二次創作小説「水平線の、その先へ」

当ブログは二次創作小説(原作:水平線まで何マイル?)を掲載しています。最初から読みたい方は1章をクリックしてください。

エピローグ 水平線の、その先へ(3)

 何がなんだかわからない。こいつは興奮すると話の脈絡がつかなくなる。

「落ち着いて話せ。水面ちゃんから朋夏にメールが届いて、それがどうなったんだ?」

「違うよ、空太あてだよ! それがね……あーもう、何から話していいのかわかんない。とりあえずメール転送するから、それ見てかけ直して!」

 それだけ言うと、朋夏は一方的に電話を切ってしまった。自分からかけておいてメールを見て返事をしろとは、なんて失礼な奴だ。

 ほどなく朋夏からメールが届いた。水面ちゃんからの転送メールだ。おまけに随分と重い添付ファイルまでついている。

「なんだこりゃ……メモリを圧迫するじゃないか」

 メールを開くと、水面ちゃんからの丁寧なあいさつ文があった。

宮前朋夏先輩へ

 本当は平山先輩にお送りするのが筋なのですが、平山先輩のメールを知らないので朋夏先輩に送らせていただきました。お手数ですが添付ファイルと一緒に、ご転送をいただけると助かります。

 

 平山空太先輩へ

 平山先輩、LMG大会の日には大変お世話になりました。おかげで誤報記事を差し替えることができただけでなく、上村中央執行委員長代理の退任と、名香野先輩の委員長復帰という大特ダネを掲載することができました。ウェブ版の閲覧数は過去の最高記録を十倍以上更新したんですよ! その後も中央執行委員会の不正経理と一部委員の処分の特ダネ二本目、復帰した名香野委員長の活躍ぶりもルポすることができ、それで委員の就任希望者が、夏休みにもかかわらず殺到したそうです。ウチも鼻高々です。とても充実した夏になりました」

 そう言えば僕も最初は名香野先輩の仕事を手伝っていたが、夏休みの後半になると急に新人委員の数が増えて、僕の出番がなくなった。あれは水面ちゃんが、がんばってくれたお陰なんだな。僕は水面ちゃんが砲弾みたいにグラウンドを疾走していた姿を思い出して、思わず笑ってしまった。

さて、ここからが本題です。平山先輩にはお礼を言っても言い切れないほどなのですが、次の内浜タイムスでウチが書く第三の特ダネ記事のゲラ刷りを、特別に平山先輩にお送りします。名香野先輩から古賀会長のこととか、事情はいろいろ聞きました。ウチは飛行機はからっきしわかりませんが、平山先輩が床下にバッテリーを置くナイスアイデアを出したお話を名香野先輩から聞いていたお陰で、取材の突破口になったこともご報告しておきます。記事は、明日にはウェブ版で掲載します。ウチの記事が宇宙科学会のみなさんへの恩返しになれば幸いです。かしこ」

 なるほど、この添付ファイルはゲラ刷りの画像ファイルか。どうりで重いわけだ……しかし何の記事だろう。古賀会長が学園に帰ってくるという記事なら大歓迎なのだが、それだけでは学園新聞のトップ記事にはならないはずだ。

 ファイルをクリックした。画像が出るまで二十秒近くかかり、僕は少しいらいらした。しかし、その目に飛び込んできた記事は衝撃的だった。

内浜海岸で八月七日に開催された全国初のライト・モーター・グライダー(LMG)大会で、優勝した大学チームの航空機が大会規定に違反する補助バッテリーを搭載していたことが、内浜学園高等部報道委員会の取材で明らかになった。大学チームは報道委員会の取材に対し、規定違反が意図的であったことを認め、大会実行委員会に報告した。……

 ちょっと待て、待て待て。

 取材で判明って……なんでそんなことが、うちの報道委員会でわかるんだ?

