二次創作小説「水平線の、その先へ」

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3章 ゼロから始まる 挑戦で(3)

 古賀会長は先に旧校舎に行くと言って、委員会室を出ていった。

「平山君、お茶でもどう?」

 委員長は、また冷たいウーロン茶を注いで、勧めてくれた。

「正直……こう来るとは思わなかったわ」

 僕が再び席に着くと、委員長が呟いた。

「僕も驚いているんです」

 正直な感想だった。

「本気なの? 今まで、飛行機なんて活動、なかったんでしょう?」

「ええ。ですが、会長がすでに飛行機のキットを用意していまして」

「もう飛行機まで調達しているの? さすがは古賀さん、ね。恐れ入ったわ」

 さっきまでとはうって変わって、委員長は穏やかな表情だった。天敵が去って、安堵したのかもしれない。警戒心を解いている時の委員長は、年上とは思えないかわいらしさがあった。どこかで最近、こんな顔を見た気がする。

「あの……委員長は会長と、これまで面識があるんですか」

「クラスが一緒になったことはないから、話したことはほとんどなかったわ。でも、古賀さんの変人ぶりは一年から有名だったわよ。あと、成績も」

 委員長の顔が、微妙に苦いものになった。

 名香野委員長の聡明さも、学園内ではつとに知られている。しかし成績優秀と言われても、一番と評されることはない。学内で掲示される上位の成績順位は見ていなかったが、ひょっとすると会長のために、いつもこの人は二番なのではないだろうか。

「どうして、うちの提案を潰さなかったんですか? 正直、飛行大会の話が委員会を通るとは、思いませんでした」

 気になっていることが、さらりと口から出た。

「古賀さんの考えている通りよ。私は部活動を潰せない。本当の幽霊学会なら別だけど、例え思いつきでも真剣にやろうとしているなら、ね」

 委員長は、会長に遊ばれているのに、半ば気づいていたのだ。

 それでも怒りに任せて権限を振り回したり、態度を豹変したりできないのが、性格なのだろう。思えば僕も、会長の思惑を外そうと何度か試みたことはあったが、最後はいつも会長の手のひらで踊っている。

「航空部、やっぱり強いんですかね?」

 話題を変えてみた。委員長は、知らないの?という表情をした。

「いや、全国レベルで大変な奴がいるとは聞いてますけど。うちに勝ち目はあるんでしょうか」

 考えてみれば、ヘンな質問だ。だが委員長は、苦笑して答えてくれた。

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「部長の花見君はお父さんも航空関係で、小学校時代から空を飛んでいるという話よ。それに航空部がLMG大会に参加を表明したのは、去年の十一月。大会の要綱が出て、すぐだったわ。部も花見君も冬の全国大会とかで忙しかったはずだけど、開催場所が内浜市だし、何より人類の新しい歴史になるからって。新しいことに挑戦すれば、必ず新しい技術の発見があると言って、渋る部員を説得したらしいわよ」

 大会が去年から決まっていたとは、知らなかった。大会は八月上旬だから、こっちの準備期間は二か月で、航空部は九か月。

 学内予選を考えれば、時間のハンデはさらに大きい。しかもこちらは、いい加減な活動をしてきた素人の集団で、機体すらまだ部品という状態だ。

「古賀さん、本気で勝つ気なのかしら」

 そこが、僕にも読めない点だった。抜け目のない会長が、航空部の実力を知らないはずはない。

 あっさり予選会を承諾したのは、何かの勝算があるのかもしれないが、まるで思いつかない。あの教官が、すごい指導力の持ち主だったとしても、限界はあるだろう。あるいは、負けることを見越して、別の考えがあるのか。

「古賀さんは平山君にも、その辺の見通しを話していないの?」

「ええ、そもそも大会参加が決まったのが昨日の夕方ですから。それに会長はいつも何も話しませんし、ふだん何を考えているかなんて、理解不能ですよ」

 ただ、終わった後に、なんとなくこれがやりたかったんだろうな、とわかる時がある。今回もそのパターンなのだろうか。

「航空部はきっと、全力で潰しにくるわよ」

「そうでしょうね。それなら、こっちも全力でいきますから」

 最後の台詞は、なぜか自然と出てきた。こんな言い方、昨日までの僕ならしなかったはずだ。やはり目の前に置かれた飛行機に、心を奪われつつあるのか。委員長は意外そうな目をしたあと、なぜか優しそうな顔になった。

「そう、それなら、応援だけはするわ。がんばってね」

 委員会室を出て、すぐ脇の玄関を出ようとしたら、後ろから思い切り背中をたたかれた。驚いて振り向くと、会長の顔が目と鼻の先にあった。

「ソラくん。ヒナちゃんと、何を話していたのかなー?」

「ちょ、ちょっと離れてください! ひょっとして、立ち聞きですか? 相変わらず、人が悪いですね」

「んー、ちょっと違うかも。かわいいソラくんがヒナちゃんに誘惑されないように、見張っててあげたんだよー」

「誘惑って何ですか!」

 会長はからからと愉快そうに笑って、「旧校舎に行くよー」と言った。