二次創作小説「水平線の、その先へ」

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6章 仲間と試練を 乗り越えて(2)

           

 

 6月29日(水) 北西の風 風力1 曇り

 名香野先輩が、きょうから作業に復帰した。昨日の進捗状況については、湖景ちゃんからメールで聞いていたらしい。到着してすぐにコックピットの中を覗いていたが、「うん、いい具合になると思う」と満足そうだった。

「先輩、会長が必要な工具を買ってくるまで待ちましょうか」

「そうね、それまでに計器のチェックを済ませるわ。湖景は、計器を制御するプログラムの同化にかかってくれる?」

「はい、姉さん」

 湖景ちゃんは、機体とは離れた場所に木箱を置いて机代わりにし、ミニコンのキーボードシートをたたきはじめた。名香野先輩は、キットの計器のうち必要な部品と交換する部品を分け、配線図を設計図に書き込んでいく。

「名香野先輩。航空部の抗議の件ですが、どうなりました?」

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 名香野先輩の動作が一瞬止まったが、すぐに何事もないかのように、ペンを走らせた。

「……結構苦労したわ。何とか説得できたけど」

「花見、そんなに強硬だったんですか。そうは見えませんでしたが」

「花見君は納得してくれたわ。そうじゃないの」

 え、と僕は顔を上げた。

「委員会の中で、批判噴出。そら見たことかって、感じでね。最後は副委員長がとりなしてくれたけど……仲間の突き上げの方が、参ったわよ」

 名香野先輩がペンを置いて、ふーっと、ため息をついた。一人で書類を運んでパソコンに打ち込もうとしていた、いつぞやの姿が浮かんだ。

「それは、申し訳なく思います」

「なぜ平山君が謝るの?」

「だって、先輩を宇宙科学会に引き込んだ責任は、僕にもありますし」

 名香野先輩は、「そんなこと」という顔をした。

「私は自分で、宇宙科学会の活動に参加することを決めたの。誰に影響されたわけでもないわ」

 それはつまり、自分の行動には自分で責任を取る、という意味だろう。だが、そう言われてしまうと、周囲はかえって責任を感じる。しかも先輩の熱意は誰もが認めるが、人の使い方は器用とは言えない。何でもできるように見えて、周囲から期待もされて、自分から苦労を背負い込みながら、周囲にはなかなか理解されない。たぶん、ちょっと損な人なのだ。

「あの……困ったことがあったら、自分がいつでも相談に乗りますので」

 そんな台詞が、自然に口から出た。名香野先輩は意外そうな顔をした後、にっこり微笑んだ。

「ありがとう。その時は、頼らせてもらうから」

 そう言いつつ、この人は一度自分がやると決めた仕事を、簡単に人に預けることはしないだろう、と直感した。逆に、先輩が他人に手助けを求める事態になったら、相当の非常時と思っていい。僕はその時、この人の支えになることができるのだろうか。いや、僕は誰かの支えになれるような、人間なのだろうか。僕は宇宙科学会でも、雑用ばかりなのだ。

「お待たせ、みんなー。一通り道具、そろえてきたよー」

 会長が大きな紙袋をいくつも抱えて登場し、姉妹がそろって迎えに出た。そうだ、僕は今、僕のできることを考えるだけだ。余計なことは考えなくてもいい。飛行機の製作は、着実に進んでいる。