二次創作小説「水平線の、その先へ」

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12章 機体に夢を 膨らませ(2)

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 研修センターでの会議は解散となったが、花見と会長は飛行機の改造に関する難しい話を始めてしまった。部屋に戻って作業服に着替えた後、格納庫に行こうとしたら、突然扉がノックされた。

 半分開けたら、会長だった。会長は半開の扉から忍者のように器用に部屋に滑り込み、後ろ手にぴったりと扉を閉めてしまった。

「あの……何か?」

「ハナくん、いないよね?」

「ええ、会長とお話をしていましたから。会長の方が知ってるんじゃないかと」

「うん。ハナくん、話が終わったら格納庫に作業に行った。つまりここで部屋に鍵をかければ、ソラくんと二時間は二人っきり。何かをするには、ちょうどいい時間だね?」

 うれしそうに、僕の顔を至近距離で覗きこむ会長。それから高そうな私服のまま、勝手にベッドの上に寝転んで、無防備な大の字になってしまった。

 会長は美人であることは間違いない。だが僕は、会長の本性を知っている。

「何の用ですか? 不純な誘いでないことだけはわかりますが」

「なーんだ、つまんない。ソラくんのどぎまぎする顔を見たかったのに」

「会長とのつきあいは一年以上になりますからね。慣れますって」

「んー、マンネリは避けたほうがいいかなー」

「やめてください」

 本気で考え直しそうな会長を、あわてて制止した。ここで方針を変えられると、せっかくの学習効果が台無しになる。

「あはははは」

 会長はまるで他人事のように、ひとしきり陽気そうに笑った後で上体を起こし、ベッドから僕を見上げながら言葉を変えた。

「さっきのことでソラくんが気を遣っているんじゃないかなー、と思ってね」

「合宿の方針の話で名香野先輩とやりあってた件ですか? 僕は気にしていませんが、ほどほどにしないと湖景ちゃんが気にしますよ。湖景ちゃんはお姉さんが大好きですが会長のこともとても尊敬しているから、困っちゃうんですよ」

 いつぞやは湖景ちゃんの前で会長と先輩を比較し、大変な目にあった。

「口論しているように見えたかな?」

「口論というより先輩をからかっている感じでしたけどね。それに先輩が真面目に応じちゃったのも、いつもの通り」

「だよねー。あはははは」

 そこはウソでもいいから否定して欲しかった。本気でからかっていたのなら、真面目に応じた名香野先輩が浮かばれない。

「別にもめるつもりはないんだけど、意見を言うとなぜか荒れるよね。ヒナちゃんって豆台風だからさ」

 会長は少し真面目な顔になったが、自分が周囲の船をあらかた難破させる暴風雨だと気づいているだろうか。

「でもヒナちゃんは頼れる人だと思うよ? でね、さっき湖景ちゃんにも同じ話をしてきたんだ」

 要するに会長は自分で火をつけながら、湖景ちゃんや僕のフォローに回っているわけだ。こういうところはちゃらんぽらんに見えて、意外に周囲の雰囲気を察して気遣いに抜かりがないのが会長という人だった。

「フォローに回るくらいだったら、最初から意地悪をしないでください」

「うんうん、この合宿中は少しエントロピーに逆らってみる」

 会長は、また笑いながら部屋を出ていった。ここで名香野先輩に見つかったらと思うと少し冷や汗が出たが、不在なのは計算ずくだろう。

 格納庫での作業は、昨日に引き続いて機体の分解と重量バランスなどの計測となった。真夏の格納庫は、海からの湿気でうだるように暑い。これが夕方になると涼しい西風も入るのだが、まだ太陽ははるかに高い。目に汗が入り、思わず手の甲でぬぐいながら息をつく。

 厳格スケジュール監督の名香野先輩から交代した花見は、輪をかけて人をコキ使う名人だったりする。飛行機を調整する実働部隊は、僕と名香野先輩、花見の三人。湖景ちゃんはフライトシミュレーターの作業で、格納庫に置いた小さな机の前でミニコンと格闘している。肉体労働で使えるのは実質、僕だけだ。

「機体の方はどうだい?」

 稼動系である金属索の取り外しを終えて一息入れた時、花見に尋ねてみた。僕の作業は機体の解体や部品運び、名香野先輩が中心となる計量の補助などだから、どんなデータがとれて個別のデータがどんな意味を持つかは、まったくわからない。その辺りを計算して次の方針を決めるのが、花見の仕事だ。

「予想はしていたが……フライ・バイ・ライトを使ったとしても、この機体は重すぎるな」

 花見が肩をすくめた。

「大会に出るのは難しいってことなのか?」

「きのうの時点で全体重量を量っているからね。ダメなら最初からあきらめているよ」

 花見は自分の困難も、楽しんでいるようだ。

「本来の目的とは違う大会に出そうとしているから、重いのは当然だ。ただ今回の大会は出力が限られたモーターとバッテリーで飛距離を競うから、どこまで軽量化できるかが鍵になる」

「でも……この機体は相当に洗練されたデザインなんだろ? そう簡単に軽量化できるのか」

「どうせ一回しか飛ばさないし、飛行時間は滑空と合わせても長くて五分、速度も遅い。限界まで強度を削れるはずだよ」

 白鳥の時は専門家がいないので断念した部分だ。花見が加わったことを、改めて頼もしく感じる。

「簡単に言うと翼を持ち上げる揚力は、翼面積と断面積、対地速度で決まる。ただ今回の機体はすでに翼の形は決まっているから、後は機体とパイロットの重量を支えるだけの対地速度が必要になるな」

 花見がホワイトボードにすらすらと公式とグラフを書いた。

「今の重量がこれくらいで、失速しない最低速度がここ。少しでも軽くなれば、それだけ粘れるはずだ」

「花見さん、この飛行機は先尾翼ですから、揚力については普通の機体より有利ですよね?」

 湖景ちゃんが尋ねる。シミュレーションプログラムは最終自動チェックを走らせており、手が空いて耳を傾けていたらしい。花見の顔がほころんだ。

「よく勉強しているね。先尾翼機の大きなメリットが前後の翼がいずれも揚力を生かせる点だ。普通の機体は、水平尾翼は逆向きの揚力を働かせているんだ」

「そんな特長もあったのか……」

「ただし前にも言った通り、低速での安定性は保証できないけどね……軽量化はいいとして、問題はどう乗るのが効率がいいかだ……」

 花見は腕を組んで、翼をにらんだまま思考に沈んでいった。

 花見は飛行機の改造だけでなく、勝つための飛び方までもが頭にある。その方針が決まれば、朋夏の大好きな特訓が始まることだろう。