二次創作小説「水平線の、その先へ」

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4章 途切れた絆を 縒り直し(7)

 6月17日(金) 北の風 風力2 にわか雨 

 梅雨らしい、降ったりやんだりのはっきりしない天気が続く。僕らの作業も天気同様、一進一退だ。せっかく作った部品も、教官から「接合が甘い」「遊びが少なすぎる」と、次々と注文が舞い込む。

 それだけ言うなら部品を組み立てる前に言って欲しいものだが、教官は決して事前に説明しようとはしない。そこで湖景ちゃんが本を開く時間が、ますます増えていく。僕は早くも作業スケジュール表を、毎日見直さないといけない羽目に陥っていた。このままの遅れがもう一週間続くようだと、予選会前のテスト飛行は絶望的になる。飛行機作りが最初から自転車操業、とは笑えない冗談だ。

 昼休み、カレーうどんを学食で食べようとしていると、

「前、いいかな?」

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 と、声をかけられた。顔を上げると、航空部長の花見がいた。トレイにはてんぷらの定食に加えて、サラダが山盛りになっていた。小さな体でよく食べるな、と感心しながら見ていると、

「体力作りはハードでね。バランスも大事だけど量もないとダメなんだよ」

 と苦笑いをされた。

「僕はパイロットって、体重を増やせないのかと思っていたよ」

「だから、練習がハードで増えないんだって。軽量でも体だけは若いうちに作っておかないと、大人になった時に後悔するからね」

 高校生で「大人になった時の訓練」と平気で言える奴はすごい。「努力できるのも才能」と言うが、才能を信じるだけでなく、それを追いかける力もある人間は、純粋にうらやましい。

 花見はてんぷらの衣をすべて落として、口に運んでいる。それならてんぷらを選ぶ意味がない気がするが、考えてみるともう一つの定食はハンバーグだし、油を少なく多くの野菜をとろうと思うと、てんぷらの衣を落とすのは、いいアイデアかもしれない。

 運動部は体だけというイメージがあるが、文科系同様、頭も気も遣えなければ大成はできないのだ。僕ならわかっていても、もったいなくてできそうにない。

「飛行機の方は順調かい?」

 そう聞かれて、すっかり腕が止まっていたことに気づいた。あわててうどんを一口すすってから答える。

「正直、素人が飛行機を組むっていうのは、無理がある気がする。なんとか勉強しながら、湖景ちゃんと二人で作業を進めているけど」

 思わず、正直に答えてしまった。

「湖景ちゃん?」

「ああ、一年生の女子。パソコンやソフト方面は強いんだけど、やっぱり力仕事は厳しいなあ」 

「そうか。じゃあ、うちの部からエンジニアを一人よこそうか」

「え?」

 一瞬、素晴らしくありがたい提案に思えた。ただ、航空部とは勝敗がほぼ決した戦いとはいえ、一応ライバル関係にある。花見の性格からすれば純粋な提案かもしれないが、なにせ前例のないLMGの一発勝負だ。スパイをする可能性も、捨てきれない。

「うん……ありがたい申し出だけど、遠慮しておくよ。それで航空部に勝っちゃったら申し訳ないからね」

「君はなかなか面白いことを言うね」

 冗談で受け取ってくれると思ったのだが、言葉が拙かったか。

「うん、そのぐらいの気合で戦ってもらわないと、こっちも張り合いがない。日程が厳しい中で、部員に無理を言って予選会を承諾してもらったんだから。昼に敵の幹部と会談したが、決して油断できる相手ではないからな、と部員には伝えておこう」

 花見は、本気でうれしそうに笑っていた。花見はどうも素人集団の僕たちを過大評価している気がする。しかも、その根拠がわからない。だが、それを口に出すのは失礼と思ってやめておいた。

「花見はいつから飛行機に乗っているんだい?」

 仕方がないので話題を変えた。

「物心がついた時は、親父とライトグライダーに乗っていた。だからライトグライダーは長いな。モグラの操縦は小学校高学年になってからだけど」

「好きなことにずっと打ち込めるって、うらやましいね」

「そうでもないよ。部長にもなると雑用も多くて」

 ふと疑問が頭に浮かんだ。

「そう言えば、花見は二年から部長なんだよな」

 航空部は運動部でも花形だから、三年生が少ないというわけでもないだろう。やはり子供の頃からの派手な実績があったからなのか。

「確かに異例の事態だけど、航空部の大会は高校では少ないし、メインの大会が冬だから、毎年二年生が主役になるという事情もある。僕としては空が好きで、志を同じくする仲間と一緒に満足できる活動がしたいと思って、就任要請に応じた。年齢や学年は関係ないと思うけど日本の学校は年齢階級社会だから、不審に思われるのも無理はないかもしれないね」

