二次創作小説「水平線の、その先へ」

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9章 想いは一つの 羽となり(9)

 愁眉を開く、とはまさにこのことだろう。いや、瞬間的に愁眉を開けたのは会長と教官、湖景ちゃんの三人だ。僕と、言いだしっぺの朋夏は、話が理解できていない。

「いける……姉さん、それいけますよ!」

「なるほど、ワイヤの代わりに光ファイバーを使うんだねー。それなら電磁干渉は受けないし、ワイヤよりずっと軽いよー」

「つまり……ノイズの影響も受けなくて、軽量化ができるってことですか?」

 会長と湖景ちゃんが、僕にうなずく。

「フライ・バイ・ライト……可能なのか?」

 驚いているのは、教官も同じだ。湖景ちゃんが、断言する。

「光ケーブルをつなぐコネクタを通信ユニットに直付けすれば、すぐに使えるようになると思います。さっき通信ユニットの受信装置を調べましたが、ああ見えて普通の規格ですから、汎用性はあるはずです」

「プログラムは?」

「電気信号を光に変えるだけですから、変換器があればプログラム調整の必要はありません」

 朋夏が呆然としている。

「あの……それで、いいってこと?」

「うんうん。トモちゃん、きょうは逆転ホームラン二本だよー!」

 会長が朋夏の首筋に、抱きついて頬を摺り寄せた。怪しい光景だったが、朋夏は何が起きたのか理解できず、「あわわわ」と言っただけだった。

 その騒ぎに冷水を浴びせたのは、暗い表情のままの名香野先輩だった。

「やっぱりムリ、よ……時間切れ」

 時計を見ると午後六時四十五分。格納庫の使用許可は午後七時までで、それ以降は照明も切れる。アイデアも出て、方針も決まった。しかし残された時間は十五分。今度こそ如何ともし難い。

「私が決断を引き伸ばしたのが、いけなかったのね……」

 しゅんとする名香野先輩の肩を、会長がたたいた。

「はいはい、みんな注目~。ここで私から朗報~」

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 みんなの視線が会長に集まった。

「時間の点なら心配ないよー。ソラくんは、私がここ数日何をして不在だったのか、気づかなかったのかなー?」

 会長が鞄から取り出したのは、宇宙科学会の合宿申請書だった。きょうから一泊二日、旧校舎の研修センターで合宿を行う、とある。

「あ……いつのまに?」

 僕以上に目を白黒させたのは、名香野先輩だ。

「古賀さん、夏休み中の学会の合宿活動は、中央執行委員会経由で七月初旬に提出しないと間に合わないはずです……どうやって?」

 会長がわざとらしく、えっへんと咳払いをした。

「顧問の先生と教頭先生とミノくんの所に押しかけて、ハンをもらってきたんだよー。委員会経由だと時間ばっかりかかるからねー。教頭先生、ちょうど田舎に帰ってたから大変だったんだよ?」

 会長は「もらった」と主張しているが、実態は「強奪」ではなかろうか。

「そんな裏技があったなら、なぜ最初から言ってくれなかったんですか?」

「だって、言ったら華麗な逆転技にならないじゃない?」

 きょう一度も焦った様子を見せなかった会長の笑顔を見て、ようやく読めた。

 会長の狙いは、僕たちを驚かせたかったわけではない。タイムリミットを利用して、僕や名香野先輩を追い詰めることにあった。時間があるとわかったら、先輩も情報の共有化に容易に同意しなかったかもしれない。教官は時間延長を知っていたから、機体を力学系に戻す命令をしなかった。

