二次創作小説「水平線の、その先へ」

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8章 きらめく星に 見守られ(9)

 7月19日(火) 南の風 風力2 曇り

 日曜日の夕方には会長が、フライ・バイ・ラジオ・システムに必要な部品と、どのような手段を講じたのか知らないが、航空部から強奪したらしい古い操縦桿とペダル、壊れた計器パネルを届けてくれた。まずはシステム構築を優先し、湖景ちゃんが通信機器の初期化と作動系との接続を行い、僕と名香野先輩が駆動装置を翼に取り付けるまでで、作業が終了した。

 月曜日も先週に引き続き、旧校舎での作業となった。意外にも会長がシステムの設計図を書き上げ、僕と名香野先輩が操縦桿とペダルに油圧ピストンを装着し、床面に固定した。ピストンはあらかじめ電子データを自動的にコンピューターに送る制御機能付きの製品なので、あとはメインコンピューターで数値を処理して、電波を飛ばせばいい。

 湖景ちゃんは、朋夏の意見も聞き、尾翼の角度を十ステップで調節できるようにプログラムを組んだ。パイロットの意思を忠実に反映させるにはステップが多いほど良いが、その分、プログラム処理は複雑になる。パイロットが納得できる範囲で、簡素化するのも大事な作業なのだ。

 会長は、完成後の飛行機の重心計算をしていた。その結果、コックピットの床部分を整理し、座席を少し後ろに下げた。これで機体が軽量化しただけでなく、修整前より若干、後ろに重心が移行することで、前後のバランスがよくなるはずだという。

 そして今日が、フライ・バイ・ラジオ・システムの初テストだ。

 朋夏がコックピットに乗り込み、操縦桿とペダルを使って尾翼を操作する。モーターは回すが、プロペラは外してある。朋夏の操作と尾翼の角度をトレースし、機体外のミニコンにもデータを送る。僕と名香野先輩は機体の左右に立って、実際の尾翼の動き具合を目視でチェックする係だ。

 会長は大事な仕事があり、不在にしている。作業終了後に全員に冷たいジュースをおごるため、恐れ多くも買い出しに行かれあそばしたそうだ。

「うわあ、これは軽いな」

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 最初に朋夏が声を上げたのは、ペダルの踏み具合のことだ。これまでの飛行機は踏み込みが重く、とっさの操作がしにくい問題があった。だが今回の朋夏の声は、うれしいより厄介というニュアンスが混ざった。前の飛行機の調子で踏み込んでしまうと、飛行機が急旋回することを心配していた。

「こればっかりは、慣れてもらうしかないわ。がんばって、宮前さん」

「うん……確かに軽い方が楽なんだけど、イマイチ本当に動かしてるっていう感覚が伝わりにくいんだよねー」

 なるほど、教官の言った通りだ。飛ぶのは飛行機だが、飛ばす人間のことを考えないと、システムはうまく機能しないのだ。油圧ピストンで多少は感覚を作っているが、それでも金属の重さに比べれば限界がある。

「本当は機体の角度やステップをモニターでパイロットに伝える必要があると思いますが、まだそこまで表示できるシステムになっていません。本大会までには何とかしますが、今はシステム構築だけで精一杯なので……」

 申し訳なさそうに言う湖景ちゃんに、朋夏が笑顔を見せた。

「機体の角度とかは、計器と目視でわかるからね。ゆっくり踏み込むことで、なんとか慣れてみるよ。サンキュ、湖景ちゃん。さっそく動かしてみよう」

「はい、宮前先輩! よろしくお願いします」

 朋夏が風防を閉めて、エンジンキーを回した。モーターが回り始めるが、プロペラがないのでほとんど音がしない。少し古くなったクーラーという感じだ。

「宮前先輩、通常の離陸をイメージして操作してください」

 湖景ちゃんが、無線で呼びかける。尾翼のエレベーターとラダーが、何回か動いた。試験動作は、上々のようだ。

「異常なし。宮前朋夏、いきます」

「グッドラック」

 短い応答の後、モーターの回転数が上がった。水平尾翼のエレベーターが下がる。機体は今、離陸をした……

「……あれ?」

 異常が起きたのは、僕が見ていた左の水平尾翼のエレベーターだ。一方だけ、突然上下に揺れる。気がつくと、ラダーの動きもおかしい。どうも引っかかっている感触だ。

「宮前先輩、離陸順調です。右旋回に入ってください」

 湖景ちゃんは、異常に気づいていない。つまり、湖景ちゃんが見ているモニターに出ている数字は正常ということだ。と、いうことは?

「止めて、湖景。試験中止!」

 名香野先輩が叫んだ。あわてて湖景ちゃんが、朋夏にモーターを止めるように指示を出す。湖景ちゃんと朋夏がぽかんとしている。何が起きたのか、理解していないに違いない。

「失敗……」

 名香野先輩の顔色が、傍目からわかるほど蒼白になっていた。