二次創作小説「水平線の、その先へ」

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6章 仲間と試練を 乗り越えて(3)

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 6月30日(木) 北の風 風力3 雨

 いよいよ梅雨の終わり、という感じの激しい雨になってきた。天気予報の言う通り、季節の進行は、例年よりずっと早い気がする。

 きょうは初めてモーターの試運転をした。台にモーターを固定してプロペラと計器板を接続し、湖景ちゃんの指示で、飛行機に搭載するメインコンピューターのラインにつなぐ。バッテリーは機体につけてしまったので、電源として代用したのは、飛行機のキットに入っていた燃料エンジンだ。

 湖景ちゃんによると、制御プログラムは昨日のうちにミニコンで打ち終え、ダウンロードを終えたという。あまりの早業に驚くと「暫定版一号です。モーターの出力調整部分は新モーターに付属のプログラムを既存のプログラムに載せ代えただけですし、新しい計器の制御はまだで、今回はコネクションを確認するだけです」と言い、今の段階では許してください、と付け足した。

 名香野先輩が起動スイッチを入れると、モーターの先にシャフトでつないだプロペラが、順調に回り始めた。大きな後ろ向きの風が周囲に起き、うっかり床に置いていた設計図やシートが何枚か、格納庫の外に飛ばされてしまった。人が乗る飛行機を飛ばす力は、さすがに強い。しかし音はエンジンに比べるとずっと静かで、ブーンというプロペラの回転音の方がずっと大きい。

 電源にしている燃料エンジンを倉庫外のひさしの下に置いたおかげで、大型機械につきものの排ガスと油臭さが、まったくない。大気を汚さない電気とは、ありがたいものだ。今は燃料エンジンを回しているからエコとは言えないが。

「姉さん……聞こえますか?」

 ミニコンの大型スクリーンモニターで数字をチェックしている湖景ちゃんの声は、それでもプロペラ音に比べてか細い。試運転を見ている僕の隣には教官が座っていて、視線はやはりモニターに注がれている。

「え? 何?」

「モーターのー、出力をー、絞ってみてくださーい……はい、結構です。今、計器の回転数はいくつになっていますかー?」

「1500よ」

「コンピュータの表示も1500です。じゃあ、今度は出力を上げてみてくださーい」

 姉妹は何度かモーターの出力を上げたり下げたりした。モーターを正しく制御できるかは、パイロットの生死にかかわる最重要の問題だ。既存のプログラムをベースに使うとしても、正しく作動するかどうかは念には念を入れてチェックしなければならない。

 自然を相手にする飛行機では、パイロットの腕が一番大事であることは、今も昔も変わりない。しかし自動操縦装置が進歩している上、レジャー用の超小型機は荒天での飛行を想定していないから、「予測不能な突風でもない限り、安全に制御できるようになっている」と、教官は説明した。

 そして教官は、操縦するのが初心者の朋夏である以上、操縦とモーター調整が同時に必要な場面では、モーターの制御を自動化させた方がいいと考えていた。これには非常時に必要な制御も含まれている。朋夏が手順を忘れたりパニックに陥ったりした時にも、操縦桿をきっちり握ってさえいれば、飛行機の安全を保てるのが理想だ。

 もっとも、こうした改良も「学内予選に勝ってからの話だ」と、教官は笑った。僕には学内予選に勝つこと自体が、大きなハードルに思える。なにせ相手は花見率いる、全国大会優勝の航空部だ。こちらはパイロットも含めて素人が五人。教官もこれまで機体に関してはそれほど指導をしていない。教官も会長も、なぜ先のことを考えることができるのだろう。

「無論プログラムのミスは許されないから、そこは津屋崎だけでなく、俺も十分に目を通す。ただ津屋崎は、飛行機の知識は初心者よりましというレベルだが、プログラムの読みと理解は俺より早いようだ」

 教官はきのう、湖景ちゃんのプログラミング作業を見て、自動化を決断した。ここまでは順調な仕上がり、と言えるだろうか。

 だが、安心するのは早かった。プログラムチェックが終わった後、僕と名香野先輩はモーターと計器を飛行機に積むことにした。僕が火曜日と同じ要領でモーターを据えつけ、バッテリーコードをつなぐ。名香野先輩はコックピットに計器板とメインコンピューターをセットし、モーターに接続した。

 作業には小一時間かかったが、これで飛行機の外観がほぼ整っただけでなく、内部の制御系統も、ひとまず完成したことになる。そこで時間切れとなり、飛行機でのモーター始動はあす以降の作業として、きょうは撤収することにした。そこで、名香野先輩の手が止まった。

 僕と湖景ちゃんが工具の片づけをしている側で、飛行機をじっと眺めている。ここまで作ったと思うだけで、惚れ惚れするほど美しく見える。

「ちょっと待って。離れて見てみるから」

 名香野先輩が十メートルほど離れてから振り返り、機体を鋭い視線で見つめ始めた。どうしたんだろう。何か難しい顔をしている。

「どうしました? どこかやり残したことでも?」

「そういうわけではないけど……何か違和感があるのよね」

 僕と湖景ちゃんが、思わず顔を見合わせた。

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「僕は何も感じませんが?」

「そうよね、間違ったことはやってないはずだし……湖景はどう?」

「いえ、別に……姉さん、具体的にどのあたりがおかしいんですか」

「ううん、どこがおかしいってわけではないの。どう言ったらいいのかわからないけど、本当にこれでいいのかしらって」

「あの……教官さんを呼んできますね」

 湖景ちゃんが、途中から朋夏の訓練に合流した教官を連れてきた。名香野先輩は相変わらず、腕組みをして機体を見つめている。

 教官は飛行機を一目見ると、名香野先輩の方を向いた。

「名香野。飛行機で一番大事なことは何か」

 禅問答のような質問だ。そりゃ、空を飛ぶことだろう。飛ばなかったら車だからな。だが、名香野先輩の答えは違った。

「安全であること」

「その通りだ。そして、このままではこいつは飛ばせられない」

 教官の言葉が、がつんと頭に響いた。名香野先輩は、それでも飛行機から目を離さない。

「いずれはぶち当たる問題だとは思っていたが、どうやら名香野は気づけそうだな。俺が答えを言うより、もう少し考えて、お前達で解決策を考えてみるがいい……さ、きょうの作業は終了だ」

 それだけ言うと、教官は格納庫を出ていった。