二次創作小説「水平線の、その先へ」

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15章 折れた翼が 痛んでも(1)

 その日の夜は、なぜかグラウンドで、花火大会となった。

 仕掛けたのはもちろん、会長だ。どういう手際の良さか、花火だけでなく浴衣まで人数分、そろえていた。

 ふだんは作業作業と真面目な花見も、きょうばかりは何も言わなかった。名香野姉妹や朋夏の気分転換を優先すべきと考えたのだろう。

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 朋夏は連発花火を両手に持って、走り回っている。その標的となり、逃げ回っているのが会長だ。だが会長の手にもロケット花火やねずみ花火が握られていて、それが時々、派手な音を立てて朋夏に向かって飛んでいく。

「会長、大事なパイロットを火傷させないでくださいよ」

「大丈夫だよー、ちゃんと計算して外しているからねー」

「会長、覚悟! 両手四連、八連発ー!」

「朋夏、危ねえ! もっと遠くでやれ!」

 あははは、と朋夏が愉快そうに笑う。こんな朋夏の笑顔は、久しぶりだ。パイロット問題で会長とのわだかまりを心配したが、こうしてみると二人とも仲の良い……ただの子供に見える。

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 花見と名香野姉妹は、こじんまりと線香花火の輪を作っていた。湖景ちゃんには、線香花火がよく似合う。三人を見つめる視線に気づいた名香野先輩が、花見に湖景ちゃんの指導を任せて、僕のほうに近づいてきた。

「平山君は花火、やらないの?」

 花火に照らされた先輩のうなじが白く輝き、不意に女らしさを感じてしまう。浴衣はまったく、目の毒だ。

「みんなが楽しんでいる姿を見ているだけで、十分に楽しめますから」

「平山君がまるで、みんなのリーダーみたいね」

「雑用しかやってませんが」

 名香野先輩が笑った。その目には、もう涙の跡はない。すっきりした顔をしていた。

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「その……湖景ちゃんとは?」

「謝った。ひどいこと言っちゃったけど、平山君の話を聞いて、私を許してくれたみたい。平山君には感謝しているわ。母さんと湖景を説得してくれて」

 大会が終わったら、お母さんには改めて会いに行く、と先輩は言った。

「それにしても、昨日からの古賀さんの行動力はさすがだわ……正直、私はあの人にはかなわないと思う」

 名香野先輩も相当に万能な才能の持ち主なのだが。上村あたりは、明らかに会長より先輩を、高く評価している。だが当の本人は、モーツァルトの才能を知ったサリエリの心境もかくや、という顔をしていた。

「勉強は常に首席、運動も抜群、美人でお嬢様。あの奇行さえなければ、女子にファンクラブができてもおかしくないわね」

 確かにあの調子では、物好きな男子が美形に惹かれることはあっても、女子のファンクラブは百年待っても結成されそうにない。

「私はクラスは一緒になったことはないけれど、古賀さんと同級生だった人の話を聞いていると、彼女の外側ばかりを見ていたような気がする」

「たぶん、本人はそれでも気にしてないと思いますよ」

 そうでなければ、自分の評判を貶めるような行動はとれないだろう。

「平山君、彼女の奇行は、計算だと思う?」

 この問いには、考える時間はいらない。

「いいえ。あんな奔放な行動は、計算でできるものではありません。計算しようと思うくらいの常識があったら、もっと穏便な行動で済ませますよ」

 常識、という部分に名香野先輩は笑った。

「でも彼女の同級生はね、みんなあれは彼女の計算だって言っていた。私も以前は、そう思っていたわ。文武容姿に家柄、すべてを備えた人間が、周囲からやっかまれるのは当然よ。そういう人間が、自分は優等生じゃありません、普通の人間ですってアピールするためにやってたって」

 深夜の高校グラウンドにミステリーサークルを描かなければ普通の人間と思われなかったとしたら、それは確かに大変なことだろう。

「会長は確かに、計算した行動がとれる人です。ただそれ以上に、会長は周りの人の気持ちに、よく気づく人です。本当に好かれたいなら、そんなアピールは逆効果なことくらい、わかっているはずです」

