二次創作小説「水平線の、その先へ」

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13章 重ねた努力に 裏切られ(6)

 その晩は、二組に分かれて作業をした。僕と会長、名香野先輩は飛行機の軽量化と組み立て。朋夏たちは、機体外のシミュレーターを使った飛行訓練を行った。朋夏は機体から降りたシミュレーションの方が成績がいいようだが、それでも成功は五割に届かないらしい。

 格納庫の作業を切り上げたのは、午後十一時を過ぎていた。しかし部屋に戻ろうとして、朋夏が食堂の麦茶パックがほとんど切れていることに気づき、僕は夜のコンビニ散歩につきあわされた。

「なんか、こうやって夜一緒に歩くのって、久しぶりだね」

「そうだな」

 ぬるい潮風が、コンビニ帰りの二人の間を吹き抜けていく。Tシャツ一枚なのは変わらないとはいえ、日中の気温の高さに比べると、きょうは少し暑さが緩むという程度でしかない。

 子供のころには、意外に祭りの縁日とか親同士の宴会とかの後で、朋夏と夜に出歩く機会も多かった。こんな遅い時間ではなかったけれど。中学生になってからは、お互いに自分のことに忙しくなって、互いに一番の幼馴染みではあっても、遊んだりするつきあいは、あまりなかったと思う。

「最近の空太ってさ……変わったよね」

 朋夏が国道の脇から星を見上げながら言った。

「そうか?」

「なんか、前向きでさ。合宿も率先して動いているし、飛行機作りもそうだったし」

 飛行機作りを始める前の自分とは、確かに何かが変わった気がする。

「朋夏に、引っ張られたんじゃないかな」

「え? あたし?」

 朋夏は意外そうな顔をした。

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「会長や名香野先輩も支えてくれたけど。お前、飛行機が本当に完成するかどうかわからないのに、パイロットの訓練がんばってただろ? 一人でよくがんばるよなって、思っていたんだ」

「なんだ、そんなこと」

 朋夏が涼やかな笑顔を見せた。

「あたしは、空太がみんなを引っ張ってきたって、気がするんだけどな」

「僕が?」

 今度は、こっちが意表を突かれた。僕は、宇宙科学会の力仕事担当。これといった特技もない。

「だからだよ。いろんなところに目を配りながら、節目節目でアドバイスをくれる。女の子ばかりの学会で、文句ひとつも言わずにがんばってくれた。だから、あたしたちみんなが、がんばれたと思うんだ」

 会長にはたくさん文句を言いたかったんですが……という台詞を言う場面じゃないよな、ここは。

「少なくともあたしは……空太がいなければ、ここまでがんばらなかったと思う」

「そうなのか? 体操だって、僕なしでもがんばってきたじゃないか」

 朋夏が海のほうを向いたので、表情は見えなかった。海面に月光が照り返して、きらきらと輝いていた。

「それで、シミュレーターの手ごたえはどうなんだ?」

 会話が途切れたので、現実に話を戻すことにした。海沿いの国道を離れて、坂道をゆっくりと上がる。

「いやー、まいったねー。コックピットでやると、なぜか墜落しちゃうか、機首を早く上げすぎちゃうかでさー」

 実際には墜落が七割、早すぎが二割、成功が一割と言う打率だ。

「もちろん早めに上げればいいってのはわかるけど、それじゃ勝負にならないんだ……それだけは、わかるよ」

 朋夏は、安全飛行から徐々に危険に挑戦するやり方では、本番で勝負を賭ける飛行は不可能と考えていた。訓練の目的が何か、何をマスターすべきかを朋夏は理解している。勝負を重ねてきた人間の勘所なのだろう。