 日本の学校なんて言い方をする以上、海外経験があるのだろう。

「みんな空が好きなんだ。だから無理なチャレンジもしている。いろんな意見はあるけど、次の全国大会予選の準備をしながら未知の領域であるLMGの大会に参加するのも、その上で学内予選のハードルを設けたのも、航空部の技術を磨くためなんだ。そういう仲間が集まっているし、僕は信頼している。やりがいがあるよ」

 最後は自分に言い聞かせるような口調だった。

 それでも委員長にとっての中央執行委員会同様、花見が航空部を「大切な場所」と思っていることは、よく理解できた。僕たちはこんな真面目に空に取り組んでいる人に、好奇心だけで戦おうとしている。

 教官はそれを「何が悪い」と言った。まともに活動していない部活動を続ける、そんな理由だけで本当に僕は航空部と戦ってもよいのだろうか。それは勝敗以前の問題ではないか。

 別れ際に花見は「予選会の日程は七月二十三日で決着しそうだ」と教えてくれた。僕が釈然としない思いを抱えたまま教室に戻ると、学園一の情報通を自称する男が難しそうな本に目を落としていた。

「なあ、上村」

「よお親友。悩み事でもあるなら聞いてやろう。コーヒー一杯が条件だ」

 上村が本から目を落とさずに言った。

「残念ながら悩み事ではないが、コーヒーはおごってやろう。花見が航空部長になった理由って、何か知っているか?」

 ようやく上村が本から目を離した。

「なんだ、ライバルクラブの内情が知りたいのか。平山らしくない陰険な謀略なら断るが」

 僕は花見の話で気になった点を、上村にかいつまんで話した。花見は自分の夢に邁進しているが、一方で部内の意見をまとめるのに苦労している節も見えた。二年で部長という微妙な立場が影響しているのではないか。

「ふむ、そういう事情なら話してもいいだろう。去年、航空部で内紛があった話は知っているか?」

「え?」

 上村によると航空部はここ数年、地区大会でも不振が続き、伝統に寄りかかるだけの半ば同好会のような緩い活動になりつつあったという。それが去年、神童と評された花見が入学したことで部の空気が一変した。花見をパイロットにして全国大会を目指すという目標の下に団結、半年間は勉強する間も惜しんでの運動部らしいハードな活動が続いた。

「ところが秋の地区大会で大学勢を破って優勝、全国大会出場が決まった途端、当時の二年生が不平を言い始めた。目標は達成したから元の同好会的な活動に戻したい、というわけさ。そろそろ受験も気になる時期だしね」

 そこで危機感を感じた「競技大会派」の二年生が秋の部長選挙で一年の花見を担ぎ出し、一年生の票を集めて二年の有力候補を破ったという。そして敗れた「同好会派」の多くが部を去った。

「それでも全国大会で優勝したってことは、今の航空部はLMGと次の地区大会に向けて一丸というわけか」

「そこが人心の難しいところだよ、平山。花見は真面目だし責任感もある男だから、部員によかれと思ってあれこれ注文を出すけど、やっぱり厳しい活動には花見を推した部員も含めて賛否両論があるようだな。花見は天才肌だから、自分を支持した部員の複雑な心情がなかなか読み切れないらしい……ま、全国大会をめざす大所帯の部なら珍しくもない問題だがね」

 花見の夢についていこうとする部員も、その歩みが速すぎれば不平を言いたくなるのも無理はない。花見の実直な性格からすれば、退部した現三年生に対する負い目を感じているのかも知れない。

 会長もわが道を歩むという点では、花見以上に破壊的に、周囲を巻き込んで突き進んでいる。そして、楽な活動がしたかった僕の心に、葛藤が起きたのも事実だ。だが会長に巻き込まれる周囲は、なぜか最後は自分から会長に乗り、会長と同じ夢を見るようになる。

 僕の中で、会長と花見は重なりそうで重ならない。花見は何をめざし、何と戦っているのだろう。