二次創作小説「水平線まで何マイル?」

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2章 はばたく鳥に 憧れて(3)

 

 6月7日(火) 北の風 風力3 雨

「おはよー、空太。ねえ、なんか考えてきた?」

 教室に入ると、また朋夏が真っ先に駆けよってきた。

「いや……特に思い浮かばないな」

「そんなことでいいの、空太! あたしたちの部が解散になっちゃうっていう非常事なのに……」

 それを聞いて、教科書を顔に広げて朝寝を決め込んでいた上村が先に反応した。

「宮前さん。例の宇宙科学会の新しい活動って話かい?」

「そう。あたし、いいの思いついたんだ。流星雨の観測って、どうかな?」

 そういえばここ数日、テレビや新聞を流星雨の話題がにぎわしていた。毎年八月上旬に観測できる流星群が、彗星の接近やさまざまな事象が重なって、派手な天体ショーになるらしい。

「悪くない話だが……」

「一時的な活動だな。流星雨が終わったら、活動も終わりではないか? それで中央執行委員会を説得できるのかね?」

 上村が痛い点を突いた。朋夏がうーんとうなり、腕を組んで考え込む。頭をゆするたびにポニーテールがぴょこぴょこ動くのが、見ていて飽きない。

「じゃあ……アサガオの研究!」

「こう言っては何だが……まるで面白みを欠くのではないかね?」

「ていうか、いきなり研究のレベルが下がったな。まるで小学校の夏休みの宿題だ」

「じゃあ、じゃあ……琥珀に閉じ込められた蚊の吸った血液から、恐竜を復活させる?」

「朋夏。それ何かの映画で見た話じゃないのか?」

「どうしていきなりアサガオから、実現不可能なところに飛躍するのだろうか?」

「え、できないの? じゃあ……毎日の天気の観測」

「宮前嬢よ、それは何の意外性もないぞ」

「ペットボトルでスペースコロニーを作って宇宙空間に浮かべる!」

「それが実現できたら、確かに世界的なニュースであるな」

「ていうか、朋夏。さっきから平凡なのと現実離れしたのばかりだが、その中間はないのか、中間は!」

 朋夏の頬がぷーっと膨れた。

「じゃあ、空太はどうなのよ! モグラより現実的で大変じゃなくて面白みがある奴……むずいよ、何か意見出してよ!」

「僕か? いろいろ考えたが、いいアイデアが浮かばない」

「宮前嬢よ、こやつの考えたことを俺が当ててやろう」

 上村が眼鏡の縁を指で押し上げ、ふふんと鼻を鳴らした。

「もし宇宙科学会がお取り潰しになったら、別の活発でない学会に入ればいい。宇宙科学会は活動が遊びと化している分、居心地はいいが、会を残すために奮闘を強いられるとなれば本末転倒。それなら別の学会の幽霊部員になって籍を置いたほうが楽というものだ……そういろいろ考えたのであろう?」

 な……何を根拠に。それは誤解というものだ。

「俺の意見を、根も葉もない憶測だと言いたそうな顔だな。では最もつきあいの長い宮前さんの意見を拝聴しよう」

「空太の考えそうなことだと思う」

 朋夏の目がすわっていた。

「待て、待て待て。大体、朋夏だって何で活動らしい活動のない宇宙科学会に入ってんだよ」

「あたしは……行くとこないし、空太がいて、なんか面白そうだったからさ」

 急に、朋夏の言葉に歯切れが悪くなった。

「遊ぶだけなら、解散したって会長や湖景ちゃんを呼んでまた遊べばいいじゃないか。そんなに有意義な活動をしたいんなら、朋夏は体操部に戻ったらどうなんだ?」

「……体操は、もういいんだよ」

 朋夏は興味がない、という風に肩をすくめると、席に戻っていった。

 午後に朋夏と部室に行くと、きょうは湖景ちゃんが先にいた。例によって、落ち着かない表情をしている。

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「湖景ちゃん、何か浮かんだ? 空太の奴が全然やる気なくてさ……」

「いえ全然……アサガオの観察くらいしか、思いつきませんでした……ごめんなさい」

 湖景ちゃんの顔が、本当に泣きそうになっていた。

「いいんだよ、別に。一晩でいいアイデア思いつこうったって、難しいよな」

「なんか、あたしと対応がえらく違うような気がするんですけど?」

「そりゃかわいい後輩なんだぞ。対応が違って当たり前じゃないか」

「かわいいクラスメイト」

「え……どこどこ、どこに?」

 すさまじい勢いで、ハリセンが僕の横顔をしたたかに打った。会長、なぜ宇宙科学会の部室にハリセンが常備されているのでしょうか?

