11章 眠りが覚めた 栄光の(6)
宇宙科学会では会長、時には名香野先輩が仕切ることがあったが、花見は早くも指導力を発揮しつつある。
「まず、いったん機体を分解します」
「分解?」
僕は思わず、聞き返した。分解して再び組み立てる。それで本当に大会に間に合うのか。
「部品の重量を測り直して、部品の役割や重量をチェックしなければいけません。そうして重量バランスを決めた上でモーターとバッテリーを設置し、システムをフライ・バイ・ライトに置き換える」
設計図の引き直しは自分がやる、と花見は言った。
「平山君、分解と言っても全部ばらばらにするわけじゃない。車輪とか改修が必要ない大型の部品はそのままだよ。解体に一日、それで改修の方針と手順を決める」
教官は後ろで腕組みをしたままで、名香野先輩と湖景ちゃんは黙ったままだ。どうやらここまでの話は一緒に作業をしていた姉妹は承知らしい。
「じゃあハナくん、何か足りないものがあったら、正直に言うといいよー。私ができるだけ調達するからー」
会長がいつもの調子で太っ腹を見せたが、花見の答えは素っ気なかった。
「古賀会長。一番足りないのは恐らく時間です。このままのペースなら飛行できる状態になるまで最低でも一週間。それから宮前君の訓練となると、かなり厳しい状態と言わざるを得ません」
時間ばかりは、さすがに会長自慢の「ネコ型ロボットポケット」からもひねり出すことはできない。うーんと言いながら、会長は形のいいアゴに手を当ててしまった。どこかの名探偵みたいに絵になるポーズだけど、この人の場合は何が飛び出すかわからんから油断はできない。
「今までの機体とは感覚もかなり違うでしょう。機体の完成はもちろん、シミュレーターも並行して整備して、宮前君には特訓してもらうことになるかもしれない。それでも大会に間に合うか微妙な線だと思います」
並の人間なら怖気づきそうなものだか、朋夏の顔はぱっと明るくなった。
「新しい機体に搭乗するため、パイロットは特訓に明け暮れるんだね! いいよねー、特訓!」
特訓と聞いてここまで笑顔が出る奴は、そうはいないだろう。
「お前、本当に大丈夫なのか? 要するに花見は、朋夏がまともに操縦できるようになるのは神頼みに近いと言ってるんだぞ?」
「神様に祈るより死ぬほど特訓!」
「もちろん特訓の内容は考えているんだろうな?」
「……あーうー」
いつもの体育会系はどこへやら、気の抜けた返事だった。そこで会長が、ぽんと手をたたいた。
「じゃあ、合宿でもやってみようかー」
合宿。唐突ではあるが、会長の提案にしてはあまりにも部活動としてまともな案が出てきたものだ、と僕は感心した。しかし、みんなの夏休みの予定とかはどうなっているんだろう。
「まずソラくんは心配ないよねー。なにもやることないし」
「予定でいっぱいです」
「ウソはよくないよー」
まあ、これは唯我独尊の会長の暴走に対する、恒例の儀礼的でささやかな反抗という奴だ。
「いいよね、合宿! 合宿って言ったら特訓だよねー」
朋夏、なぜ特訓にこだわる。
「時間もないし、集中的に作業をこなすにはいいかもしれないわね」
驚いたことに、名香野先輩があっさりと賛成している。先輩の性格を考えれば、夏休みの計画など三か月くらい前から準備していそうなものだ。この飛行機に賭ける、という言葉はウソではなかった。ただ少し寂しそうな顔をしたのは、中央執行委員会の仕事が一切なくなり、時間ができた自分を複雑に思っているのかもしれない。
「で、でも……こういうのはその、中央執行委員会の正式な許可とかが必要なんじゃないですか?」
そんなものを取っていないことは、この前先輩が断言していた。
「もう、もらっているよー。この前の合宿申請書と同じ時に、教頭先生と顧問の先生とミノくんの了解をねー」
「だあああっ!」
忘れていた。こういう時の会長の行動力と先読みの力を。いつも誰にも悟られないように準備を進めているんだよな……僕の驚く様子が見たくて。
そこで名香野先輩が解説をしてくれた。
「運動部が旧校舎を使う時もそうだけど、大会に向けた合宿が理由になれば格納庫や体育館の照明を24時間通電することが可能になるのよ」
「だからソラくんが毎晩徹夜で作業もできるんだよー」
勘弁してください、会長。
「……じゃあ、僕も反対ではないです」
「まーた、そんな言い方してー。空太がそう言う時は問題ないって返事ですから、気にしないでくださいね?」
「うんうん、ソラくんの考えていることは、誰でもわかるからねー」
僕って、そんなに単純な人間なのだろうか。
一人、不安そうな顔をしていたのは湖景ちゃんだった。
「あの……私はお母さんと、あと病院の許可を取らないとなんとも……」
そういえば湖景ちゃんは大病をして、二年も遅れているんだった。合宿とは簡単にいかないかもしれない。これには会長は、真顔で答えた。
「いざとなれば湖景ちゃんだけ通いでもいいよ。でも私はできると思う。だから、お母さんによく話してみて」
「……はい」
湖景ちゃんは自信なさそうにうつむいてしまい、名香野先輩の表情も暗くなった。それは当然としても、僕には会長の自信ありげな言葉の方が引っかかった。会長は湖景ちゃんの病気を知っているのだろうか。そういえば二人が姉妹だったことも、以前から知っていたような口ぶりだった。本人は前に「内緒」と言っていたが、なぜ会長は二人のことを知っているのだろう。
「だけど会長、いつから合宿に入るんです?」
朋夏の疑問には、花見が希望として答えた。
「大会まであと十二日しかない。可能ならきょうあすにでも」
「さすがにきょうは何の準備も道具もないねー」
会長が首をひねった。
「とりあえず来れる人から参加するってことで。明日からで、どう?」
これも急な話だが、異論はなかった。会長は自由人だし、花見は時間が足りないと言い出した当人だ。全国大会に出るほどの腕前だし、家族も当然、理解があるだろう。僕と朋夏の家族はというと親はほとんど放任しているし、朋夏は体操部の合宿もあった。それにいざとなればバスで一時間以内で帰れる場所でもある。
「私も大丈夫。このメンバーならほぼ信頼できるし、父はこういう話は喜ぶと思うから」
そう言ったのは名香野先輩だ。
「あの……私、今から家に帰って、お母さんの許可をもらってきます!」
湖景ちゃんが手を上げた。確かに湖景ちゃんだけ通いでも悪くはない。ただ本人は、やはり同じ仲間意識を共有したいのだろう。
「じゃあ明日から合宿決定ー。後は大会に向けて、みんなががんばればいいと思うよー。エイエイオー」
「……」
「あれれ、どうしたの?どうして急に気圧急低下?」
「会長。そこは『みんなが』じゃなくて『みんなで』でしょう。一人だけサボろうとしていませんか?」
「……え!?」
だから、なぜそこで驚く、会長。
「あ……驚いてないよ、やだなーソラくん! 全然予想もしていないことを言うから、びっくりしちゃったよー」
会長、話の前後が矛盾しまくりです。
「じゃあ、会長も含めて、合宿に向けてみんなでがんばろう。おーっ!」
朋夏が、元気な声を上げた。
「おー」「お……おうー」「お?……」
なんか、ばらばらだし。
「あ、あの……お、おお」
一人だけ遅れているし。