エピローグ 水平線の、その先へ(2)
校庭で芝を踏んでいると、突然後ろから声をかけられた。
「平山。久しぶりだな」
「え?……あっ、教官!」
教官と会ったのも大会直後の片づけ以来のことだ。たった一月のブランクだというのに、懐かしさがこみ上げてくる。
「どうなさったんですか? 大会が終わって、会社に戻るとおっしゃっていたと思いますが……」
「俺もそのつもりだったがな。古賀総帥の命令で、内浜に居残りだ」
そうは言っても、宇宙科学会の特別顧問としての仕事は終わっているはずだが。
「実は大会の成功を受けて、さっそく第二回大会の準備を命じられた。前回とは比較にならない大がかりな大会にするから、市や商工会、航空に強い工場とも連絡を緊密に取って、今から準備や折衝を進めなければならん……そのため俺は東京に戻れず、内浜に留め置かれた」
教官によると、中島航空工業の内浜オフィスはきょう正式に立ち上がった。教官はその準備をし、支部長という肩書きをもらった。といっても今はまだ一人オフィスで「給料はまったく変わらなかった」と嘆いていた。
その仕事始めの日に、なぜか旧校舎に足が向いたという。その気持ちは多分、僕と同じだろう。
「来年の大会までには十人以上のスタッフになる。俺は、その地馴らしをするのが仕事だ」
今は名刺を持って役所や関係部署へのあいさつ回りと、つきあい酒の日々だそうだ。「技術者のくせに何をやっているんだか」と、教官は苦笑いした。
教官は巨大組織のサラリーマンの一人なのだ。そして教官は大きな仕事を成し遂げ、次の新プロジェクトに向けて走り出している。総帥の命令と言いながら、その表情には満足感が漂っていた。
「だが俺はこの旧校舎が懐かしい。お前達と過ごした二か月にも満たない時間だ。新しい大会を作ることで、次の若者たちがこの大会をめざし、同じように汗や涙を流し、大会の後には俺やお前のように、それを愛おしい時間だったと感じる連中がたくさん生まれることになるだろう……そういう夢の手助けができるなら、俺は生きていて本望だと思う。そう、俺はあいつの分まで日本に空の夢を育てなければならん」
教官は飛行機だけではなく、この世界で生きるということの意味を、僕らに教えてくれたと思う。
「会長は、どうしていらっしゃるのでしょうか」
「さあな。だが、すぐにまた会えるんじゃないのか?」
教官は意味深な顔で、にやりと笑った。
教官が車に乗って仕事に戻り、僕もそろそろ引き揚げようかと思った時、携帯電話の着信音が鳴った。
「もしもし空太? 今どこどこ?」
機関銃のように尋ねてきたのは元体操五輪代表候補、LMG全国大会準優勝パイロットで内浜学園高等部航空部の新エース、宮前朋夏様だ。
「旧校舎だけど……何か?」
「大変なの! ええと、その……水面ちゃんからメールが届いて、空太あてに。あたしになんだけどね、それでね、あたしやったんだよ!」