二次創作小説「水平線の、その先へ」

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4章 途切れた絆を 縒り直し(4)

 6月13日(月) 北の風 風力1 雨 

 週が明けて月曜日、梅雨前線が延びてきて、学校は雨となった。

 けさ湖景ちゃんからメールが来て、学校を休むと伝えてきた。軽く疲れが出たそうだ。そう言えば土曜日曜と、格納庫で働きづめだった。

 会長からのメールで、僕と朋夏は放課後、部室に呼ばれた。顔を出すと、先に会長と教官が来ていた。最初に口を開いたのは教官だ。

「平山と宮前には悪いが、日程を考えると土曜日と日曜日の作業と訓練は貴重だ。特に宮前、飛行機が完成するまでは市民滑空場で飛行の実地体験をするのは土日しかない。できるだけ空けて欲しい」

「オス、教官! 問題ありません!」

 朋夏は日曜日にライトグライダーに教官と一緒に試乗し、フライトを無難にこなしたらしい。

 グライダーに乗れるのは土日に限られるし、機体作業も平日だけで進めるのは無理がある。授業が終わるのは三時、旧校舎に移動して作業に入るのはどんなに早くても三時半。湖景ちゃんは七時が門限というから、六時三十分には撤収を始める。格納庫の照明も七時には切れるため、実質的な作業は一日三時間が基本だ。

 土曜と休日はその点、時間がかなり自由に使える。高校二年ともなるとアルバイトやら塾やらで忙しい時期だが、僕と朋夏は幸い無縁だし、三年生の会長は生まれながらの天才で、たぶん受験勉強も必要ない。もともと僕は作業スケジュールを土日に集中的に組んでいたし、土日が計算できなければ、そもそも飛行機の完成が覚束ない。

「その分、月曜日は旧校舎に行かなくていいことにしまーす」

 というのが、きょうの会長の提案だった。教官がすぐに補足する。

「宮前、お前のトレーニングにも休息が必要だ。とりあえず月曜日は体を休め、疲れを取ることに専念してくれ」

「オス、教官。そちらも了解であります!」

「ただし、休むのは体だけだ。操縦教本と航空工学の勉強は、集中的にやってくれ。わからないことがあれば、火曜日に俺が答える」

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「げっ」

 つまり頭は休むな、ということだ。朋夏にとっては月曜日が最大の鬼門になるかもしれない。

「コカゲちゃんも機体製作だけじゃなくて、航空機を勉強する時間が必要だね。あとソラくんはスケジュール管理を火曜日から日曜日に設定して、進展状況を見ながら月曜日に組み直すのがいいと思うよー」

 確かにこの土日の作業の結果、金曜日に立てた作業スケジュールは大幅に見直す必要が出てきた。

 実は日曜日の作業で、ここまでの機体組み立て作業はほぼスケジュールどおりに回復している。しかしそれは委員長が半日手伝ってくれたおかげで、委員長抜きのスケジュールは、当初の予定よりかなりペースが遅いと考えざるを得ない。

 こうした予定の変更は、今後も細かい調整が必要だ。会長も部室でできる事務作業を月曜日に集中させるという。どこまで真剣にやってくれるかはわからないが。

「そんなわけで、きょうはコカゲちゃんもいないし、部室での作業とします」

 そこまでで打ち合わせが終わり、教官は仕事があると言って出ていった。ところで教官は、本当は何の仕事をしているのだろう。

 朋夏は仕方なく操縦教本を開き、僕はミニコンで作業スケジュール表の見直しに取りかかった。会長はてっきりサボるのかと思っていたら、滑空場での飛行許可について役所に提出する書類を入力し始めた。

「そういえば一団体で一チームという規定なんですが、航空部が先に登録したとなると書類審査で落とされませんかね?」

 僕は気になっていた点を、会長に聞いてみた。

「その辺はきっと大丈夫だよー。大会実行委員会も、いろんな機体を見たいだろうしねー」

 会長によると、こういう第一回大会は大会自体の全国への周知と社会の耳目を引くためのお祭りの側面もあるので、航空工学的に無理のある「ウケ狙い」のような機体も大会に残る可能性がある。

 なにしろLMGは主催者側にもノウハウがないから、今回の機体のアイデアを今後の汎用機に生かすことも念頭に置くはずだ。そういう意味で、奇抜なデザインでもアイデアとして数多くを収集することに大会自体の意味があるという。

「じゃあさ、あたしたちも思いっきり変な飛行機にしよっか? そうすれば一生懸命作らなくっても済むじゃない?」

「そして飛行機はまっさかさまに墜落、周囲は狙い通りの大爆笑だねー。さてトモちゃんに問題です。一人だけ大けがをするのは誰でしょう?」

「……やっぱ、真面目にやりましょう」

 朋夏は黙って教本に目を落とした。

「しかし会長、目的が新型バッテリーのお披露目なら、あまり飛ばない機体は歓迎されないのでは?」

「その場合はシビアな大会になるかなー」

「うちはどうするんですか? 優勝をめざすとかのレベルではないと思いますが、学内予選に勝つ以上は……」

「もちろん、優勝を狙うよー。そこが第一回大会の面白さなんだよー」

 本気で言ってるんだろうか、と朋夏と顔を見合わせたが、会長は平然としている。僕の底の浅い知識では、航空部や他団体がどういう機体で臨んでくるかは皆目見当がつかない。ただ素人同然の宇宙科学会が組み立てキットで作った機体よりはまし、とは容易に想像できる。

