二次創作小説「水平線の、その先へ」

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12章 機体に夢を 膨らませ(1)

 7月27日(水) 南の風 風力1 快晴

 手には大きな荷物を、胸には希望をいっぱい抱え、僕たち6人は内浜駅に降り立った。これから大会出場に向けた合宿が始まる。

 ところが僕は、爽やかな夏空の下を軽やかに歩む宇宙科学会員の浮き足とは対照的に、一人暑苦しい様相であえいでいた。合宿用に用意された大量の荷物を、合宿所に運び込む大役を会長より仰せつかり、旧校舎へと続くだらだら坂を、目に汗を入れながら登っているからだ。

「重い……苦しい……暑い」

「当然だよー。夏だからねー」

 会長、それは最後の言葉の説明にしかなっていません。なぜ僕一人がこんなに苦労しているのでしょうか?

 湖景ちゃんがリラックスした表情で、僕の隣を歩いている。きのうは少し落ち込んでいたが、きょうは機嫌がよさそうだ。

「うふふっ」

 湖景ちゃんが珍しく、一人でにやにやしている。

「どうしたの、湖景ちゃん? うれしそうだけど」

「はい。ワクワクしてきました。これから合宿が始まるんだなーって」

 この笑顔を見ていると、湖景ちゃんが合宿に参加できてよかったと思う。

 やっとの思いで旧校舎にたどりつき、荷物を研修センターに運び込むと、まずは全員で寝室の掃除をした。半年以上使われていなかったらしく、部屋にはうっすらホコリがたまっている。

 一階の各部屋の窓を全開して空気を入れ替え、ホウキでホコリをかき出した。ふとんはいったん屋上に運び、物干しに干すことにした。もちろん、運んだのはすべて僕だ。

 掃除が終わると、なぜか研修センターに到着後から姿が見えなかった会長が、教官と一緒に現れた。これはサボリという奴ではないだろうか。

「ソラくん。そこは肉体労働と精神活動を分けた適材適所、と言ってよー」

 まあ文句を言ったところで時間は戻らないし、よしんば時間が戻ったとしても、会長が手伝ってくれるとは期待しない。

「じゃあ考えた部屋割りを発表します。まずソラくんはトモちゃんと同室でーす」

 掃除の間、精神活動をフル回転して決めた部屋割りがこれかよ。

「うす! 宮前朋夏、了解しました!」

「いや、ちょっと待て」

 僕が手を上げた。

「どうかしたの、ソラくん」

「どうもしていないと言えばどうもしていないが、微妙にどうかしていると言えるのではなかろうか」

「あ、空太。あたしが夜中にトイレにつきあわないのを、ひがんでるの?」

「違う。こいつは寝相が悪いから、同室は死んでもイヤだと言っているのだ」

「ちょっと空太、ウソつかない!」

「ウソはお前も同じだ!」

「古賀会長。少しいいですか?」

 そこで手を上げたのは花見だ。

「本当に、それでいいんでしょうか?」

 至極まっとうな質問だ。そして会長は、めちゃめちゃうれしそうな顔をした。

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「宇宙科学会では、本人同士の合意がちゃんとできていれば、何かとOKだったりするんだよー」

「平山君と宮前君に、合意……」

 花見は絶句しているが、これは会長による新入会員の通過儀礼のようなものだ。

「はいはい、漫才はそこまで。私が部屋割りを決めます」

 名香野先輩がぱんぱんと手をたたく。会長が花見いじめに悪乗りしているのを、見かねたらしい。

「平山君と花見君は101号室。私と湖景は103、宮前さんと古賀さんは104で、教官は102。何かご意見は?」

「なんだかヒナちゃん、宇宙科学会の会長みたいだねー。でも無難な配置にもさりげなく自分の意向を潜りこませるなんて。元中央執行委員長の肩書は伊達じゃないねー」

 こほん、と名香野先輩がわざとらしく咳をする。

「なお格納庫の夜間照明は、古賀さんが学校側に手配してくれましたので、夜間の作業は可能です。ただし原則、午前零時の消灯時間は守るようにしましょう。消灯時間を過ぎたら、それぞれの部屋を行き来しないこと」

