12章 機体に夢を 膨らませ(7)
ここで解散となり、朋夏は教官と一緒に、市民滑空場に久々の訓練に出かけ、花見と湖景ちゃんは、ピッチ角の自動調整プログラムの技術的な検討に入った。会長は夕食などの買い出しを兼ねて、ピッチ調整に必要な部品を探しに行った。そのため午後の作業は、僕と名香野先輩が格納庫にこもり、部品の軽量化に引き続き取り組むことにした。
「湖景ちゃん、頼もしくなりましたね」
僕は名香野先輩に、世間話のつもりで声をかけた。
「そうね……このまま、順調に成長してくれればいいんだけど」
「そういえば、湖景ちゃんと先輩って確かに双子なんだけど、外見は湖景ちゃんのほうが妙に子供っぽいですよね」
いまだに僕が湖景ちゃんが年上という意識を持てないのも、その辺に理由がある。姉から見れば、保護者魂を刺激するのかもしれない。
だが名香野先輩の顔には、先ほどまでとは違った、暗い影が落ちていた。
「私と湖景の間には、別れて生活をしていた以外にも、二年の時間の差があるのよ」
湖景ちゃんは二年間入院していた。しかし成長は別ではないだろうか。
「完治はしていないみたい。睡眠障害で、急に意識を失うんですって」
「急に、ですか?」
「そう。それも数分から二年間まで。今はまだ退院できる状態まで落ち着いている、というだけ」
名香野先輩は、背中で大きなため息をついた。
湖景ちゃんは高校入学前の二年間、ほとんど目が覚めなかったわけか。その間に僕や朋夏や会長は、宇宙科学会でどれほど貴重な時間を過ごしてきたのだろう。急に、これまでの怠惰な活動が、恥ずかしく思えてくる。
「もしかしたら……宇宙科学会には、何もなかったから参加したのかもしれない。何かをやろうと思っても、途中で終わるかもしれないし、周りに迷惑をかけるかもしれない。だから古賀さんの活動を選んだのじゃないかしら」
十八年しか生きていない中で二年間の空白は、とてつもなく大きな時間のような気がする。湖景ちゃんは、必死に十八歳の自分を取り戻そうとしているのではないか。華奢な肩に乗った荷物としては、少々重すぎると思う。
「せめて湖景は、私には甘えてほしいの。屈託なく話ができる相手として」
なるほど、名香野先輩の気持ちが少しわかった気がする。
「でも甘えさせることが湖景ちゃんのためとは限らないんじゃないですか」
「どういうこと?」
先輩の眉が、ぴくりと動いた。
「つまり……この二年間の埋め合わせとしては、何も過保護になることだけじゃなくて、いろんな経験をさせて、いろんな感動をさせたり、笑ったりすることではないかなって」
逆鱗に触れるかとも思ったが、先輩は冷静だった。
「そうね……でも、あくまでも体に無理をさせない範囲で、ということを忘れないでね」
飛行機作りでは、半分徹夜の作業もあった。そして合宿。病院の許可は出たと言っていたけど、本当に大丈夫なのだろうか。
「ねえ、平山君……湖景のこと、どうすればいいと思う?」
親の離婚と長年の別離、そして病気。名香野先輩の聡明な頭脳をもってしても、この方程式に解を導くのは、容易ではないのだろう。何か力になれる話があるだろうか。僕は、記憶を掘り起こした、
「……そう言えば、湖景ちゃんが言ってました。この合宿は、先輩と仲良くなるのが、一番の目標だそうです」
名香野先輩の表情が、少し優しくなった。
「そして二年後には、先輩のような人になるのが理想だって言ってました」
「そう……でも、私なんかが目標で大丈夫なのかしら」
自分を評価しないのは、名香野家の遺伝かもしれない。
「先輩は運動も勉強もできるし、真面目で頼りがいもあるし。おまけに少し抜けていてお人よしなところもあって、人間味もあるじゃないですか」
「……それは、ほめられていると思っていいのかしら?」
しまった、余計なことを言った。でも目いっぱいほめようと思ったら、こうなったんですが。
「先輩は真面目で近づきにくいように見えるけど、社交性はとてもある人です。湖景ちゃんは一見すると誰でも声をかけやすいけど、本人が臆病であまり寄せつけようとしない。その辺の自信を、うまくつけてあげられればいいと思います。そうしたら友達なんて、あっという間にできますよ」
名香野先輩は、僕のことをじっと見つめていた。それに気づいて目を合わせたら、今度は急にそらされた。
「平山君って、その……会った時は少し頼りなかったけど、なんだかずいぶんたくましくなったわね」
先輩にたくましいと言われると、急に気恥ずかしさが沸いてくる。
「とにかく今は湖景ちゃんと話す時間を多く作ってあげてください。それが一番だと思います」
「私も作業が終わったら、ベッドに直行だから……だから昼間の時間でも、少しでも湖景と話す時間を作ってみる」
名香野先輩が大きな目でウインクをしてくれた。