二次創作小説「水平線の、その先へ」

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2章 はばたく鳥に 憧れて(6)

 正直言うと、あのトラックに乗っていたのはせめて完成した飛行機であって欲しい、と思っていた。もちろんコンテナに飛行機など入らないが、折りたたんだ翼を広げれば人が乗れるようなタイプの機体だ。しかしここにあるのは、断じて飛行機ではない。ただの木箱の群れだ。ここから飛行機を作るところから、始めるというのか。

「でも、こういうのは、その……高いんじゃないですか?」

 湖景ちゃんの疑問も、もっともだ。ウルトラライトプレーンといったって、歴とした飛行機だ。飛行機の値段など考えたことはないが、サーフィンやスキー板だって、高いのは十万円単位だ。これが飛行機一機なら、いくらキットといっても、百万円は下回らない気がする。

「そうでもないよー。どうせ使うあてもなかったし」

 使うあてがないのに、なぜ持ってるんですか……という疑問はもう、飲み込むことにした。しかし、これだけは言わねばならない。

「それで……誰が組み立てるんですか?」

「ソラくんだよ、もちろん」

 期待はしていなかったが、予想した通りの答えだ。

「そして僕はもちろん、飛行機を組み立てたことがありません」

「大丈夫だよー。だってLMGは、世界初なんだよ? 世界で誰も組み立てたことがありません。人類の技術は、誰かが一歩を踏み出すことによって進歩してきました。ソラくんは航空業界の歴史に残る、まさに偉大な一歩を踏み出すのでーす。OK?」

「全然OKじゃありません。その偉大で歴史的な栄誉を担うことは御免蒙りたいという、本人の意思は尊重されないのでしょうか?」

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「うん!」

 あ、言い切りやがった。

「昨日部活に来なかったのは、この機体の準備が目的だったんですね」

「ソラくん、正解ー。プレゼントは航空機一機だよー」

「いりません」

「えー?」

 会長が相変わらず、僕の反応を面白そうに見つめている。いつもなら、このあたりが手打ちのタイミングだろう。しかし、この話は何としても阻止しなければならない。

「そうだ、朋夏! お前の意見はどうなんだ!」

「……ふえ?」

 なぜか朋夏はびっくりした様子で、心ここにあらずという表情をした。昨晩の睡眠不足が出たのだろうか。

「今朝まで苦労して、流星雨の観測メモとプレゼン資料をまとめただろう? グライダーを作って飛ばすなんて……ほら、異論ありまくりだろ?」

「……いろん?」

 浮ついた声。にっこりした笑顔。まずい、すごく嫌な予感がしてきた。

「朋夏、ひょっとしてお前……」

「うちゅうかがくかいの……あたしの……ヒコーキ……」

 正円になった目が、木箱の山に釘付けになっている。おかしい、何かがおかしい。なぜだ?

「すごい……すごいよ、空太っ!」

 もう、目の色が違う。最高のオモチャを見つけた時の、子供の目だ。

「待て朋夏、何があったか知らないが、冷静に考えろ。キットったって、プラモデルじゃないんだぞ。お前が空を飛ぶんだぞ! しかも俺が作らされるんだぞ。自分の命が惜しくないのか?」

「大丈夫だよ」

 妙に透き通った声だった。

「だって、空太のソラは大空の空だもん! ステキ……私のヒコーキ……」

 朋夏は翼と思しき部品に手を伸ばすと、うっとりした視線を送りながら、なで始めた。

 すっかり忘れていたが、朋夏は根っからの体育会系だ。宇宙科学会の無気力な活動に、内心物足りなさを感じていたとしても、おかしくない。

 すべては会長の策略だろうが、目の前にご馳走の入った皿を出されたら心変わりしかねないことも、計算に入れるべきだった。

「朋夏、まずはお前の力作のレポートをさ……」

「あ、会長! 朝メールで送ったレポートですが、ナイナイでいいでーす」

「うん。じゃ、湖景ちゃんのメールと一緒に削除しとくねー」

 これで二対二になった。同数とはいえ、向こうには会長、こっちは引っ込み思案の湖景ちゃんだ。形勢不利は、隠しようもない。

 本音を言うと、予想していたとはいえ、飛行機のキットが目の前に現れた時には、まさしく度肝を抜かれた。

 これを飛ばせることができれば、確かに素晴らしいだろう。しかし、あくまで飛べばの話だ。本当に実現できるのか、よくよく検討する必要がある。

 最も根源的な問題は、提案者である会長が、まったくあてにならないことだ。

 この人は能力も発想も、基本スペックは間違いなく高い。そもそも飛行機のキットを持っていたとかいう馬鹿げた話の時点で、親が相当の道楽家でなければ、飛行機の基礎知識があると考えるべきだろう。そして会長は確かに、グライダーにも詳しかった。