「いいよ湖景ちゃん、上級生のくせに何にも考えない馬鹿もいるんだから。あたしも流星雨とか考えたんだけど、上村君たちに却下されちゃってさ」

 それを聞いた湖景ちゃんが、ついと顔を上げた。

「流星雨……それ、意外にいいかもしれませんよ」

 そしてポケットからミニコンを取り出すと、机にキーボードシートを広げて、やにわにぱたぱたと打ち始めた。提案者である朋夏が何ごとかな?と、後ろからその様子を覗いている。

「やっぱり……宮前先輩、内浜地方天文台が今度の流星雨について、観測報告に参加する団体を全国から募集しています」

「え、どういうこと?」

 ミニコンのモニタを簡易スクリーンに切り替えると、天文台の「流星雨観測団体募集」のページが映し出された。

「屋上の望遠鏡とか、申請して使えばいいのかな。双眼鏡とか専門のを用意しないとダメかな?」。朋夏が恐る恐る聞いた。

「えっと……不要です。観測は原則、目視のみです」

「え、そうなの?」

 ホームページの説明によると、流星雨の観測に、望遠鏡や双眼鏡は使わないらしい。作業は、天文台が指定した時間に、決められた方角の空を複数の人間で見上げ、その視野に入った流れ星の時間や位置を記録し、カメラで撮影して、後から星図に書き込めばいい。

 もちろん学術調査の一環である以上、観測時間が真夜中になる問題や、一瞬で消える流星を記録する方法、カメラでの一定時間の連続撮影など、当日までにマスターすべき技術もある。ただカメラも特別なものは必要なく、シャッターを開放にしておけばいいから、野原に寝転がってでも観測できる。

「電波観測と同時に全国各地の地上観測結果を一般からかき集めることで、時間とともに変化する流星雨の三次元全体地図を作ろうという壮大なプロジェクトです。精度が高い観測結果を集めた上で、天文台がデータを分析し、秋の専門の国際天文学術研究大会で報告します。つまり参加団体は、データを送ってしまえば、作業は終了。データが大会発表に採用されれば、団体の名前も論文に載るそうです」。湖景ちゃんの言葉がはずんだ。

「つまり、委員会の条件をクリアするってこと?!」

 高校レベルの団体で、専門の研究大会に参加して学問的な評価を受ける機会は、まずない。当然、データが採用されるかの関門は大きいが、少なくともモグラを作って飛ばすよりは、ずっとハードルは低いはずだ。

「仮に採用にならなくても、天文台の観測計画に参加するというだけで委員会対策の時間稼ぎにはなりそうだな」

「あたし、レポートにまとめる! 委員会での発表資料を作る。湖景ちゃん、そのページと流星雨の情報、何でもいいからプリントアウトして!」

「わかりました、宮前先輩。私が必要なデータを集めますから、先輩方は情報の整理をお願いします」

 湖景ちゃんがネットから情報を引き出してプリントし、僕がそれに線を引いて必要事項を抜き出し、朋夏がレポート形式にまとめていった。

 この作業でわかったのは、ミニコンを駆使する湖景ちゃんの情報収集力と処理能力が、相当高いということだった。朋夏や僕が必要な情報をリクエストすると、二~三分で情報を引き出し、必要に応じて英文サイトを翻訳したり、数字をまとめて手際よく表やグラフ化していった。

「なかなかいい感じだな。これプリントして配ってもいいと思うけど、ここまでくると委員会での説明で、動画でプレゼンとかできちゃうんじゃないかな」

 軽い冗談のつもりだった。

「できますよ。動画にしたいですか?」

「え?」

 僕と朋夏が顔を見合わせた。

「いまちょうど、時間が空いたので流星雨の立体シミュレーションを作ろうと思っていたんです。もともとプレゼンにも使える天文用の3Dソフトが入っていますし、流星雨の情報なんて、夜空の放射点の座標と時間、予測最大出現量を入力すれば終了ですからね……はい、どうぞ」

 湖景ちゃんが目にも止まらぬブラインドタッチでシートをたたくと、スクリーン上に、地面と半球上の星空を映した3D画像が浮かび上がった。そしてスタートボタンをタッチすると、タイムカウンターが増えるとともに星が次々と流れ、残像が天球に映る様子が、手に取るように理解できた。

「流星は、北極星に近いこの方向から流れてくるように見えますね……一時間の予測最大出現量が六十~百二十個ですから、ほぼ三十秒に一個の割合で増えていきます」

「すごいよ、湖景ちゃん! この調子で、グラフとか観測計画も全部、組み込んじゃおうよ!」

「え? いいですけど……あの、できれば説明は先輩方にやっていただくと……」

「まかせて、まかせて。文章はあたしが書いて、空太がしゃべるから」

「待て、僕があの委員長の前で話すのか? 勘弁してくれよ」

「何言ってるのよ、何も考えてないくせに! それに委員長だけでなく、会長も説得しないとダメなんだからね!」

 僕らの作業は、外が暗くなるまで続いた。宇宙科学会創設以来、これほど宇宙科学的な活動に打ち込んだことはなかった。

 そして、この日が空前にして絶後だった。騒動の中心であり、決定の全権を握る会長はこの日、なぜか一度も部室に顔を出さなかった。