「僕もみんなも、朋夏には期待している。だから無理を承知で、がんばってもらっている。いつも負担ばかりかけて、済まないな」

「元気をもらっているのは、あたしだよ。あたしは一人じゃない。空太や会長、名香野先輩や湖景ちゃんや花見君ががんばっているから、あたしは空を飛べるんだ」

 空を飛べる。なんて素敵な言葉なんだろう。

「そして難しければ難しいほど……あたしは燃えるんだ」

 朋夏の視線の先に、赤く輝く星があった。あれは火星だろうか。赫々と燃える朋夏の心を、映すような光だった。

「つきあってくれてありがと、空太。あたし、麦茶作っておくから。お休み」

 研修センターの前で、朋夏が手を振ってくれた。寝る前にと、グラウンドの前で一伸びをして……格納庫の窓から明かりが漏れていることに気づいた。

 格納庫を覗くと、小さな明かりに人影が揺れていた。湖景ちゃん用の作業机で、小さな頭がゆっくりと、舟を漕いでいた。

「湖景……ちゃん?」

 近寄って声をかけると、急に小さな頭が上がり、そして振り向いた。

「すみません……私、寝てましたか?」

「うん、そこによだれが?」

「ええっ!」

 あわててゴシゴシと、腕で口元をぬぐった。

「ははは、冗談だよ」

「え?……そんな、ひどいですよお、平山先輩」

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 ぷんぷんと音が聞こえてきそうなほど頬を膨らませたが、怒ってもかわいいのも困りものだ。これでは、また同じことをやりたくなってしまう。

「居眠りをしてよだれを流したり、おなかがすいて腹の虫が鳴ったり。そんなこと、普通のことだと思うんだけど」

「だからって、それを男性の前で見せたい女の子なんて、普通いませんよ」

 とある幼馴染みの日ごろの素行は、普通じゃなかったらしい。

「それより寝不足かな? あまり無理しない方がいいと思うけど」

 日付が変わると、合宿も四日目に入る。そろそろ、疲れが出てもおかしくない時期だ。

「ええ……実は私、夜はソフトウェア工学の入門書を読んでまして」

「姉さんは?」

「いつも先に爆睡です」

 くすくすと、湖景ちゃんが笑う。名香野先輩がさっさとベッドに入って、湖景ちゃんが一人で勉強する姿も、想像するとなんだか意外だ。

「私、好きな割に、今までこういうことをちゃんと勉強したことがなかったんです。だから、この機会にきちんと勉強しようかと、思いまして。今は卒業したら、大学の工学部に行きたいと思っているんです。高度な安全性を求められるシステムは、どう設計すべきなのか。誤動作が起きても人に危険が及ばないようにするには、どんな工夫をしないといけないのか」

 夢を語り始めた湖景ちゃんの瞳に、穏やかな色が満ちていた。

「そんな機会をくれた会長さんや宮前先輩、そして平山先輩に、私は本当に感謝しています。十八年間、生きてきてよかったって」

 まるですぐにも死んでしまいそうな台詞に、妙な現実感があった。僕は頭の中の、不吉な妄想を振り払った。

「それはよかった。湖景ちゃんは真面目に勉強しているし、湖景ちゃんはきっとこれから、自分の翼ではばたく時が来ると思うよ」

「ありがとうございます……でも私、要領が悪いから。姉さんみたいに、なんでもテキパキできればいいんですけど」

「ほらそこ。偉い姉さんと、自分を比較しない」

「え?……あ、はい」

 湖景ちゃんが笑顔をこぼした。コンプレックスを切り替える方法を、少しずつ身につけてくれているのなら、うれしい。

「姉さんも抜けてるところ、多いでしょ? ほら、丸め込まれやすいところとか、朝寝坊がひどい点とか」

「そうですね」

 誰かに迷惑をかけなければ、それは個性という言葉で許される範囲のものだ。名香野先輩の重役出勤に怒る気にならないのは、その分先輩が、時間以上の仕事をしているからに他ならない。

「でも、真似しちゃいけないよね?」

「はい、真似ません」

 僕たちはくすくすと笑った。湖景ちゃんも少しずつ、姉離れができつつあるのかもしれない。

「それで、平山先輩の翼は、なんですか?」

「え?」

 急な質問を、僕はすぐに理解できなかった。

「さっき私に、翼ではばたくって言ったじゃないですか。先輩は将来、何かやりたいことがあるのでしょうか」

 僕の翼。そんなものは昔、自分で折った。そう素直に答えるべきなのか。

「……今のところ、すぐに思い浮かばいけど、何か考えてみるよ。それより湖景ちゃん、もう休んだほうがいいよ。作業はまだまだ続くんだから」

「はい」

 灯火に照らされた笑顔は、いつになく白かった。