 だが、一年のつきあいで、僕は嫌というほど知っている。問題は、会長の能力や知識ではない。会長は面倒ごとを持ち込むだけでなく、ほとんど全部の作業を、僕に押し付けてくるのだ。機体を作る部分での援助に甘い期待をしては、絶対にいけない。

 朋夏がパイロットとなれば、機体作りは湖景ちゃんと二人作業となる。湖景ちゃんのミニコン能力は確かに高いが、恐らく飛行機作りは体力勝負だ。となると、この膨大な木箱を組み立てる責任者は、僕となる。すると、万一墜落した時の責任も――。

「ちょっと待て。こういうのは、ほら……そうだ、航空部! うちにも航空部があっただろう? 宇宙科学会のテリトリーじゃないだろう!」

 アイスホッケー部から山岳部まで、学生スポーツをほぼ網羅した感がある学園には、当然のように航空部がある。旧校舎のある内浜市は風光明媚で海に近く、天候も安定しているため、昔からスカイスポーツが盛んだった。

 学園は旧校舎を建てた時、誘致してくれた市の発展に貢献する目的でスカイスポーツを支援し、市から譲渡された土地と特別な予算を使って航空部を立ち上げた、という話だ。現在でもグライダーを数機と、埋立地に滑空場を持っているが、これには学園撤退後にも内浜市に固定資産税を払うことで、過去の恩義に報いる面もあるらしい。

 しかし航空部自体は、決してお飾りではない。昨年、運動部で最も華々しい成果を挙げたのは航空部だった。

 なんでも花見という僕と同学年の部員が、神童とまで呼ばれた卓越した操縦技術の持ち主で、大学航空部も交えた全国大会で、ぶっちぎりで優勝した。

 昨年度の学園最優秀運動部員に選ばれたことで学内でも有名になったが、航空専門雑誌の表紙の写真になるなど、その筋でも相当の有名人という。ただここまで成績を上げられるのは、恐らく花見という生徒の力だけでなく、支える航空部技術スタッフの優秀さの表れでもあるはずだ。

「思い出してくれ、うちは宇宙科学会じゃないか! もっとこう……文字通り宇宙的な活動をすべきじゃないのか? それを思いつきで空を飛ぶなんて、大けがのもとだ。絶対に、やめた方がいいって! そうだ、それに今、うちの部員は何人なんだ? 本当にこれを組み立てて、安全に飛ばすだけの技術と人員があるのか? そういうことは、専門のスタッフをそろえる航空部に任せればいいじゃないか。いや、挑戦することも悪くないが、せめて会員が今の五倍くらいに増えてから考えることじゃないか。ね、会長?」

「……え? なーに、ソラくん? ごめーん。聞いてなかった」

 スルーしやがった。わざと聞いてませんでしたね、会長。

「朋夏だって、僕たちだけでこれが飛ばせるなんて、考えてないよな?」

「ゴメン。難しいとはわかるけど、飛ばせたらいいなって、思っている」

 ああ、体育会。ロジックより高ぶる情感に、身を委ねてしまうのか。

「湖景ちゃんは、どう? 無理だよね?」

「え?……あの、無茶だと思いますが……よく、わかりません」

「できないと思うからできない。できると思わないから始まらない」

 会長が何かの歌詞を口ずさむかのように呟き、ぱんぱんと手をたたいた。

「はーい、じゃあいったん解散」

「あの、話はまだ……」

「私は準備作業しているから、あとは自由にね。ソラくん、きれいな海と空でも見ながら、じっくり考えてみるといいよー」

 会長は、悠然と、のたまった。