 そこで会話が途切れ、しばらく無言が部室を支配した。僕はふと思いついた以前からの疑問を、会長に聞いてみることにした。

「会長、一ついいですか?」

「なあに?」

「会長は、なぜ僕を宇宙科学会に勧誘したんですか?」

「それはまた、唐突なお話だね」

「あ、それあたしも興味あります! こんな腑抜け男のどこがよかったんですか、会長!」

 教本に一向に集中できないらしい朋夏が、すぐに乗ってきた。

 僕は宇宙科学会に入るまで会長との面識はなかった。初めて会ったのは僕が一年生だった四月二十八日、古い時代にできた祭日の一日前だ。

 部活動への登録が月内という限界の時期で、僕は焦っていた。運動部は最初から構想外。文化部はどこの学会を覗いても活動の優秀さをアピールするが、僕が入りたかったのはむしろのんびりして適当にサボれる活動だった。ただ、そういう学会に限って男女交際やテスト対策を目的にするかのような軽さを漂わせていて、人間関係でなじめそうになかった。

 そんな僕が部活動の紹介パンフレットを片手に大銀杏の下で逡巡していた時、会長が突然、声をかけてきた。

 頭のよさそうな雰囲気はあったが、肝心の活動の説明はあの調子で、さっぱり要領を得なかった。しかし美人の三年生に一本釣りされたこと、部員がまだ他に一人もいないことを説明されて、不覚にも心が半分ときめいた。

 会長が想像以上の変人で、学内の有名人で、とても困った人であることに気づくのには、もう数日を要した。しかし、その数日間に部活動の登録期間は過ぎてしまい、僕はやめるわけにもいかず、ただ大した活動もないことと、会長が僕に命令する雑用がそれほど苦にならないという気性の甘さも手伝って、ずるずると一年以上を過ごしてきた。

「僕はもともと宇宙や飛行機に興味があるわけでもないし、会長みたいに秀でた人間ってわけでもありません」

「そうかなー」

 会長は、また面白そうな笑みをたたえている。

 会長の事務能力の有能さは間違いなく際立っている。飛行機さえできていない状態なのに航空法の本を片手に予定の飛行空域を設定し、申請書を埋めていくのだ。事務処理だけではない。教官を連れてきたり、旧校舎の倉庫を借りきったり、飛行機のキットを手配したりと、手回しの良さも半端ではない。

 しかし有能な人間は有能な人間で集まって何かをしようとするんじゃないのか。僕に会長の仕事を手伝えるのは、雑用や力仕事だけだ。朋夏は運動神経は抜群だが頭は弱いし、湖景ちゃんはソフトに関しては優秀だが、どちらかというとオタク的な才能だ。

「じゃあヒント。いい感じに割り切れるから」

 は? どういう意味だろう。何をやってもいい、やっぱり奴隷みたいな人間ってこと? 朋夏も隣で首をひねっている。

「悪い意味じゃないよ。割り切れるって、貴重だよー」

 会長は突然立ち上がると、ホワイトボードに縦で「平山空太」と書いて、真ん中にずばっ、と縦線を引いた。

「あ…それって」

「少なくとも私の周りには、そういう人はいないよー」

 また、からかわれている。全然答えになっていない。

「ですが、空とか太とか厳密には左右対称じゃないように思いますが? 完全には割り切れないですよ?」

「厳密に左右対称の漢字なんて、あるわけないよー」

 反撃は、一瞬で撃墜された。というより、こちらが会長のペースに合わせると、途端に常識人に戻るのが会長だ。理不尽この上ない。

「でもソラくんは、そこがいいところ。うんうん、私の目に狂いはなかった」

 何やら一人で納得しているが、要するに独特の価値観で人を評価しているのだろう。そう考えると積年の謎を解明する気が失せてしまった。

「積年の謎が解明されたところで、スケジュール確認といこうかー」

 だから、謎はまったく解明されてませんって。

「トモちゃん、訓練スケジュールはどう?」

「あたしは順調です。体のキレを戻すのは時間がかかりますが、柔軟性とバランス感覚には自信があります!」

 さすがは朋夏、運動方面は何をやらせてもソツがない。

「ソラくん、機体の方はどうかな?」

 こちらは素直に意見するしかない。

「正直、厳しいと思いました。湖景ちゃんはよく予習していましたが、機械作業は限界があるみたいです」

「うーん、やっぱり。でもきのうは結構、作業が進んでいたんじゃない?」

「あの、それなんですが……」

 僕は昨日、委員長が午前中に格納庫を訪ねてきて作業を手伝ったことと、その手際のよさを会長と朋夏に話した。

「ふーん。あの委員長さんが。意外だねー」

 朋夏が、正直な感想を漏らした。

「ヒナちゃんはよくできる子だけど、そんな方面に強かったなんてねー」

「だけど、湖景ちゃんに何か用があるみたいだったんですけど。結局、何も言わないで帰ってしまいました」

「ヒナちゃんにはヒナちゃんの事情があるんだよ。でも、意外に脈があるかもしれないね」

 会長は、それ以上は何も言わなかった。