3章 ゼロから始まる 挑戦で(1)
会長に乗せられたのは釈然としない部分もあるが、僕たちが作った飛行機が本当に飛ぶなら、万々歳には違いない。
飛ばなければ学会解散という現実は厳しいが、これは委員会の規定方針通りともいえる。それなら飛ぼうと飛ぶまいと、できるだけのことをやればいいだけのことだ。僕はそう考え、腹をくくることにした。
四人の会員は、キットを納めた倉庫、というより今となっては格納庫に集められ、会長からようやく男が紹介された。
素性に関しては「飛行機に詳しい」としか説明しなかったが、宇宙科学会の臨時顧問となることで、学園にも手配済みという。こういう会長の手回しのよさは、もはや陰謀と言っても差し支えないレベルである。
「俺はふだんは技術者だが、機体の製作から飛行まで、お前達をサポートする」
そして「自分ことは教官と呼べばいい」と付け加えた。教官の本名を聞いてないことに気づいたのは、ずいぶん後のことだ。
僕と朋夏、湖景ちゃんが自己紹介をすると、教官は早速、飛行機の説明に入った。
「お前達が作るのはLMG、すなわちライトモーターグライダーだ。ただし、このキットはウルトラライトプレーンで、構造が少し違う」
純電気で飛ぶLMGが高密度デバイスの開発のおかげでモグラより小型化が可能になったというあたりの説明は、ほぼ会長と湖景ちゃんの解説通りだ。教官によると、今後も技術の進歩が続けば、大型の旅客機なども電気で飛ばせる時代が来る可能性はあるが、そのためには第二、第三世代の小型デバイスの開発が必要で、この先十年の実用化は、小型グライダーの範囲にとどまりそうだという。
「今回の大会の目的は、この新型バッテリーによって可能になるLMGという新世代の飛行機を、社会に認知させることだ」
そこで会長が付け加えた。
「バッテリーの推力と駆動時間を考えれば、バッテリーだけでの飛行は限界があるはずだから、この大会はグライダータイプが有利なはずだよー」
「でも会長……このキットはウルトラライトプレーンなんですよね?」
朋夏が、木箱に張ってある飛行機の写真を見ながら、首を傾げた。見た目は普通の飛行機と似た形をしている。
「ウルトラライトプレーンって、なんて言うか……人が外にむき出しで乗っている、いかにもって感じの簡単飛行機じゃないんですか?」
この疑問には、会長が答えた。
「確かにそういうタイプもあるけど、これは風よけの操縦室がついた軽飛行機型だよ。普通のライトグライダーじゃモーターは乗せられないから、ウルトラライトプレーンでも滑空性能がいい機体にしたんだよー」
そこで、当然かつ重大な問題に気づく。
「ちょっと待ってください……ということは、この飛行機キットを組み立てるだけじゃなくて、設計図の仕様と違うモーターとバッテリーを乗せないとダメなんですよね?」
「さすがは怠惰じゃなくてやる時はやるソラくん、大正解だよー」
会長の皮肉につきあう余裕がないほど、これは厄介な問題だ。初めて作る飛行機に大改造が必要というだけで、ますます絶望的な気分になる。
「安心しろ、そのために俺がいる。ただ、まずは自力で作ってみろ。何事も、挑戦が大事だからな」
これは恐らく、教官は人が死なない程度にはサポートしてくれる、という意味だろう。できるところまでは、自分達で作るしかない、ということだ。
「じゃ、大会まで時間も長くはないし、さっそく仕事の分担を決めるよー」
「はい、質問」
「ソラくん、まだあるのかなー?」
「僕は確かに、やるといいました。ただし、全員で力を合わせる、という条件付きです。全員ってことは当然、会長も含まれますよね?」
「……えっ?!」
会長、なぜそこで驚く。
「あ……驚いてないよ、冗談冗談~。わかってますって。今回は、私も参加するよー」
会長、取り繕っているようにしか見えません。
「私は宇宙科学会の会長として、計画全体の統括者になります。対外的な手続きや資材の調達、折衝を含めてねー」
会長、なんか一番サボリやすいように聞こえるのは気のせいですか?
「とりあえず機体スペックなんかを大会規定に合わせた形で書類に記入して申し込んだり、航空法に基づく飛行許可を、市役所や航空管理省に提出したりしなければなりません。それには航空関係法令や自治体則まで精通する必要があるんだけど……ソラくん、変わろっか?」
「いえ、会長にお任せします」
そう言われれば、従うしかない。
「じゃあ、私は事務渉外担当で。パイロットは、トモちゃんでいいかな?」
「あたしはOKです!」
朋夏が元気よく答えた。パイロットというより人身御供という気がするが、怖いもの知らずとはこのことだ。
「宮前は、背も小さいし運動神経も度胸も良さそうだ。確かにパイロットが向いているかもしれん」
「オス、教官! パイロットって、何をすればいいんですか?」
「まずは体力作りからだ。あとは飛行機と航空工学の基礎知識、機体全般について勉強した上で、操縦訓練に入る。短期間でマスターするには体も頭も使うから、十分に覚悟しておけ」
「オス、教官! 了解であります!」
いつのまにか体育会のノリになっているところが、朋夏である。
「津屋崎は、何か得意なことはあるのか?」
「え……あ、オ……オス、教官」
とてもかわいい「オス」だった。思わず、学ランに身を包んだ湖景ちゃんを想像した。
「お前は文科系だろうから、普通に話していい。何か得意なことは?」
「え? えっと……あの、機械とかソフトとかの方面なら、なんとか……」
「もちろんソフトウェアの制御系のスタッフも必要だ。わからないことは、今から学べばいい」
「じゃ、コカゲちゃんは制御並びに整備担当ということで」
「え? 整備って?」
教官が補足した。
「実際に飛ぶものを調整し、一つ一つの部品が正しく働くように目を光らせるのが整備だ。人数が少ないので、制御系だけでなく、機械の駆動系も見て欲しい。つまりモーターやバッテリーの調整だ」
「はうう……なんか難しそうです」
途端に湖景ちゃんが涙目になった。
「あの、僕はやっぱり組み立てですか?」
「そうだな、やはり機体の組み立てに男手は必要だろう。基本は津屋崎の指示で動いて欲しいが、少人数でチームを作る以上、全員が何かに専従するわけにもいかん。平山は機体製作を中心に、遊軍として全員のサポートに回ること。いざという時はバックアップに入るから、やはり最低限の航空機の知識は必要だ。勉強もしろよ」
やはり相当、面倒なことになりそうだ。一気に気が重くなる。
「これで決まったね。私はチームリーダー、トモちゃんはパイロット、コカゲちゃんはチーフエンジニア、ソラくんは雑用ってことで」
「雑用、ですか?」
「気に入らない? 呼び方は、徒弟でも奴隷でもパシリでも小間使いでも下僕でも召使でもメイドでもいいけど」
「……雑用でいいです」
すでに、日も暮れていた。会長は最後に、明日から部活はすべて旧校舎で行う、と宣言した。