二次創作小説「水平線の、その先へ」

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17章 夢をみんなで 追う路は(4)

「結論から言います」

 僕はもう一度、みんなを集めた。全員の視線が僕に集まる。その頭上に、大きな青空があった。青空はどこまでも遠く、雄大に広がっている。

「明日のパイロットは、朋夏でいきたい」

「でも……!」

 そう反論しかけたのは、名香野先輩だ。だが僕と目が合うと、僕の次の言葉を待ってくれた。しかし、別の一人が憤然と反対した。

「そんな無謀なこと、絶対ダメです! 目隠し飛行なんて、朋夏先輩が危険じゃないですか!」

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 水面ちゃんだ。部外者なのだが、まっすぐな正義感で我を忘れてしまうのが、水面ちゃんらしかった。だが、僕の決意は変わらない。

「もちろん、無条件で危険な目に遭わせるわけにはいかない。挑戦には全員の協力と、信頼が必要です。だから、僕がこれから聞くことにウソをつかないで答えて欲しい。大会のためでも、会長のためでも、誰のためでもありません。ただ自分の心に聞いて、事実だけを正直に答えてほしい」

 僕は、視線をぐるりと一周させる。水面ちゃんも、どうするのかと息を呑んでいた。僕は少し怯えた様子の後輩の顔で、目を止めた。

「湖景ちゃん。実機のデータをシミュレーションに入れているよね?」

「はい……それは済みました」

 湖景ちゃんは、体を固くする。

「湖景ちゃんは自分の仕事に……つまりシミュレーションと実機の制御プログラムの出来に、自信はあるかな」

 一瞬、湖景ちゃんはたじろいだ。だが、すぐに僕の言葉を思い出してくれたらしい。湖景ちゃんは少しの間うつむいて考え、ゆっくりと顔を上げた。

「シミュレーションが完璧かと問われれば、エンジニアとしてはノーと答えるしかありません。所詮はシミュレーションですから……」

 そう言いながらも、湖景ちゃんの顔には今までにない自信があった。僕よりも一つ年上の、大人の顔だ。

「ただ考えられるデータは、すべて入力しています。飛行データを豊富に取れましたので、その部分の補正もかけて修正しました。私は……」

 そこで、湖景ちゃんは唾を飲み込んだ。

「少なくとも、自分にできる最高の仕事はしたと思います。それに関しては自信があります」

「会長。ピッチ角の自動修整システムはどうですか?」

 会長の涼やかな目に、もう敵意はない。

「昨晩の湖景ちゃんのプログラム修正で、今は安全システムは完璧に稼働しているよー。一度の不具合も起きていないし、部品の動作性は折り紙付き。可動部分の製品は、きっちり選んだからね。組み立てにも細心の注意を払っているし、これまでの飛行でも問題ないよ?」

 会長は、自分の仕事に手を抜かない人だ。

「名香野先輩。フライ・バイ・ライトはどうですか?」

「これまで一度の不具合もなし。すべて順調よ。明日の大会にはベストの状態で臨めるわ」

 仕事への責任感が人一倍強い先輩の、太鼓判だ。

「花見。機体の重量調整はどうなんだ?」

「正直、もう少し軽量化したかった。しかし時間がない。津屋崎さんが組み込んだプログラムのデータが狂ってしまうから、もう手を加えるべきではないと思う。ただ現状はベストではないが、考えうるベターだ。このまま宮前君で行くなら、重量バランスに関しては、何の問題もないはずだ」

 飛行機に関して、一番信頼できる男の言葉だ。

「花見、もう一つ。明日の気象はどうなるか、予測できるか?」

「太平洋高気圧が張り出したまま停滞している。これなら東風が吹くことはない。午後には海上から北西の向かい風に変わり、海岸での風力は二か三になるだろう。もちろん気象の変化の完全な予測は不可能だけど」

「不規則な風の変化はシミュレーションでも可能だよね、湖景ちゃん」

「はい。それも精度が高い、という以上の保証はできませんが」

 そこまでの回答で僕は満足し、最後にパイロットを向いた。

「朋夏」

「はい」

「予選会の飛行の件だ。あの時教官は、朋夏に無理に風に乗ろうとするな、安全第一だと言ったな?」

 朋夏は俯いて、黙った。

パイロットとスタッフは一心同体だ。今回は、地上スタッフの指示に絶対に従ってもらう。それは約束できるね?」

「うん。あたし、みんなの判断を信じる。絶対に裏切らない」

 朋夏が顔を上げた。

「目隠し飛行をした時のことだけど。よく思い出して欲しい。意識を失う、そういう兆候は本当になかったのか」

 朋夏は、少し首を傾げたが、すぐに答えた。

「エレベーターみたいに落下する感覚だけはシミュレーションじゃ再現できないから、正直不安だった。でもそれは全然なかった。それであたしは確信した。自分のトラウマは自分の目で見た記憶だって。それさえカットすれば、絶対にヘマはしない」

