はクリアできるはずだが落とし穴があるといけないので、一応すべてチェックする必要があった。

 計画書によると、大会は内浜海岸で行われる。高さ五メートルの特設プラットホームから海に向かって飛び、着水までの飛行距離を競う。学内予選は航空部の滑空場で行われるから、通常の離陸と着陸が必要になる。異なる規定の競技を短期間でこなすというのも、頭が痛い問題になるだろう。

「会長はこの規定、読みました?」

「そういう書類はソラくんが読めば万全じゃないかなー」

「僕が不治の病にかかったら、どうするんですか?」

「その時は、病床から指示してくれればいいよー。不治の病だから死ぬとは、限らないじゃない?」

 それでもなんだかんだいって、会長は自分のミニコンで書類の重要な部分には目を通してくれた。ただし「本当に読まないといけない書類って、どれかなー?」という質問に、僕がすべての書類に目を通して回答した後の話だ。

 さすがにエントリーシートと機体データの入力は、会長にお願いした。僕はその間に、作業スケジュール作りに入る。会長はキーボードシートをたたき、空欄をまたたくまに埋めていった。

 有能で理解が早いだけでなく、いったん作業を始めると恐ろしい速度で処理していく。その才能と勤勉さの万分の一でも宇宙科学会の活動で披露してくれれば、こんな事態にはならなかったはずなのだが。この一次書類審査でパスしたチームに動力や機材が送られてきて組み込むことになる。組み込んだ後の実データは七月下旬の最終登録で申請すればいい。

 エントリーシートを打ち終わった会長は、「終わった終わった」と背伸びを一つすると僕の隣に座り、作りかけのスケジュール表を覗きこんできた。

「学内予選が七月二十三日の土曜日とすると、終業式の三日後かー。夏休みに入ってすぐに飛行機を飛ばすとなると、六月中に機体を完成させたいな」

「それ、さすがに無理じゃないですか? 七月五日からテストですし、直前の週に面倒な作業はできませんよ。かといって、もう一週間前に機体を完成させようとしたら殺人的なスケジュールになります」

「大丈夫、大丈夫。スケジュールを決めてしまえば、死に物狂いでやってくれそうな人がいると思うよー。ヒント、ソラくん!」

 それヒントじゃなくて指名だろう。

 一応「機体」「事務」「訓練」「その他」に分けて、僕が作業スケジュールを作り、会長が担当を振り分けていった。ただし訓練は教官次第なので、実質ペンディングだ。

 事務は会長担当だが、それほど多くはない。「その他」はもちろん僕の仕事だ。そして問題は、やはり機体だ。日程を短縮させると、一日あたりの作業量が多すぎる。組み立てだけでも一仕事なのに、必要事項のチェックや点検、バッテリーとモーターの装着と調整、制御ソフトの開発など、作業が山積している。

 しかし、会長はまたしてもスケジュール表を恐ろしい速さで埋めっていった。一つ「コカゲ」と書くと、それ以外の作業の空欄にすべて「ソラ」と書いていく。素晴らしい。絶対、後で破綻する。僕は確信した。

「うーん、こうしてみるとソラくんは大変そうだなー」

 スケジュール表を見て、会長が頭をかいた。

「じゃあ、少し引き取ってくれませんか?」

「安心して。チームリーダーにはチームリーダーの仕事があって、ため息つくくらい仕事をしちゃうから」

 ため息ですか。こっちは血反吐を吐きそうな気がするのですが。

「どうしたって人手が足りないですよ。飛行機一機作るのに四人ですよ?」

 正確にはパイロットとチームリーダー様を作業からほとんど除外しているから、二人だ。

「うーん……そういえば、新規人材については考えてなかったね」

 会長があごに指を当てた。自分が手伝うという発想はないらしい。

「ソラくん、誰か知らない? 部に所属していない人。あるいは他の部の有能な生徒をスカウトするとか」

 部に所属していない、というのは最近部をやめた生徒に限られる。部活動所属が義務の学園では、フリーの人材は簡単には見つからない。

 スカウトするにしても三年生は進学の準備に忙しいだろうし、二年生は今が一番部活動に打ち込める時期だから、やめる奴は少ないだろう。あるとすれば、一年生で入った部に失望を感じた人間くらいだ。もちろん僕のようにロクに活動していない生徒もいるにはいるが、そういう生徒がいきなりハードな飛行機作りに勤勉さを発揮するとは思えない。