 これが、僕が会長の奇行が計算じゃないと思う根拠なのだ。

「……平山君って、古賀さんのことを素直に信じているのね」

「違う、と思いますか?」

「好かれるため、以外の計算なら、あってもおかしくないんじゃないかな」

 会長が朋夏の連発花火を浴びて、悲鳴とも笑いともつかない声を上げた。

「わざと友達に嫌われる、とか?」

「それも少し、違うかな……」

 先輩によると、会長は入学した時はむしろ静かで目立たず、どこか人を寄せつけない雰囲気があったらしい。最初に会長の名が轟いたのは一年春の中間テストで、全教科でほぼ満点というぶっちぎりの成績で学年一位になった。夏休みが終わり、中央執行委員会に宇宙科学会の復活申請を出した頃から、廊下に意味不明の貼り紙を残したりするなど、徐々に片鱗を見せ始めたという。

 冬休みが明けた最初の日、雪のグラウンドに大量の雪だるまが迷路のように置かれる事件が起きて、登校してきた全学園生徒が度肝を抜かれた。その首謀者として奇行が話題になっていた会長の名前が上がり、一気に有名になった。

 さんざん男をふったあげくイケ面で有名だった三年男子に告白してふられたせいだとか、金持ちの実家に勘当されたからだとか、いろいろ噂が立ったが、会長本人は否定も肯定もせず、まるで意に介さなかった。

「でも古賀さんって、何だかんだいって友達思いじゃない。一年の体育祭の時、競技中にけがをした同級生がいたんだけど、特に親しいわけでもないのに真っ先に駆け寄って、応急処置をして病院に連れていくまでしたのよ。保健の先生が、手際の良さに驚いていたわ。単純に嫌われたいなら、全校生徒の前で、あんな目立つ活躍はしないわね」

 それも実に会長らしいエピソードだ、と僕は思う。

「でね、この合宿で気づいたのよ。彼女、思ったより寂しがりよ。なんか、他人との関係を求めているって気がする」

 寂しがり。なんだか、会長のイメージとは少し遠い気がするが。

「先輩をよくからかうのも、その線ですか?」

「そうね。私がわかっていても、ついムキになっちゃうからかも、ね。湖景にはそんなこと、しないでしょ?」

 会長は冗談の過ぎた人だが、ギリギリのところで一線を守っていると言えなくもない。ただ率直には、同意しかねる部分もある。

「でも会長は何ごとも独立独歩で歩ける人、なんじゃないかなあ」

「彼女が一人暮らしをしているって、平山君は知ってた?」

 僕は首を振った。会長の口から、会長の家族の話が出たことはない。

 同じ学会と言っても、連絡網や住所録があるような真面目な学会でもないし、どこに家があるのかも聞いていない。部室に入り浸っていた頃にも、僕や朋夏とは、いつも校庭を出たところで別れていた。

 ファミレスとかで三人で夜食を取ることもあったが、いつも入り口を出たところで別れてしまう。学校外でのやりとりは、携帯メールがすべて。会長はいつも風のように現れ、風のように消えていく人だった。

「少し意外ですね。というのも、一人で料理や洗濯をしている姿が、想像できないんですが」

 合宿では料理や洗濯の手伝いはしているので、どうやら人並みにできることはわかってきた。ただそれもみんなと一緒に楽しそうにやっていて、時折邪魔をしたりしている。一人で黙々と、という生活観のある光景が、浮かばない人なのだ。

「平山君って、古賀さんのことをよく知っているようで、わかっていない部分もあるみたいね」

「ええ……でも会長の行動が全部理解できたら、何か人間として見てはいけない世界に踏み込むような気もしますので、自重しています」

「あははは」

 名香野先輩が、楽しそうに笑う。

「そう言えば僕も、この合宿で意外な一面を見られた人がいますよ」

「誰?」

「名香野先輩です」

 先輩の顔が、わかりやすくぱっと赤くなった。

「なんか恥ずかしいな……何がわかったのか、って聞いてもいいのかしら」

「ええ。先輩が朝に弱いおマヌケさんだってこと」

 数瞬、呼吸を置いて、平手が飛んできた。

「馬鹿っ。そんなこと、言わなくてもいいのよ!」

「はははっ、でもいいじゃないですか。事実なんだから」

 僕は、名香野先輩が背中をたたこうとした手を、するりとかわした。