二次創作小説「水平線の、その先へ」

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8章 きらめく星に 見守られ(3)

 7月13日(水) 南西の風 風力1 晴れ

 朋夏と名香野先輩が元気になったのはうれしいが、事態はそれほど好転していない。機体の技術や知識、パイロットの技量などで航空部と僕らには雲泥の差があり、ULPだけで勝てるような甘い世界では決してない。それは琵琶湖の上を飛ぶテレビの飛行コンテストを見ていても、よくわかる。条件がすべてそろった上でせいぜい互角、と言い換えてもいい。

 だから、一刻の猶予もない。花見の言葉には、僕らの機体を見知った上で勝つという自信が漲っていた。僕たちに見せなかった、切り札があるに違いない。そこを出し抜けなければ、仮にトルク調整がうまくいっても航空部には勝てない気がした。

 いつも以上にやる気に満ちた朝だったが、この日はそれどころではない事件が、待ち受けていた。僕がいつもの時間に学校に着くと、朝から何やら異様な雰囲気が、学校を支配していた。

 最初に気づいたのは、誰もが数人の集団になって、周囲をうかがうようにしながら、校内や廊下でひそひそと話をしていることだ。学校全体が何やら浮つき、ざわついているという感じだ。

 そして玄関の正面にある学内掲示板に、黒山の人だかりがあった。だがその時、僕にとっての関心事は、いかに白鳥を調整し、航空部に勝てる機体を完成させるかしかなかった。僕は掲示板の前の廊下を通過することをあきらめ、いつもより遠回りして、二階の教室に向かった。飛行機以外の面倒な学校の話には、関わりたくない。きょうの授業がすべて休講という話なら大歓迎だが、それなら教室にいれば、上村あたりが教えてくれるだろう。

 ところが、事件は僕に関係が大ありだった。朋夏が血相を変えて教室に飛び込んでくるや、僕のところに直進してきた。

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「空太、大変! クーデターだよ!」

「クーデター?」

 平和国家の日本でクーデターって、なんのこっちゃ。

「いいからすぐに来て、こっち! 掲示板を読んで!」

 朋夏は僕の襟首をつかんで、さっき回避したばかりの掲示板の前に、僕をひきずって行った。掲示板には大きな模造紙が張ってあり、ヤジ馬たちがそれを読んで騒いでいた。相変わらずの人だかりにうんざりしたが、朋夏のただならぬ雰囲気に押されて、背伸びして模造紙の文面を読んでみた。

 

       告

 内浜学園高等部中央執行委員会は7月12日、中央執行委員会則第17条に基づく臨時中央執行委員会を開催し、現中央執行委員長の無期限停職に関する緊急動議案について、賛成10、反対9、欠席1(議長1)で可決いたしましたので、これを報告いたします。

 停職中の中央執行委員長職については、残り任期が三か月未満であるため、中央執行委員会則第17条3項に基づき、全学選挙を行わず、当委員会の専決事案として中央執行委員長代理人等の人事案を諮り、賛成10、棄権9、欠席1(議長1)で可決いたしました。なお上記一連の人事案については、中央執行委員長代理人が当該職務にある限り、これを有効といたします。

 次年度の中央執行委員長の選出につきましては、通常通り九月中旬に公示、十月初旬に全学選挙により選出の予定です……

 

 僕は、頭を金づちで殴られたような気がした。これは中央執行委員会の、まさしくクーデターだ。

 名香野先輩に対する委員会内の反発が強いとは聞いていたが、ここまで事態が深刻であるとは、想像もしなかった。そして宇宙科学会にも、その責任の一端がある。これには胸が痛んだ。

 その時、朋夏が軽い悲鳴を上げた。そして僕のひじを強く引っ張った。

「空太、ここ見て、ここ!」

 朋夏が指差しているのは、告示文の一番最後の部分だ。そして、僕も思わず「あっ」と叫んだ。

「7月13日 中央執行委員長代理人 上村実」

 上村が、新委員長代理……つまり、クーデターの首謀者なのか?!