「ソラくんの友達で時々部室に来る男の子がいるじゃない。彼はどう?」

「上村実ですか? 以前誘ったこともありましたが、きっぱり断られました。今はどこかの学会で副責任者を務めているそうですよ」

「ふーん、ミノくんって言うんだ。どこの学会?」

「知りません。聞いたことないですから」

 上村に情報収集力がないと言われたことを思い出す。僕は親友であっても相手が話そうとしないことを、わざわざ聞く気にはなれない。

 上村はそれを承知で、いつ自分の所属学会を僕が知るのか楽しんでいる節もある。だから僕もわざと上村に所属学会の話は振らないようにしていた。

 その時、扉がコンコンと鳴った。宇宙科学会にわざわざノックして入る部員なんかいない。

 僕が扉を開けると、そこに一週間前と同じ光景があった。前屈60度、両手を前で合わせて両足を前後、社長秘書のような完璧なお辞儀。

「失礼します」

 入ってきたのは名香野委員長だ。その姿を見た会長が、露骨に楽しそうな顔をした。

 僕と会長の長いつきあいは伊達ではない。これは心の中で舌なめずりをしている顔だ。何も起きなければいいのだけれど、中に虎がいるとわかっていて虎穴に入ってくる委員長は、どんな心境だろう。

「ヒナちゃんが来たってことは、また何かトラブル?」

 委員長が一瞬形のいい眉毛を上げたが、口では何も言わなかった。ヒナちゃんと呼ぶのをやめさせるのは無理、と判断したらしい。というか、嫌がれば嫌がるほど会長に面白がっていじられることがわかってきたので、受け流すことに決めたのだろう。

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「人を厄病神みたいに言わないでください。近くを寄ったから、ちょっと様子を見に来ただけです」

「近くってさ、ヒナちゃん。ここは三階の一番奥で……」

「平山君、作業は順調なの?」

 委員長は、会長を完璧に無視した。口が開く前に会話を封じるべし。委員長も少し会長の御し方がわかってきたようだ。

「え……ええ、順調です。ばっちり」

 大嘘だが、ここで「間に合いそうにありません」などと言うとまた面倒なことになりそうなのでやめる。

「全然間に合わないかもー。ヒナちゃん、委員会でヒマな人いない? 助けて欲しいんだけどー」

 だから会長、人の配慮をあっさりゴミ箱に捨てないでくださいよ。

「お断りします。委員会も人手が足りません。ロクに活動していないくせに、解散命令が出た途端に面倒なことを始める学会とかがありますので」

「あららーヒナちゃん皮肉? 成長したねー、えらいえらい。だけどさ……」

「順調なら結構です。平山君、やる以上は全力で取り組んでね」

 あららー、と会長が呟いた。委員長、間違いなく成長している。

「ところで……他の部員の人はいないのかしら」

 委員長が部室を見渡した。

「トモちゃんなら、旧校舎でトレーニングだよ?」

「そうですか。他には?」

「ほか? 誰かいたっけ、ソラくん」

 会長が、すっとぼけだ。なぜ、とぼける必要があるんだろう。

「平山君、まさか学会やめたんじゃ、ないでしょうね?」

「湖景ちゃんですか? やめてませんよ。朋夏と一緒に旧校舎です」

「ヒナちゃん、きょうは雨だから旧校舎まで行くのは大変だと思うよー」

「……そう」

 委員長は、少しがっかりした表情を見せた。そして持っていた購買部の袋を、僕に押し付けた。

「これ……お茶のペットボトルですか?」

「みなさんで飲んでください。差し入れよ」

「あららー、これはまた珍しいことをするねー」

「珍しくありません。真面目に活動している部を支援するのも、委員会の務めです」

 そこで委員長がこほんと、わざとらしく咳払いをした。

「先ほど航空部の花見部長と話し合いました。航空部は予選会の開催を承諾しました。日程についてはまだ調整中ですので、決まり次第また連絡します。では失礼します」

 委員長はまた前屈でお辞儀して、部室を出ていった。

「わざわざ口頭で伝えに来たんですね。委員長って、本当に律儀だな」

「ヒナちゃんが律儀なら、ソラくんは相変わらずの飛行機雲だねー」

「なんですか、それ?」

「いつもまっすぐだねって、ほめてるんだよ」

 今の話で何がどうまっすぐなのか、やっぱりわからない。会長は委員長が出ていった後の扉を、相変わらず面白そうに眺めていた。