二次創作小説「水平線の、その先へ」

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17章 夢をみんなで 追う路は(8)

 上村はギャラリーたちから少し離れ、審査員席の裏手にある駐車場に、僕を連れて行った。真っ青な空と海に巨大な入道雲が立ち並び、夏本番という言葉をそのまま水彩画にしたような光景だった。

「なかなか壮観だ。三十機近い機体が集まるとはな。レベルが高い大会になりそうで楽しみだ」

 飛行機を眺めやった上村は、まるで人ごとのように言った。

 上村は中央執行委員会でクーデターを起こし、宇宙科学会の活動に参画していた名香野先輩を委員長から解任した。あの一件は、今でも感情的に許しがたい。

「お前がそれを言うのか? 学園の中央執行委員長として、お前が仕切るべき作業のはずだろう」

「そういえば、そうだったな」

「こんなところで僕に油を売っていていいのか。それに聞いたぞ、大会ボランティアの話」

「ああ……完璧に無視したからな。ボランティア学会にも迷惑をかけた」

 そう言いながら、上村にはまるで悪びれた様子がない。僕は少しいらいらして、上村に向き直った。

「いい加減にしろ。お前はきょう委員長としてやるべき仕事があるだろう。少しは委員長らしく、当日の作業くらい手伝ったらどうなんだ?」

「委員長じゃない、委員長代理だ。そしてきょうの俺はもう委員長代理ですらない」

 上村がそう言って笑った。

「きのう、やめた」

「……何だって?」

 こいつは、どこまで無責任な男なのか。まずいと思ったが、また拳に力が入った。それを見て、上村が少しあわてた様子で両手を振った。

「おいおい、早とちりするなよ。さすがにもう一回殴られてメガネを壊すのは御免蒙りたい」

「じゃあ、きちんと説明しろ」

「説明か。いいだろう、きょうは最初からそのつもりだった」

 上村は僕に、駐車場の端の石段に腰かけるように促した。

「つまりは滞ってしまった委員会業務と、委員数名による中央執行委員会予算の不正支出。その全責任を取っての退陣というわけだ」

「だから僕はそれが無責任だと言っている。お前は自分から望んで委員長になったのだろう?」

「まだ、わからんのか?」

 上村は少し意外そうな顔をした。

「まあ学園の全生徒を騙したも同じだからな。まっすぐで正義感に溢れる平山が騙され続けるのも無理はない、か……つまりこういうことだ」

 上村がポケットから取り出した紙は、クーデターの告知文だ。

「ここの部分を声に出して読んでみろ」

 ヘンなことを頼む奴だと思ったが、上村の真意を測りかねて指差すままに朗読してみる。

なお上記一連の人事案については、新中央執行委員長代理が当該職務にある限り、これを有効といたします……これが何か?」

「つまり俺がやめれば、この人事案決議は白紙に戻る。名香野先輩は委員長に復帰するという仕掛けだ。よく考えただろう、平山?」

 あっ、と思わず声が上がった。

「クーデターは全部俺が仕切った。委員会内部の反名香野派を結集して、な。そして意気がってクーデターを面白がっていた連中が、委員長がいなければ何もできやしないってことを、自らボロを出して証明するまで待ったというわけだ」

「しかし委員長には再任の禁止規定があるって、湖景ちゃんが言っていたぞ」

「再任ではない。白紙とは、決議そのものがなかったことを指すのだよ」

 上村は青空の中で、くーっと背伸びをしていた。

「ということは……すべては名香野先輩を宇宙科学会の飛行機作りに専従させるためのお芝居だったのか?」

「それは目的のほんの一部だ。本当の目的は委員会に巣食う反名香野派連中の無能さを証明し、まとめて掃除するためだ。奴らはちょうど一年ほど前、つるんで委員会活動に加わった。目の上のこぶだった名香野委員長の引退後に、私欲に任せて今年秋以降の委員会活動を牛耳ろうとしていたのは明白だった」

