二次創作小説「水平線の、その先へ」

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3章 ゼロから始まる 挑戦で(2)

 6月9日(木) 北東の風 風力2 曇り

 授業が終わって旧校舎に向かおうとした時に、会長からメールで「ソラくんは部室に来るように」と、呼び出された。部室に行くと、先にいた会長が、広げていた本をぱたんと閉じた。

「大丈夫なんですか? 旧校舎のほうは」

「トモちゃんは教官と合流して、訓練開始。コカゲちゃんは、飛行機の組み立ての準備を始めるように指示しておいたから、大丈夫だよー」

 そしてさっさと部室を出ると、鍵を閉めてしまった。

「どこへ行くんです?」

「決まってるよ、中央執行委員会だよー。ちゃんと活動決めましたって、報告しないとね?」

「それこそ、チームリーダーである会長の専権事項じゃないですか」

「ソラくんは雑用だから、つきあわせるのも専権事項だよー。それに、手下を引き連れてみたいじゃない?」

 今度は手下、ですか。

 会長は学会棟の一階に下りると、委員会室の前でノックをし、返事も待たずに扉を開けて、ずんずん中に進んだ。委員長が宇宙科学会に来た時は、えらい違いだ。

「……どう、ぞ……」

 中では、机で書類と格闘していたと思しき委員長が、一人でぽかんとして口を開けていた。押し入るように二人が入ってきているにもかかわらず、律儀にノックに答えようとしているのが、いかにもこの人らしい。

「どうもー」

 会長は、相変わらずの脳天気な声だった。そして、

「これ、やるよー」

 と言って、LMGのポスターを目の前に広げて見せた。

「え……これって……ポスターを作るってこと?」

 宇宙科学会の突然の乱入と急激な展開に、才媛で鳴らす委員長も、さすがに頭がついていかないらしい。多分、前回のショックも尾を引いているのだろう。

 一方で、あいさつもそこそこに本題を切り出すのは、自分のペースをふりまきながら生きる会長の得意とする戦術なのだ。有無を言わせず自分のペースに周囲を巻き込んで、最後は毎回従わせてしまうのだから、たいしたものである。この人を見ていると、人はもっと自由に生きたほうがいいと、錯覚しそうになる。

「じゃ、そういうことで」

 会長がいきなり回れ右をしたので、委員長がはっと我に帰った。

「ちょ、ちょっとお待ちなさい!」

「なぁに?」

 会長が、間の抜けた気だるい声を出した。

「最初から順序正しく、説明してください! それが条件だと、前回言ったでしょう?」

「えー、それこそヒナちゃんが委員長権限で決めればいいんじゃないの?」

「決めます。だから、ちゃんと説明しなさい!」

 会長がまた、いたずらっ子のような表情を浮かべている。悪い予感がする。

「んー、ソラくん、タッチ」

 しまった、こっちに来たか。そういえば、会長が極度の面倒くさがりであることを忘れていた。ついて来いと言われた時点で、覚悟しておくべきだった。

 しかし、ここで愚痴を言ってもしかたがない。僕は席に座り、委員長と向き合って、ポスターでLMGと大会についての説明を始めた。ほとんどが教官や湖景ちゃんの説明の受け売りだ。

「つまり、このLMG大会に参加する、ということなんですね?」

 委員長は、半ばあきれた顔をしていた。念押ししたのは、またしても冗談ではないかと、疑っているからだろう。

「僕だって、驚いています。何でこうなっちゃったのかなーって」

「しかし飛行機を飛ばすのは、宇宙科学会の活動の領分ではないのでは?」

 委員長の視線は、僕の肩越しにいる会長に向けられている。発案者が僕ではないことは、理解してくれているらしい。

「ヒナちゃん、この前言ったじゃない。うちの会が何するところかって。忘れちゃったの?」

「それは、その……海水温下での運動能力の上限値とか、山岳地域でのマイクロレベルの氷の融解現象とか、ですか?」

 覚えていることもすごいが、煙に巻かれていることに、まだ気づいていないのもすごい。やっぱり、素直な人だ。

「そ。要するに、宇宙における地球環境と人間という生命存在の特異性を証明するため、飛翔能力がない人間が浮遊するための必要条件を体験的に実証しつつ、電力という人類に特異的なエネルギー源の新規応用法と利用限界に挑むのが、今回の活動だよー。OK?」

