二次創作小説「水平線の、その先へ」

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7章 鎖を断ち切る 闘いは(3)

          

 

「さ、ヒナちゃんの体調も心配だし、きょうはお開きにしよー。帰りの道すがら、君たちにジュースでもおごってあげることにしようか」

「え、いいの? 古賀さん」

「もちろん! 委員会への賄賂で得点を稼いでおくのも、組織の長の務めだからねー」

「い……いりません! 私は、そういうものは受け取れない立場ですので!」

 湖景ちゃんが、そっと名香野先輩の袖を引いた。

「会長さんが、からかってるんですよ。乗せられるだけ損ですから、ありがたく受け取りましょう。ね?」

「そうですよ、先輩。会長は困った人だけど、そういうあくどい真似はしませんから」

 せっかくの好意なんだし、たまには会長を立ててあげないと。

「そうそう、お財布係はソラくんだよー」

ゴチになります!」

 唖然とする僕に向かって、湖景ちゃんと名香野先輩の姉妹が、きれいにハモった。

 そのあと会長は、結局全員におごってくれた。毎度のことだが、どこまで冗談なのかさっぱりわからない。

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 朝に雨を降らせた雲は今は跡形もなく、空気中の水蒸気を反射した美しい夕焼けが、内浜駅へと続く下り坂を照らしていた。僕たちはオレンジ色に染まった少し古びた世界の中で、コンビニで買ったジュースで乾杯し、穏やかな海風を横から受けながら、国道脇の歩道を肩を並べて歩いた。

「あとは乗って飛ばすだけ、かあ。うん、がんばらなくちゃ」

 朋夏がうーん、と背を伸ばした。心は、すでにあの飛行機と一緒に空を飛んでいるようだった。

「そうね。あの飛行機を生かすも殺すも、宮前さん次第だから」

「あ、プレッシャーかけないでください。怖くなっちゃうじゃないですか」

 口ではそう言っているが、朋夏はちっとも恐れていない。夏の太陽のように明るい笑顔が、自然に溢れてくる。

「ていうか、あの飛行機で生きるも死ぬも朋夏だろ」

 後頭部に回し蹴りが炸裂し、一足先に僕が死んだ。

「宮前先輩なら、大丈夫ですよ。うちの会で一番適正がある人ですから」

そだねー。トモちゃんが墜落するなら、誰が乗っても墜落するでしょ」

「古賀さん、縁起でもないことを言わないでください。安全性に関しては、慎重に仕上げた自信があります」

 名香野先輩がきっぱりと言った。先輩の参入なくして、飛行機はこの時期に仕上がらなかったはずだ。

「しかしみんな、短期間でよくここまできたねー。立派立派」

「あなたがやれと言ったんです。最初からできて当然という態度でしたよ」

「そうだっけ?」

「まったく、古賀さんの計算高い無計画ぶりには、苦労させられたわ」

 矛盾しているが、これほど会長という人を的確に表す言葉もない。

「ヒナちゃんが手伝ってくれたのは大きかったねー。これは想定外かも」

 二人の最初の対面を思い出すと、こうして二人が一緒に帰り道を歩いているだけで、奇跡が起きたように見える。人の関係は、わからないものだ。

「それはきっと、平山先輩のおかげですね」

 湖景ちゃんが、うれしいことを言ってくれる。

「いやあ、僕なんか全然ですよ。いてもいなくてもよかったというか」

「なーに、やさぐれてんのよ」

 朋夏が後ろから、冷たい声をかけた。

「だって、みんな専門分野でがんばっているのに、僕には手伝いしかできなかったからさ」

「ソラくんを責めるのは、かわいそうだよー」

 会長が珍しくフォローしてくれた。ありがとうございます。

「得意な分野がないんだから、しかたないねー」

 会長に一瞬でも感謝した僕が、馬鹿でした。

「それなら、あたしも似たようなもんかな。やっぱり操縦って、簡単なようで難しいねー」

 朋夏がため息をついた。

「花見がセンスがよさそうだって、ほめてたけど」

「あたしのこと? そうかなー、体力やバランス感覚だけじゃ、やっぱ難しいって感じるんだよね。ほら、パイロットの素質っていうか。なんだろうね?」

 そう言われると、よくわからない。

「冷静さは必要でしょうね」

 この中で最も冷静な名香野先輩が指摘した。

「あ、そういうの苦手かも。焦ると人並みにパニックしますし」

「いやいや、朋夏は頭は人並みだけど、筋肉が冷静だからさ」

「どういう意味かなー? どういう意味かなー?」

 にっこり笑った朋夏の突っ込みに、会長が代わりに答えてくれた。

「体が勝手に動いてくれるってことだよねー。体が勝手に動いてくれるってことだよねー」

 なぜ二回繰り返す、会長。

「うーん、慣れた動作なら、そういうこともありますけどねー」

 朋夏の顔が渋くなる。パイロットで焦る時といえば、緊急事態だろう。そういう場面に、そうそう出くわすわけでもない。

「本大会までには、そういう訓練も必要なんでしょうね……大変そうです」

 湖景ちゃんが、尊敬と同情心の混ざった眼差しで、朋夏を見つめた。

「ともあれ、飛行機はヒナちゃんと湖景ちゃん姉妹の活躍で完成。トモちゃんも素質十分、ソラくんは便利な手駒だねー」

 ……今度は、手駒ですか。

「安心してソラくん。捨て駒じゃないから」

 ……ありがたくて涙が出ます、と感謝すべき場面なのだろうか、これは。

「教官も機体や訓練を見てくれているし、書類や手続き関係も順調」

 そう言えば会長は一体、何か仕事をしたのだろうか。

「そうね、古賀さんも初めての大会で大変な事務作業や、大会本部との交渉、作業の目配りとか、色々してくれたものね」

 ……あれ? 名香野先輩の会長の得点が、妙に高いぞ。

「そうですよ。平山先輩が宮前先輩の持久走につきあっていた間、会長さんが私がつまった部分をきちんと教えてくれたから、後で作業がはかどるようになったんです」

 ……そんなことは、露ぞ知りませんでしたが?

「そうそう、あたしの飛行訓練の時にも、体の使い方とか教えてくれて。あれで随分、楽になったんだよねー」

 ……ひょっとして、飛行機をお気楽に眺めていたんじゃ、なかったとか?

「湖景と二人で主翼の作業をした時は、古賀さんが指摘してくれなかったら、危うく穴あけを間違うところだったわ」

 あれ? あれれれ??

「ソラくん、なんか意外そうな顔だねー。ソラくんにジュースをおごったのは、間違いだったかなー」

 会長がぺろっと舌を出す。ひょっとして僕の見ていないところで大活躍なんですか、会長?

「……まあ、これで裏でサボられていたら、僕はストレスでハゲていましたよ」

「ああ、それ、すごく興味あるかもー。明日から実行しなきゃねー」

 マジで勘弁してください。

 その日、気象庁が梅雨明けを宣言をした。今年は、暑い夏になりそうだ。