 上村は、静かに語る。

「委員長は、中央執行委員会に来る者は拒まず、のお人だ。だから厳しくても、表立って奴らを排除することはできない。そのことを知って、連中はますます増長を始めた。委員長一人が雑用までこなすのをいいことに面従腹背、仲間を集めて徒党を組んで、体よく仕事の手を抜き始めた」

 名香野先輩は、幽霊学会だった宇宙科学会を潰せなかった。それが名香野先輩の美徳なのだが、それを悪用しようと考える人間も世の中にはいる。

「すると名香野先輩も承知の上でのクーデターだったのか?」

「いいや。俺は敵も味方も誰にも気づかれないように事を運んだ。奴らに接近し、奴らが飛びつきそうなクーデター計画を持ちかけた。秋まで我慢しなくてもいいと言ったら連中、躍り上がって喜んでいたぜ」

 上村は愉快そうに笑う。

「実は、俺が発覚を一番恐れたのは委員長と平山なんだ」

「どうして僕なんだ? 親友の僕になら話してくれてもよかっただろう」

「こういう計画は、身近な人を騙すのが肝心なんだよ。親友で一本気な平山が俺を責めなければ、裏があると勘ぐる奴が出てくる。平山が俺を殴り絶縁したと学園内で噂になれば、誰も俺の行動を不審に思うまい。だから情報って奴は大事なんだ」

 こいつ、僕が殴ることまで計算していたのか。いつもはおちゃらけな様子で情報論を語る上村が、急にすごい奴に見えてきた。

「そしてもう一人、聡明なる委員長閣下だ。だが俺にとって辛かったのは、この計画が悟られなければ、人を疑わない天然素材の名香野委員長が心底傷つくとわかっていたことだ」

 上村の表情が、急に苦いものになる。

「委員長には、すまなかったと思っている。後で埋め合わせは必ずするつもりだ。ただ委員長を騙し通すことも、計画を完璧に運ぶために必要だった……そして最終的に決断を促したのは平山、お前だよ」

「そこで僕?」

 またびっくりする。

「名香野先輩が全身全霊をかけてきた委員会活動を失っても、宇宙科学会という新しい港ができたことだ。平山なら、心が折れた名香野先輩の支えになれる。それが俺が計画を実行する最後のピースだったんだ」

 なんて奴だ。僕はこいつに利用されたのか……そう思いかけて、違うことに気づく。

 名香野先輩が宇宙科学会を選んだのは、クーデターが起きる前からの名香野先輩の意思だった。そのあと事態がたまたま上村の思う通りに進んだから、上村はクーデターを実行したに過ぎない。

「そして委員長は傷心、平山は激怒。俺はクラスメイトから総スカンだ。すべては計画通りに運んだ……つもり、だったんだけどなあ」

 上村が、頭をかく。

「学園でたった一人だけ。俺の計画を完璧に見破った御仁がいた」

 親友の僕も英才の名香野先輩も裏を読めなかった計画。それを看破できるとしたら……僕が知る限り、あの人しかいない。

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「会長か」

 すべてがわかった。会長がクーデターの時、まったく動じなかった理由が。

「学園の上層部も含めて、完全に騙せたと思ったんだけどなあ。あの日、中庭で会った古賀嬢が俺の前でこのクーデターの紙を取り出して、ニコニコしながらこの文章を指差してひらひらさせるんだぜ? まいったよ、あの時は」

 上村は僕の友人にはもったいないくらい、いい奴だ。

そして会長も。

 だが、このままでいいのだろうか。上村にとって委員会は大切な場所ではないのだろうか。

「少し違うな。大切な人の大切な場所だから。それを守りたかっただけだ」

 上村を見直した。こんなにカッコいい男だったろうか。クールとキザが、本当に似合う奴だった。

 その時、背後から高い靴音が響いてきた。僕と上村が振り返ると、そこには恐ろしい顔をした報道委員会の記者様が立っていた。