 まるで、修学旅行を引率する先生のようだ。ただ、なぜ最後の台詞であえて僕の方を見るのかは聞きたい。

 すると僕の隣に座ってた会長が、耳打ちしてきた。

「ねーねー、ヒナちゃんはああ言ってるけど、ソラくんとハナくんは夜も好きに行動するといいよー」

「そこっ! 不謹慎かつ不穏当な発言は慎んでください!」

「えー、ヒナちゃんじごくみみー。あんまり規則とかで縛り付けないほうがいいんじゃないかなー?」

「これは規制というより、高校生として最低限の生活ルールではないですか?」

「やるべきとかやらないべきとかは、高校生なんだから自分で決めればいいんだよー」

「古賀さん! そのいい加減な性格、何とかなりませんか?」

 なにやら二人が言い争いを始めてしまった。どうやら自由裁量でチームを動かしたい会長と、一定の規律の下で最大限の作業効率を発揮したい名香野先輩の意見が食い違うらしい。

「まあまあ、大会に出場するという最終目標に到達するのはどちらも一緒なんですし」

 話がヒートアップしそうになったので、とりなしたのは僕だ。

「とりあえず二人とも落ち着いてください。湖景ちゃんが泣きますよ?」

 顔色を変えたのは、妹大好きの名香野先輩だ。湖景ちゃんの顔に不安が浮かんでいるのを見て、いっそうあわてた。

「あ、あのね、別に喧嘩しているわけじゃないのよ。ただこの合宿を成功させるために、話しあっているだけでね……」

「では次の重大な任務を割り振るよー」

 先輩がおろおろする間に会長が提案したのは、食事当番だ。研修センターに調理場はあるが、料理人はいない。つまり期間中は、原則自炊となる。

 朝食はパン、昼食はコンビニの弁当かレトルトの簡単な料理を、作業の合間に各自が自主的に済ませるが、夕飯だけは二人一組で当番を替え、みんなで食べることが決まった。

「初日は誰が作るかなー? 我はと思うものは、挙手するといいよー」

「はいはい! あたしがやります!」

 真っ先に手を上げたのは朋夏だ。

「あたし、合宿とかで慣れているから。大鍋で大量にガーッと作る奴!」

 ガーッと作るあたりが、実に朋夏らしい。

「僕が手伝いましょう」

 その後に手を上げたのは、意外にも花見だった。

「花見君、料理できるの?」

「合宿で自炊とかはするし、特に国際大会の前とかだと日常茶飯事だよ。ただ味は保証しないから、宮前君が協力してくれると助かる」

 国際大会、という言葉に僕らはびびったが、恐らく花見は、早めにみんなと溶け込みたいと思って、自ら名乗り出たのだろう。

「じゃあハナくん、よろしくー」

「次はいよいよ、合宿のスケジュールとメニューね」

 名香野先輩が厳かに宣言した。そう言えば、僕たちは飛行機を作りに来ていたんだ。会長のペースに乗っていると、大事なことから忘れそうになる。

「ヒナちゃん、それは必要最低限だけ決めておけばいいんじゃないかなー」

 またもアバウトな天の声に、先輩の柳眉が上がった。

「作業工程の確認は大事です。そこがいい加減で、どうするんですか?」

「大事なのはわかるけど、ハナくんに聞いてみるといいよー。たぶん、今の段階では決められないから」

  花見はみんなの視線を受けて、答える。

「とりあえず、慎重にチェックをしながら機体の分解を進めます。その後でどんな改造が可能か、僕がまとめて明日までに提示します。作業スケジュールはその内容次第になるんじゃないかな」

「ほーら、決められないでしょ?」

「ほら、決まるじゃない。少なくとも機体班は、明日までの予定は決まりました」

 両者とも引く様子がないので、僕が割って入る。

「決められる分だけでいいじゃないですか。それに二人がもめると……」

「あうあう」

「湖景! あの、そんなんじゃないのよ、安心して……」

 湖景ちゃんをダシに名香野先輩を落ち着かせる作戦が、いつまで通用するだろうか。

 そこで教官の指示が出た。

「機体班は平山と名香野。花見の指示に従って動け。古賀は事務手続きと食糧や機材などの補給、手が空いた時は機体班を手伝うこと」

「はいはい! パイロットのあたしは?」

「俺がメニューを作ってある。原則として朝夕に自主トレをして、日中は飛行訓練とシミュレーション、体力づくり、座学だ。盛りだくさんだぞ」

「ひえー」

 朋夏が悲鳴を上げたのは、最後の座学の部分だろう。

「津屋崎のシミュレーションと実機が完成すれば、今度はそちらでの訓練が主体となる。今のうちに、がっちり体を作っておけ」

「了解」

 これで大きな方針は決まった。その後は各自、着替えてから昼食の時間まで、自主的に作業開始となった。