二次創作小説「水平線の、その先へ」

当ブログは二次創作小説(原作:水平線まで何マイル?)を掲載しています。最初から読みたい方は1章をクリックしてください。

2章 はばたく鳥に 憧れて(2)

 会長は、グライダーについての簡単な説明を始めた。まず、大きく三種類あるという。一つはモーターを回して自力で空に上がり、滑空飛行に移るもの。MG、俗にモグラと呼ばれるタイプだ。

 機体重量に八百五十キロという制限があり、燃料エンジンを搭載している。スカイスポーツでも最も高価な部類に入るが、ここ十年ほどで簡単な訓練で操縦できるレジャー向けの機体が登場した。

 国が地域振興策として、スカイスポーツ普及の旗振りをしたおかげで、河川敷や海岸部で滑空場が次々に整備され、徐々に「高級な趣味」としての裾野が広がっている。パイロット免許の規制の緩和も手伝い、最近は大学だけでなく、高校でもモグラを備える航空部が増えている。

 二番目は、ライトグライダーと呼ばれる、自家動力がないタイプだ。グライダーとしては構造が単純で機体の価格も安く、整備も簡単だが、他の飛行機で牽引するなどして空に上がる必要がある。滑空場による地方の町おこしなどで、体験飛行によく使われるタイプだ。

「あと、そのモグラとやらよりも、ずっと小さな機体があったと思うのですが。滑空場とかで、レンタルがあったと思いますが……」

 僕の底の浅いスカイスポーツの知識は、会長にあっさりと否定された。

「それは超軽量動力機ウルトラライトプレーンだと思うよ。安くてレジャー分野では大人気だけど、厳密に言えば風の力を借りて滑空するグライダーとは、少し違うねー」

「じゃあ、残りの一つは、なんでしょうか?」

 湖景ちゃんが、控えめに尋ねた。

「それがこれ。LMG。まあ、世界初だから、知らないのも無理はないけど」

「ライト・モーターって……要するに、二つのタイプの中間なんですか?」

 朋夏の思考回路は、単純でわかりやすい。

「動力があるから、どちらかというとモグラに近いねー。小型で軽量だからウルトラライトプレーンにも似ているけど、飛び方はグライダーと一緒だよー」

 つまり自力で飛んで風に乗って滑空する軽量のグライダーということか。

「それで……その競技会っていうのは、どういう意味ですか?」

 朋夏が、当然の質問をした。

「LMGで、飛距離を競う大会だよー」

「でも会長さん、グライダーはどうするんですか? どこからか借りるんでしょうか。あと、誰がどうやって操縦するんですか?」

 湖景ちゃんの頭に、いくつものハテナマークが点灯していた。

f:id:saratogacv-3:20200927212209j:plain

「もちろん、私たちでグライダーを作って、練習して、操縦するんだよー」

「作る……」

 たっぷり十秒ほど、三人が絶句した。一度会長の頭を外してネジが緩んでいないか確認したかったが、今回ほど実行に移そうと思ったことはない。部品がショートしてプログラムが暴走しているとしか、言いようがなかった。

「あの……会長、さすがに無謀だと思います」

 朋夏が、しごく常識的な意見を述べた。湖景ちゃんも目を見開いたまま、こくこくと首を縦に振っている。

「でも、参加は決定事項なの。申し込み用紙ももらってきたよー。OK?」

「全然OKじゃありません!」

 珍しく、朋夏が会長に真っ向から反発した。

「飛行機なんて、どうやって作るんですか? そんな技術も能力もないし……それに、誰が操縦するんですか? もし落ちて死んだらどうするんですか?」

 朋夏が、一気にたたみかけた。湖景ちゃんの首振り運動も、ますます激しくなった。

「会長、僕も無理だと思います。それに予算はどうするんですか? 中央執行委員会が、今から予算をつけてくれるとは思いませんが……」

「きっと、ソラくんががんばってくれるよー」

「ちょっと、それいい加減じゃないですか! 空太だってど素人なのに、モグラを飛ばせるわけがないでしょ!」

 朋夏が会長に気色ばむのを、初めて見た。

「トモちゃん、モグラじゃなくてライト・モーター・グライダーだよ。構造は似ているけど、台風と竜巻くらい違うよー」

 会長、どっちも人が死ぬことには変わりないような気がします。

「普通のモグラよりずっと小さいし、この大会ではたいした高度もとらないから、安全性はばっちり。テレビの人力飛行コンテストと、似たようなものだよー」

 確かに、テレビの有名な飛行コンテストで死人が出たという話は、聞いたことがない。だが、LMGは会長の説明だと、腐っても動力機じゃないか。スピードとかはどうなんだ?

