2章 はばたく鳥に 憧れて(5)
「宮前……宮前、きょうは休みか?」
昼休みが終わっても、朋夏の姿は教室になかった。体調が悪いんだと思います、と先生にフォローしたのは僕だ。朋夏には、ゆっくり休んでもらいたいと思う。それに睡眠不足は、立派な体調不良だ。サボリではあるが、ウソではない。
授業が終わって保健室に行ってみたが、予想は外れて、朋夏の姿はなかった。きょうは保健室に来た記録もないという。どこかで昼寝して部室に直行したのか、と思って保健室を出る時、携帯メールの着信が鳴った。
「すぐに旧校舎に来るように。部活するよー。沙夜子」
相変わらず、人の都合を一顧だにしない人である。どうせ朋夏も呼び出しているだろうから、探さなくても旧校舎で合流できるだろう。
駅まで行くと、案の定、湖景ちゃんがいた。
「あ、平山先輩」
「会長の呼び出しだね。まいったな、また旧校舎とは」
「何をする気、なんでしょうね」
その時、不意に朝の光景が脳裏をよぎった。まさか、あのトラックの中身というのは――。
その想像を湖景ちゃんに話さなかったのは、話すと絶望感にかられてそのまま退部しかねない、と心配になったからだ。僕たちは電車に乗ってからも、不安に揺られるように押し黙ったまま、旧校舎へと向かった。
内浜駅の到着と同時に、また二人同時にメールが届いた。
「旧体育館の脇の倉庫まで、来るといいよー。沙夜子」
「今度は倉庫ですか」
湖景ちゃんは呟いたが、僕は何も言わなかった。死神が一歩一歩、僕の予想通りに近づいてくる気がする。
旧体育館は旧校門を入って正面、旧校舎の入り口から見て左手に立っていた。僕達は校門をくぐると、グラウンドをまっすぐ横切って体育館に向かった。体育館は思いのほか大きかったが、その影に隠れて、体育館の半分ほどの大きさの倉庫が、確かに建っていた。前に来た時には、気づかなかった場所だ。
「ここで、いいんでしょうか……」
湖景ちゃんが、また不安そうに呟く。会長も、朋夏の姿も見えない。倉庫の前面は、大きな左右の引き扉になっている。トラックくらいの高さの車は、余裕で入れそうだ。
「会長さんは、なんのために呼び出したのでしょう?」
あまり不安そうなので、答えてあげることにした。
「さあ……しめるためじゃないのかな」
「しめるって……何ですか?」
「会長の意向に反して流星雨の観測なんてものを提案した生意気な下級生たちは、ここで躾と称した暴行を加えられる」
「え……その、え?」
湖景ちゃんの顔が青くなっていた。この子、冗談を本気にしたのかな? でも、たぶんこれから起きることの方が、冗談のような話ではないだろうか。
「空太。湖景ちゃんを怖がらせない!」
その声に後ろを向くと、会長と朋夏がいつの間にか、並んで立っていた。
「そりゃ違うだろうな。でも会長、もっと別の意味でひどい目にあわせられるのではないでしょうか?」
「ソラくん、それは違うよー。私は一度だって、ソラくんたちをひどい目にあわせたことなんかないよ?」
本気だとしたら、恐ろしい自覚のなさだ。
「じゃあまず、ちょっと見て欲しいものがあるんだけど、来てくれる? すぐ済むから」
会長はまっすぐに倉庫に向かうと、引き扉の取っ手に腕をかけて、うーんとうなりがら引いて見せた。まったく動く気配がなかったが、これは会長が細腕なだけが理由ではない。初めから力が入っていないのだ。
「ソラくん、助けてくれないの?」
展開は読めているが、せめて呼びかけるまで待ったのが、僕のささやかな抵抗だ。僕は会長に代わって扉の取っ手に手をかけた。錆びた取っ手から、かすかに会長の手のぬくもりが伝わった。
「うーん……ふん!」
最初はひっかかかった気がしたが、少し力を強めると、思いのほかすっと扉が開いた。扉はチェーンでつながれ、一方を開くともう一方も開く仕組みになっていたらしい。ガラガラという車輪がレールをこする音と同時に、倉庫の中に光が差し込み、朋夏と湖景ちゃんが、唖然とした表情を見せた。
扉を開け終わった僕も、中を覗き込んだ。大小さまざまな木箱が積まれていて、その表面に一つ一つ、焼印が押されていた。中には長い物干し竿のような棒や箱もある。ああ、悪い予感は最も悪い方向で当たったに違いない。
「ふーん。ソラくんは気づいたみたいだね。えらいえらい」
目の前で死神のカマが振り下ろされるのを予想できても、ちっともうれしくありません。
「それでは種明かし。これはウルトラライトプレーンのキットです」
「飛行機の……キット……」
湖景ちゃんが、絶句していた。
「ソラくん、額に手を当てて天を仰いでも、そこには天井しかないよ?」
わざわざ説明していただかなくても、わかっています。
「私のだけど、提供します。大会向けに!」
「マジ、ですか?」
「マジです」
会長がまたも、あの悪魔の微笑をたたえた。