「朋夏先輩、本当にそれでいいんですか?!」

 そこで高い声を上げたのは水面ちゃんだ。

「先輩、失敗したら死ぬかもしれないんですよ? そんなの……許されるはずがありません!」

「千鳥さん、落ち着いて」

「いいえ、こればかりは名香野先輩の頼みでも聞けません! いくら勝ちたいからって順序が違うじゃないですか。学園活動は大会に勝つことより、安全に飛行できることが優先でしょう?」

 水面ちゃんの指摘は、筋が通っている。だが僕の腹は決まった。

「水面ちゃんの言う通りです。ですがどんなにリスクを回避しても、パイロットに危険があることには変わりありません。その責任は、会長も、先輩も、花見も、湖景ちゃんも、僕も同じです。僕らがどんなに努力し、機体を完璧に仕上げた自信があっても、失敗しないという保証は何一つない」

 しかし、それは挑戦をあきらめる理由にはならない。僕や朋夏のように、失敗を恐れて足をすくませていただけでは何も進まないのだ。

「僕たちがやるべき最後のこと。それは湖景ちゃんが自信を持つシミュレーションで朋夏の飛行訓練を徹底的に行い、機体を含めた考えうる飛行の問題点をすべて洗い出し、準備することです。ただし朋夏が一度でも気を失ったら訓練を中止し、花見に交代させます。それは覚悟してくれ、朋夏」

 朋夏は、うなずく。朋夏の体調の不安だけは絶対に流されたり、妥協したりしてはいけない点だ。

「気象条件を含めたさまざまなシミュレーションを行い、機械やソフトの信頼性をもう一度、念入りにチェックしてください。スタッフ全員が絶対の自信を持つまで反復します。そして夕方にもう一度、実機で飛ぶ。そこで成功し、全員の合意ができることが、朋夏を乗せる唯一の条件です」

 簡単なことだ。徹底的に訓練すること。あきらめるのは直前でもできる。それまでひたすら努力し、準備すること。それが危険に挑戦する人間の最低限の資格なのだ。

「……何か考えがありそうだね、ソラくん?」

 隣の会長のささやきに、僕は軽くうなずく。

 頭のいい会長は、僕の作戦を看破しているだろう。だがそれを今、みんなに言う必要はない。

「教官。これでよろしいですか?」

 教官はサングラスを外した。

「宮前で行くかどうかの最終的な判断には、俺もかかわらせてもらう。それが俺の条件だ。死ぬ気でやれ。最後の一日だ、満足感で血反吐を吐くまで努力してみろ」

 教官らしい粗野なアドバイスだった。

「了解」

「ウチは……ウチは」

 水面ちゃんが唇を震わせた。

「もし本当に朋夏先輩を危険な目に遭わせるのなら……例え宇宙科学会が優勝したとしても、ウチはそれを書きます。だって、そんなこと……許されていいはずがないもの!」

「だから千鳥さん、落ち着いて。これは私たち全員が決めたことなのよ」

 水面ちゃんは、激しくかぶりを振る。

「いいえ先輩、これだけはダメです。名香野先輩ともあろう人が、こんな無謀な試みに加担するなんて!」

「千鳥さん!」

「名香野先輩も落ち着いて」

 僕がとりなして、水面ちゃんに向き直った。

「書きたければ書けばいい。ただしあくまで中立的、客観的に頼む」

 信じられない、という表情で僕たちを見つめていた水面ちゃんは、やがて小さな声で「わかりました」と言って唇をぎゅっと結び、走り去ってしまった。

「大丈夫かしら、千鳥さん」

「大丈夫ですよ、放っておいて」

 僕は笑った。

「さあ、時間がありません。会長、最後くらいはぴしっと僕たちに指示してください」

 そう言われて、会長が珍しく恥にかんだ笑顔を浮かべて前に進み出た。

「全部ソラくんに言われちゃったねー。でもこうなったら、やるしかないね。最後の飛行機作り、全員の力を合わせて始めるよー」

「おーっ!」

 会長の号令一下、宇宙科学会二か月の活動の総仕上げが、始まった。