「あの……会長さん、世界初って、どういうことなんですか?」

 湖景ちゃんが、違う角度から質問した。

「それはほら、ここを読んでごらん」

 会長がポスターの指し示した部分を、三人がいっせいに覗き込んだ。「純電気飛行大会」と書いてある。

「会長さん、これって……」

「そう、電池でモーターを回してプロペラで飛ぶってこと。クリーンで軽量、速度もたいしたことはないから安全、いいことずくめだねー」

「す、すごいです! そのバッテリーは、どこが開発したんだろう……あっ、すごい……こんな高密度デバイスが、完成していたなんて……」

 急に湖景ちゃんの目が輝き始め、ポスターを食い入るように読み始めた。僕も横から覗いたが、パワーなどのスペックの数字がどの程度すごいのかは、わからない。ただ、あちこちに「特許出願中」という文字が踊っていた。

 理解できたのは、中島航空工業という会社が大手電機メーカーと共同で、超小型で高出力の新型バッテリーと、それで起動できる航空用モーターを開発したということだ。現在は電気自動車は珍しくなくなったが、確かに人が乗る飛行機を電気で飛ばす、という話はあまり聞いたことがない。

 その点は、湖景ちゃんが補足した。バッテリーの小型化技術は二十一世紀にリチウムイオン電池の改良とともに急速に進歩したが、有人飛行機を飛ばせるような高出力小型バッテリーは長く開発不可能と考えられていた。飛行機の場合、最大の問題は機体重量をおいそれと増やせない点にある。

「このバッテリーが汎用化したら……確かに世界が変わりますよ」

 プロトタイプだけに、馬力はあるが駆動時間が極端に短いから、現時点ではグライダーが限界のようだが、それでも技術としては画期的という。高出力の小型バッテリーなら、他にも使い道はいくらもありそうだが、航空会社が開発に一枚かんでいた関係もあり、飛行コンテストというインパクトのある方法で、世間にお披露目をしようという目論見だろう。

「電気モーターならエンジン部分も小さくできますし、バッテリーがここまで小さくなれば、油槽タンクよりも軽量化できますね」

「湖景ちゃんの言う通りだよー。これで大会が安全ということは、理解できたかな?」

 一般公募の飛行大会をする以上、バッテリーとモーターの性能に関して、主催者は十分な自信を持っているに違いない。しかし、それと安全とは別の話だ。なぜなら……

「機体を作って、自分たちで飛ばすって部分はどうなんですか? 僕たちにとっては、そこが最大の問題でしょう」

「そこはソラくんが、何とかする部分だよー」

 僕はまたしても天を仰いだ。なぜ会長がプラモデルの飛行機しか作ったことのない僕の能力に期待するのか、まるで理解できない。というより、いい加減と打算の産物でしかないように感じる。

 こういう無邪気さと奔放さが会長の魅力でもあるのだが、今回はさすがに鷹揚な気分にはなれない。

「搭乗者はトモちゃんっていうのはどうかなー。軽いし、運動神経もよさそうだし……」

「勝手に決めないでください!」

 朋夏が強く抗議した。

「モーパラなら子供の頃に乗った経験はあるけど……空太が作ったグライダーに乗るなんて、自殺行為ですよ!」

「ソラくん一人で作るんじゃなくて、みんなで力を合わせて作るんだよー。最近、レジャー用に組み立て式の簡易モグラがたくさん出てるって、知ってる? 日曜大工の延長みたいなものだし、きっと連帯感も高まって楽しいと思うし、自作の飛行機で空を飛ぶなんて、夢があると思うなー。青春の思い出として、これ以上の挑戦はないんじゃないかなー」

「そんな……やっぱりダメです、そんな簡単なものじゃないと思う」

 体育会系に響きそうな会長の説得だったが、朋夏を翻意させることはできなかった。

「じゃあ、コカゲちゃんはどうかなー。賛成してくれたら、パイロットにしてあげてもいいよー」

「え?」

 熱心にポスターを読み込んでいた湖景ちゃんの目が点になり、すぐにぶんぶんと首を横に振った。

「む……無理です! 高いところに昇るなんて……絶対にできません!」

 珍しく、会長の目算が外れたようだ。

「僕も反対です。日曜大工って、そんなに簡単に飛行機が作れるとは思えません」

「あららー、ここまで反対されるとは予想外。なら、中央執行委員会はどうするのかなー」

 今度はこちらが詰まる番だった。確かに飛行大会への参加なら、延命を認められる可能性はあると思う。しかし、本当に出場できるのか。出場するまでに、どのくらいの準備が必要になるのか。その手間を考えれば、別の方向を考えたほうが、ずっと現実的だ。

「じゃあ、こうしよっか。あさってまでに、各自代案を考えてくる。いい案がなかったら、会長権限で決定。OK?」

 会長にしては、珍しい譲歩だ。ただし、油断はならない。

「代案が見つからなかったら、その時は……」

「その時は?」

 朋夏が不安そうに僕に尋ねた。

「飛行機を作り、朋夏が飛び……首の骨を折る」

「あたし……なんか考えてくる! 絶対、考えてくる!」

「私も考えます、宮前先輩。いいアイデアを出しましょう!」

 会長は本気でグライダーを飛ばすつもりはなく、単に僕たちの尻に火をつけるだけが、目的なのかもしれない。ただ、そう思わせて本当にやってしまいそうなのが、会長の怖さだった。