二次創作小説「水平線の、その先へ」

当ブログは二次創作小説(原作:水平線まで何マイル?)を掲載しています。最初から読みたい方は1章をクリックしてください。

4章 途切れた絆を 縒り直し(2)

 これは驚きだった。まず委員長の知的な雰囲気が、工場に似合わない。湖景ちゃんと履歴が一緒、というのも面白い偶然だ。東葛市は工場が多いから、高校によってはそういう親の生徒が多いと聞いてはいたが。

「そうなんですか? 私の母もそうなんです。名香野先輩はどちらの……」

「大会まであまり時間がなかった気がするけど。学内予選会もあるのに、今の時期にこんな状態で平気なのかしら?」

 委員長はなぜか湖景ちゃんの話が通じてないかのように、わざとらしく無視した。湖景ちゃんの表情が、また沈んでいった。

「委員長、今の冷たい仕打ちに湖景ちゃんが思いっきり凹んだ模様です」

「あ……ごめんなさい! あなたをいじめようとしたんじゃないわ」

「……いえ……お気になさらず」

 湖景ちゃんはそれだけ呟くと、僕の後ろに隠れてしまった。委員長は、本気で湖景ちゃんを気遣っているようだ。

「大丈夫だよ、湖景ちゃん。委員長はああ見えて意外にいい人なんだ」

「意外にって何ですか!」

「ほら、そうやって怒ると……!」

 湖景ちゃんがさらに僕の影で体を小さくしてしまい、また委員長がおろおろし始めた。なんだか面白いな、この二人。

「まあ委員長のおっしゃる通り、本当は機体くらいできてないとヤバい時期なんでしょうけどね」

 気の毒なので、委員長を少しフォローしてあげることにした。

「ええ、そうね……それは人手不足ってこと?」

「はい、何せ実質二人でこの飛行機を作るんですから」

「二人ですって?」

 委員長は、心底あきれているようだった。

「私、無理してでもがんばります!」

「津屋崎さん、無理してって、そんな!」

「そうだね、湖景ちゃん。愚痴を言っていても仕方がない。作業に戻ろうか」

「はい!」

 委員長を放置して、僕は工程四番の部品を手に取った。とにかく腹を決めて始めるしかない。

「まずは部品番号15と27。胴体の部分からだ」

「はい、平山先輩!」

 だが、作業は五分とかからずに行き詰まった。胴体の骨格と思われる部品に滑車を取り付けるのだが、接合部が相当に固い。

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 これを無理に押し込んでいいのか。しかし下手すると、強化プラスチックにひびやゆがみが出るんじゃないだろうか。あるいは何かが間違っているのか。

「あなたたち、本当に素人なのね」

 委員長が、またあきれた視線で腕を組んでつぶやいた。事実だから反論のしようがない。

「僕たちは立派な初心者です。でも作らないとダメなんですから」

「そうです、平山先輩。がんばりましょう」

 湖景ちゃんが元気よく同意してくれた。しかし部品がはまらないという事態には、何の助けにもならない。

「……どこが立派なんだか。いいわ、見てられない。きょうはここに来たついでに、少し手伝ってあげる」

 委員長が僕の部品を取り上げた。そして接合部をしばらくにらんだ後、「工具箱、貸して」と言った。湖景ちゃんが、あわてて渡す。

 委員長はその中から電気ドリルを選ぶと先端部を差し替え、いきなり部品に当てた。キュイーンという歯医者のような音とともに、穴が広がる。

 予想外の行動に、僕は少しあわてた。

「おい、いきなり大丈夫か? そんな作業、どこにも書いてないぞ」

「大丈夫も何も、穴が小さいから入らないのよ。これは熱塑性の強化プラスチックカーボン素材だから、キットの型に流し込む成型時に多少の誤差が出る」

 委員長は「当たり前だ」と言わんばかりに説明する。

「だけど穴は大きすぎると組み立て時に修正が利かないから、裕度を考慮して設計より少し小さめに成型する。その分、部品が入らない不良が出やすいの。つまり空ける必要があるものは空けないと……はい、これくらい」

 今までどうやっても入らなかった滑車と本体が、きれいに組み合わさった。湖景ちゃんが、目を丸くした。

「……すごい、最初の部品のできあがりですね」

「どんどんいくわよ。今度は反対側ね。そっちを貸して」

 委員長は、流れるように作業を処理していった。時々スパナやドリルを使うが、その手つきがまた慣れている。

「……どういう風の吹き回し、なんだろうな」

 僕は湖景ちゃんに呟いた。

「さあ……でも、委員長さん、やっぱりいい人ですね」

「ちょっと平山君。男の子なんだから、ちゃんと手伝ってね」

「はいはい」

 いつのまにか僕が委員長に使われている。どうも最初に会ったと時と同じパターンのようだ。

 委員長は部品をビスで接合する時、一部を仮止めにすることを提案した。手順と違う作り方をしているので、組み立て後に予想外の影響が出てきた時、一度止めたビスを外す可能性がある。そうなった時に傷を最小限に抑えられるよう、重要な接合部で可能な部分は仮止めにするという。

「万一仮止めを閉め忘れたら飛行中に機体が分解、なんて事態になりませんかね?」

「仮止めをしたビスには赤いマーカーで部品と設計図にチェックを入れる。二人が必ず声出し確認を行い、閉め忘れをがないよう万全を期すべきね」

 そういうミス防止の知恵も、工場で学んだことなのだろう。