3章 ゼロから始まる 挑戦で(4)
会話を聞かれていたなら、逆に話は早い。内浜行きの電車に乗ると、僕はつり革につかまりながら、会長に勝算を尋ねてみた。
「うーん、正直難しいかもねー」
なら、なんであんな条件を承認したのでしょうか、会長?
「やっぱり全国大会となると、大学や社会人のチームも参加するからー」
そこで電車が急停車して、僕は車内で転げそうになった。
「あの……僕は学内予選会の話をしているのですが?」
「え、そうなの? ソラくん、そのくらいは何とかしないとダメだよー」
だから、僕にそんなに期待しないでください。ていうか、わざと間違えてましたね、会長?
「真面目な話、単純にグライダーの飛行大会だったら、航空部の圧勝だと思うよー」
会長は、あっさりと劣勢を認めた。
「でもソラくん、今回は経験と蓄積だけで決まる世界じゃないと思う。新しい要素が多いからね」
「それは、LMGだからってことですか?」
それにしても飛行機の知識があるかないかは、大きな差だろう。
「だから、私たちには顧問をつけたのよ。あとはみんなでスキルアップしながら準備していけば、互角レベルには持ち込めるんじゃないかな。新しいカテゴリーって、そこが面白そうだって思わない?」
「まあ、なんとなく、楽しそうだということは」
勝算については、話は別だ。
「それに普通、そんな高いハードルに会の存続をかけますかね?」
「気にしない、気にしない。成功したら超新星、失敗したら白色矮星になるだけじゃない」
「それはつまり、どっちにしても星屑になるだけじゃないでしょうか」
「あはは、うまいねソラくん。さて、どーだろ?」
騒動の張本人は、相変わらず陽気だった。
旧校舎に着くと、教官と朋夏、湖景ちゃんがグラウンドで円陣を作っていた。僕たちの姿を見るなり、真っ先に駆けてきたのが朋夏だ。
「あ、会長! どうでした?」
「まる!」
会長が、指でかわいいまるを作った。
「バツ!」
僕はもちろん、両手で大きくバツを作った。
「ソラくん。どうしてバッテンなのかな?」
「会長。あれのどこがまるなんですか?」
「あの……どういうことですか?」
湖景ちゃんが僕と会長を交互に見て不安そうな表情をしているので、委員会での話し合いの経緯を、三人に説明した。
「つまり……航空部に勝たなきゃいけないんですか? はうう……」
「つまり……航空部に勝てばいいってことか! やったー!」
しまった、ここに体育会系が一人いた。
「予選会で飛行機を飛ばして、負ければ廃部決定。全国優勝航空部とガチでタイマン勝負かあ……熱い、熱いですよね!」
「トモちゃんも、そう思うでしょ?」
会長と朋夏は「ねー!」と声をそろえた。僕と湖景ちゃんは「はあー」とため息をついた。
「あの……それで、私たち、何をすれば……?」
湖景ちゃんが教官に尋ねた。勝手に盛り上がっている二人は、無視することに決めたようだ。
「まずはスケジュール調整だ。大会日程から逆算して、どの作業をいつまでに終了すべきなのかは、決まっているのか?」
「いいえ、さっぱり!」
会長が、自信たっぷりに断言した。
「トモちゃん、厳しい現実を乗り越えるのが、いわゆるひとつの燃える展開って感じがするでしょ?」
「するする! 会長、朋夏は燃えに燃えてきました!」
ダメです、この人たち。
「参加団体と機体の最終エントリーは七月末、大会は八月七日だ。学内予選会は早くて夏休みと同時。現実的には七月二十三日か二十四日の土日だろう」
「教官、なぜそうなるのですか?」
「平山、その委員長さんは、日程を航空部と調整すると言ったのだろう? 航空部としては有利な早い日程を主張するだろうが、委員会は公平な審査をする立場から、エントリーのギリギリで設定しようとする」
「すると、どうなるんですか」
「航空部はこちらが素人集団であることも知っているから、それほど日程には固執しないはずだ。ただ予選会で飛行機を飛ばすとなると、万一機体に破損や異状が起きた場合、代替の機体を考えて書類を申請しなければならない。その時間を考えると、最終登録の一週間前は譲らないはずだ」
そのあたりが、交渉の落とし所になるわけか。教官はさすがに、飛行機のことはよく見えている。
「すると夏休み開始の頃が勝負かあ……一気に盛り上がってきたー!」
朋夏を見て、伝えるべき点がもう一つあったことを思い出した。
「そういえば、期末試験で赤点を取ったら、その時点で活動停止だそうだ」
「一気に厳しくなってきたー!」
朋夏に一転、泣きが入った。
「平山先輩、試験はいいとしても、問題は飛行機を作れるか、ですよね……」
「空太ぁ、飛行機はいいとしても、問題は試験を通るか、だよね……」
きょうの湖景ちゃんと朋夏は、徹底して意見が合わない。
教官が咳払いをした。
「最悪でも期末試験の前までに、飛行機は完成の目処を立てねばなるまい。できれば試験飛行をして、予選会に望みたいところだ。それには一日も無駄にはできん」
「教官、さすがに日程が厳しいのではないでしょうか」
「平山、これはあくまで予選のための準備だ。本番までは時間があるから、さらに調整も可能だ。改造といっても、それほど難しくない。尻込みするな」
本当に難しくないのだろうか。それすらも見当がつかない、というのが僕たちの実力だ。
「まず、宮前」
「はい、教官!」
朋夏が元気よく答えた。
「きょうは、基礎体力のチェックをする。調べるのは筋力、持久力、バランス、柔軟性、瞬発力、動体視力などだ。飛行技術については、まずは教本を渡しておくから、操縦訓練の開始までに、よく読みこんでおくこと」
「了解です、教官!」
「次に津屋崎」
湖景ちゃんが、はじかれたようにピンと立った。
「は……はい、教官!」
「前にも言ったろう。お前は普通でいい」
「はい……では、教官さん」
教官が、少し頭痛を覚えたようだ。
「……まあいい。飛行機の組み立ての前に、航空工学について物理レベルで大まかに把握しておくべきだろう。資料を用意したから、こちらも読みこんでおけ。制御系のソフトの調整も必要だが、その辺は機体製作と並行して進めるしかない。重要な点から徐々に細かい点に、勉強をシフトしていけ。頭脳労働だぞ」
「はうう……やっぱり難しそうです」
「平山は、津屋崎の準備ができ次第、機体作りに取りかかれるよう、設計図を元に組み立て作業と部品を頭に入れること。古賀は、機体作りに必要な道具や機材を調べ、調達してくれ。機体の重心検査などに必要な専用道具は、俺に相談するように」
「はい、了承ー!」
会長が冗談めかして敬礼する。どう見てもこの人が一番楽しんでるよ。
「じゃあ、いよいよ宇宙科学会の飛行機作り、始めるよー!」
会長の宣言に、「おー!」と元気よく叫んだのは、朋夏一人だった。