 絶対、適当に言っているな。

「そ、そうですか……いい活動とは思いますが……」

 委員長の人を疑わない性格には敬意を表しますが、世の中には口先三寸という言葉があることも、学んだほうがいいのではないでしょうか。

「これ、活動を書いたプリント。報告は済んだから、もういいよね? じゃ、そういうことで」

「待って!」

 委員長が頭を抱えたまま、呼び止めた。会長が不満そうに振り返った。

「なあに。まだ、何かあるの?」

「この学園にも航空部があることは、ご存知ですか?」

「知ってるよー。それが、何か?」

「その航空部が、この大会に参加することも?」

「あらあら」

 これには驚いた。会長はどうかわからないが、少なくとも僕は初耳だ。

「航空部は、すでに中央執行委員会に大会参加の届け出を出しています。その時に私も書類を確認したのですが、大会規定で、一団体から一チームしか参加できないはずです。この場合、一団体というのは学校や企業を指しますので、わが学園からは一チームしか出られません」

 よく見ると、ポスターに「協賛・学校法人内浜学園」とある。職務上、大会を知っていたのは当然としても、細則まで記憶しているとは、恐れ入った。

「つまり、かちあっちゃった、と。困ったねー、ヒナちゃん。委員長権限で、うちに辞退を迫ったっていいんだよ?」

「そんなこと、できるわけがありません」

「じゃ、航空部に辞退するよう伝えてね。よろしく~」

「そんなこと、できるわけがありません!」

 こういうところに、委員長の真面目な性格が出ている。面倒を避けたければ、後から言い出した宇宙科学会の申請を、却下すればいいだけの話だ。しかし、委員長は新参者の僕らにも、平等にチャンスを与えようとしている。

 会長は恐らく、委員長をどういじり回しても、委員長権限で頭ごなしに決めることだけはできない性格であることを、見抜いているのだ。前回の交渉から、それを承知で面白半分に、からかっている。委員長が急に独裁者になったら、どうするつもりなんだろう。

「まったく、活動すればしたで、こんな面倒を……」と、委員長がぶつぶつと下を向いてしゃべっていた。そして、しばらく沈黙した後、挑戦するような視線を、僕らにぶつけた。

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「では、こうしましょう。航空部と宇宙科学会で、学内予選会を開催します。それで勝ったほうが参加する、ということでいいですか?」

 これは、宇宙科学会に明らかに不利な条件だ。

 向こうは全国大会優勝の専門家集団だが、こちらは素人同然。大会に間に合うかも微妙なのに、事前の予選会に間に合わせて、しかも勝つなど、想像さえできない。

「了承」

 ところが、会長はあっさりと条件を飲んだ。

「……これは確認ですが、航空部に負けるということは、宇宙科学会の即解散を意味するんですよ?」

「それも了承」

「本当にいいの? あなたがたに、絶対不利だと思うけど」

「OK、OK」

 あまりに安請けあいなことに、委員長は猜疑の視線を会長に向けていたが、自分で言い出したことを宇宙科学会が反対しないのに、いまさら引っ込めるわけにもいかない。委員長は一つため息をつくと、厳かに宣言した。

「では、先方に伝えて日程の調整をします。先方が条件を飲まなければ、また別の方法を考えます。準備を進めてよろしいですね?」

「ヒナちゃん、頼んだよ~」

「もう一つ、これも念のためですが、学会構成員の期末テストの成績が悪いと、学園規則で夏休みの一定期間、補習のため学会活動が停止となります。学内予選会の日程にはそのことを考慮しませんので、事実上の不戦敗になる可能性がありますが、いいですか?」

「会員が赤点取らなきゃいいんだよねー。はいはい、そっちも了承」

 会長が手をひらひらと振って、重大事をあっさり認めてしまった。僕たちは学会を残すためにいくつ、ハードルを越えないといけないのだろう。

「平山君、ちょっと話があるの。残ってくれない?」

 会長に続いて退出しようとした僕を、委員長が呼び止めた。