4章 途切れた絆を 縒り直し(3)
時は瞬く間に過ぎ、時計の針が正午を指した。最初の工程が終り、一息つく。
「平山先輩、名香野先輩、お疲れ様でした。お昼にしましょう」
湖景ちゃんが、いつみても小さなお弁当箱を開いた。毎朝、自分で作ってくるらしい。しかし、こんな弁当箱では胃の半分にも入らない気がする。
「僕はコンビニで弁当を買ってくるよ。名香野先輩は?」
「あ……あたしは、その……」
委員長が、また口ごもった。そして、鞄から二つ分の弁当を出した。
「これ……実は、津屋崎さんと食べようと思って」
なぜ委員長が湖景ちゃんの弁当まで用意してきたのか不思議だったが、湖景ちゃんは、そういう疑問とは無縁のようだった。
「ありがとうございます、名香野先輩! じゃあ、私のお弁当と合わせて、三人で食べませんか?」
「え? あ、津屋崎さんがそう言うなら、私はいいけど……」
湖景ちゃん、ナイスアシスト。
こうして三人でグラウンドの芝生を見つけて、海と空を見ながらお弁当を囲むことになった。ただ僕が普通に食べると二人の分も食べてしまいそうなので、後で弁当を買うことにして、少しだけつまませてもらうことにした。名香野先輩の手作り弁当は、やけに消化のよさそうなものが多かったのが気になったが、薄味でおいしかった。
三人で他愛のない話をした。学校の先生のこと、テストのこと、会長のこと。
学年が全部違うので、共通の話題はあまり多くない。おかげで会長が、ずいぶんネタになった。
委員長は「また聞き」と前置きして、一年生の時に会長が屋上に机を並べた事件とか、校庭にミステリーサークルを描いた事件とか、僕たちの知らない恐ろしい逸話もたくさん話してくれた。委員長は僕たちの話をとても興味深そうに聞き、屈託なく笑っていた。こうしてみると委員会室での委員長に比べて、とても気さくな人だった。
食事が終わると、委員長がズボンの芝を払って立ち上がった。
「さて……私、そろそろ行かないと」
「名香野先輩、最後まで手伝ってくれないんですか?」
湖景ちゃんが、寂しそうな表情をした。
「ごめんなさい、本当はみんなが来る前に消えるつもりだったから。特に、古賀さん」
「そういえば委員長、湖景ちゃんに何か話があったんじゃないですか?」
委員長はすっと視線をそらしたが、すぐに微笑んだ。
「いいのよ。また機会があったら話すから。きょうはとても楽しかったわ、津屋崎さん」
その時、湖景ちゃんが決意を秘めた目で、委員長をきっと見上げた。
「あの、名香野先輩……お願いがあります」
「何かしら? 私にできること?」
「ええ、名香野先輩にしかできないことです」
何だろうか、と僕と委員長は顔を見合わせた。
「あの……差し出がましいお願いとは思いますが……宇宙科学会の飛行機作りを手伝っていただけないでしょうか?」
湖景ちゃんの申し出には、僕もびっくりした。確かに名香野先輩は頭がよくて理解が早いだけでなく、図面にも工具にも慣れている。戦力として加わってくれたら、これほど頼もしいことはない。しかし……
「ええと……その申し出はうれしいんだけど……やっぱりダメ。私には中央執行委員会の仕事があるし、何より航空部と宇宙科学会の予選会を仕切るのが中央執行委員会だから。一方に肩入れするようなことはできないわ」
ごめんなさい、と委員長は頭を下げた。予想通りの対応だが、気が小さい湖景ちゃんにとって、勇気を出したのに断られるのはショックだろう。また落ち込まなければよいが……と思っていたら、湖景ちゃんはあきらめなかった。
「そこを何とか……何とか、なりませんか? 私には、やっぱり機体作りはムリです……少しでもいいから、助けてはくれませんか?」
大きな目に、涙をためんばかりに訴えている。男なら九割は陥落するであろう目だ。しかし相手は中央執行委員長だ。
「う……」
だが委員長は湖景ちゃんの真摯な申し出に、意外にも迷い始めているようだった。こうなったら援護射撃に行くしかない。
「僕からもお願いします、名香野先輩。毎日とは言いません。土日だけでも結構です。アドバイスをくれるだけでも結構ですから」
「平山君まで、そんな……」
委員長の目の奥に、心底逡巡している様子が見て取れた。もう一押しとも思ったが、同時に僕の頭に不意に、この前の「大切な場所」という言葉が浮かんだ。
委員長が冷静になれば、委員長としての仕事を捨てきれないことに、いずれ思い至るだろう。委員長の助力は是が非でも欲しいが、ここは逃げ道を用意してあげたほうがいいと思う。
「委員長、少し時間をさしあげますから考えていただけませんか? 回答は、そう……次の週末あたりで」
「平山先輩、それだとタイムリミットが……」
「湖景ちゃん、僕たちがこの学園で宇宙科学会を大事にするように、委員長にも大切な仕事があるんだ。それはわかってあげないといけない」
湖景ちゃんはそれを聞いて、しぶしぶ引き下がった。委員長が、少しだけほっとした表情を見せた。ただ無条件では引けない。
「委員長、難しいとは思いますが、僕たちにはあなたの力が必要だと思います。ぜひ前向きに検討してみてください」
「わかったわ、平山君。あなたたちの気持ちも大事にして、考えてみる」
委員長が最後にそう言ってくれたことに、僕は満足した。
「平山先輩……名香野先輩は、きっとまた来てくれますよね?」
委員長の後姿を見ながら、湖景ちゃんが呟いた。
「どうだろう。湖景ちゃんは来てくれると思うのかい?」
「はい。だって名香野先輩は、とってもいい人ですから」
湖景ちゃんの勘の根拠はわからないが、誘ってみたのは前進だ。
「じゃあ、作業に戻ろうか。来週、委員長が来た時に怒られないように」
「はい!」
会長と朋夏、教官が戻ってきたのは三時過ぎだった。教官は朋夏にトレーニングを命じた後、格納庫に来て、翼や胴体などの主要部品のチェックをしてくれた。どうやら部品に大きな問題はないらしい。そして組み上がった機体の一部を見て「いい仕事だ」とほめてくれた。