 あわてて記事に目を戻す。

優勝した大学チームについては大会直後から、新世代航空用バッテリーの開発元である中島航空工業開発技術部の内部で、いかに優秀な機体であっても飛行距離が長すぎるという指摘があった。報道委員会が飛行機の設計並びに一部の製作を依頼された東葛市内の作業所を取材したところ、モーターを回転させる動力を補助する小型バッテリーを二台、コックピットの床下に隠して設置したことが判明。作業所側はバッテリーの増設が規定違反であることを、大学チームから知らされてなかったという。

 この点について報道委員会が、作業所の証言と入手した改装設計図を証拠に、大学生の飛行クラブに再取材し説明を求めたところ、小型バッテリーの装着を隠蔽したこと、大会本部に提出した電力試験データを改ざんしていたこと、着水直後にパイロットが小型バッテリーを外して飛行後審査での発覚を防いだことを認めた……

 記事をさらに読み進めるうちに、水面ちゃんの動きがおぼろげにつかめてきた。

 開発技術部の内部とは教官のことだろう。優勝記録の不自然さに疑問を持った水面ちゃんは、まず教官に取材した。そして自分の抱いた疑念と同じ疑問が会社にもあることを知った。恐らく会社も証拠をつかめず、優勝を認めるしかなかった。

 ところが水面ちゃんは、あきらめなかった。

 優勝チームのインタビュー記事を作るために大学を訪れ、その時に機体の整備を請け負った作業所を聞き出し、その足で現場に直行して、決定的な証言と証拠の設計図を取ったわけだ。大学生も中島航空工業の人間が聞きに来たなら、警戒して作業所まで話さなかっただろう。高校生記者の取材力と行動力を、なめていたに違いない。

 そして記事の最後に、僕たちにとって最も重要な一文があった。

大学チームは八月三十一日、大会実行委員会に正式に優勝の返上を申し出た。内部関係者によると、実行委員会は大学チームの報告を認める方針。その結果、大会第二位だった内浜学園高等部宇宙科学会(会長・古賀沙夜子さん三年)が、大会規定により栄えある第一回全国LMG大会の繰り上げ優勝チームとなることが確実となった。【千鳥水面】

 優勝。僕たちが優勝。

 体が、震えた。いや、優勝なんて実はどうでもいい。

 携帯電話が、また鳴った。

「空太、記事、読んだ!」

「今、読んだ。これ本当なんだな? ということは……」

 僕と朋夏は、電話口で同時に叫んだ。

「会長が、帰ってくるんだ!」

 朋夏は記事を読むとすぐに三年生の教室に行き、会長の所在を尋ねたそうだ。会長はきょうの始業式、学園にちゃんと来ていたらしい。だが部室に寄ることもなく、誰にも会わずに、風のように教室から消えたそうだ。

 朋夏は「会長の居場所はわからない」と言った。だけど、僕にはわかる。

 彼女がこの内浜に戻ってきて最初に行く場所なんて、一つしかない。

僕は旧校舎を抜け、国道脇の歩道を走り、コンビニの裏から灯台に向かう石段を、空に向かって一気に駆け上がる。その急斜面の先に、僕らが夢を託した蒼天があった。

 人は空に憧れ、神話の時代に遡る無数の無謀な試みの果てに、熱い空気を包んだ巨大な気球の助けを借りて、大地を離れることに成功した。

 滑空を実現するまで、さらに百年。そうして前世紀の初めにようやく人は空の眷属になれた。

 人はずっと呼ばれている。太古の昔から何も変わらない、この青い空に。

 息を切らせながら灯台の傍らに広がる高台の公園にたどり着くと、あの六月の日に見たのと同じ光景があった。

 長い黒髪と、強い西風に揺れるスカートを抑える白い腕。そして水色の涼しげな制服の後姿。

 それは物語の間に挟まれた心の動きを予感させる美しさに満ちていて、夏の名残りを色濃くした風と、かすかに力をなくしつつある日差しの中でも負けず、むしろそれを圧するような輝きと力を秘めていた。

「会長」

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 僕の声に長い髪がゆっくりと流れて、太陽を反射しながら光の軌跡を描いた。吹き抜ける風に踊る髪を押さえながら、彼女の優しい瞳が、まっすぐに僕の顔を捕らえた。

「……ただいま、空太」

「会長、お帰りなさい」

 名前を呼んでくれた会長に、手を差し出す。いっぱいに伸ばす。

 あの時、届かなかった手。それが、僕の一番大事な人が伸ばした指に届く。

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 一機のグライダーが、僕らの頭上を低空で駆け抜けていった。天空に吸い込まれていく白い翼を、僕たちは指を絡めあったまま、見つめていた。

 グライダーの向かった先に、空と海が溶け合った水平線があった。波がきらきらと輝き、僕らの一月遅れの優勝報告を、祝福してくれた気がした。

 

 夢を追いかけた僕らの夏が終わり、内浜が最も美しい季節、秋がやってくる。

                                     (了)