「でも会長さん……照明はどうするんですか? 七時で切れるのは変わらないのでしょう?」

「懐中電灯を人数分買って、やるしかないんじゃない?」

「懐中電灯だけで……細かい作業ができるでしょうか」

「そこは俺が何とかしよう」

 前に進み出たのは、教官だ。

「明日の朝、飛行機を運ぶ予定のトラックがある。そのヘッドライトを使うというアイデアは、どうだ?」

「……さすが、教官!」

 朋夏が思わず手をたたいた。

「エンジンをかけ続けるのは環境的に賛成できないけど。一晩だし、近くに民家もないから……やるしかないわね」

 ついに名香野先輩も腹をくくった。しかし、まだ大きな問題がある。

「でも会長、今から光通信の部品をどうやって手に入れるんですか? この時間だと、もう開いている電器専門店がありません」

 東葛市で一番でかい電器店でも、午後七時で閉店だ。それに今から強引に駆け込んでも、規格に合う光通信の材料があるとは限らない……

「手段はあるよ、ソラくん」

 会長が、こともなげに言った。

「内浜や東葛にはないけど。東京の電気街ならまだ間に合うよー」

「と……東京? これから?」

「車で高速飛ばして二時間だねー。今から教官の車で行って九時過ぎ。一時間で部品を調達して、戻るのは午前零時過ぎってとこかな」

「そ、それなら私も同行します! 部品を選びますので」

 手を上げたのは湖景ちゃんだ。

「コカゲちゃん、門限は大丈夫なの?」

「姉さんが一緒って、お母さんに言いますから。ここのところ体調もいいですし、今日一日だけ、許してもらいます!」

「わかった。でも東京には私と教官で行く」

 一瞬、湖景ちゃんの顔が曇った。

「コカゲちゃんには別に仕事があるの。まず必要な部品と購入できる店をネットで探して、私の携帯で知らせて。それが終わったら金属索を外した場合の重量バランスを計算して、エンジンとバッテリーの位置を再計算して設計図を引き直してください」

「わ、わかりました!」

 小さな顔に、また生色が戻る。

「湖景、計算なら私も手伝うわ。時間がかかるでしょう」

「いえ姉さん、金属索を外すことも考慮していたので基本設計はできています。後は部品の位置と重量を計算し直して、設計図を引けばいいだけです」

「さすがだね、コカゲちゃん。でもヒナちゃん、計算ミスは絶対に許されないから、しっかり検算してコカゲちゃんをサポートしてあげて」

「了解」

 元気を取り戻した名香野先輩が、親指を上に立てる。会長はてきぱきと、指示を進めていった。

「平山君と三人で、ファミレスで待機してください。夕飯を食べながら知的作業をして、同時に体を休めて。九時過ぎに東京に着くと思うけど、規格とか機体に合わせて確認しなきゃいけない点もあると思うから、その頃には格納庫にいてねー。設計図が終わったら、みんなで徹夜だよー。OK?」

 僕と名香野先輩が、大きくうなずいた。

「あの……あたしは、どうすれば?」

 手を上げた朋夏に答えたのは、教官だ。

「宮前、お前は今日、十分すぎる仕事をした。帰って、ゆっくり休め」

「そんな……あ、あたしも働きます! 一晩くらい徹夜は慣れてますから!」

パイロットにとって一番大事なのは体調管理だ。そして睡眠不足はパイロットに最も重要である判断力を鈍らせる。明日の朝スタッフ全員が疲労でくたばっても、宮前だけは体調万全でなければならん」

 不満そうな朋夏に、教官がゆっくりと諭した。

「仲間を信じろ、宮前。お前が髪を切った努力を無駄にはしない。きっと平山たちが、お前が最高の力を引き出せる白鳥にしてくれるはずだ」

「……わかりました、教官。あたしは空太たちを信じることにします」

 朋夏がうなずくと、会長がぱんぱんと手をたたいた。

「さ、時間がないよー。ソラくん、ヒナちゃん、コカゲちゃん、あとよろしくねー」

「任せて下さい、会長」

「古賀さん、気をつけて」

「会長さん、よろしくお願いします!」

 夕闇の中をスクランブル発進する戦闘機のように、格納庫から駆け出していった会長の後姿を、僕たちは見守った。