二次創作小説「水平線の、その先へ」

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11章 眠りが覚めた 栄光の(1)

「割れたカーボンを修復して使おうなんて、考えない方がいいわよ。強度がばらつきすぎて、使い物にならないから。修理はあきらめるしかないわね」

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 名香野先輩が、あっさりと白鳥に引導を渡した。

「機体なら、ソラくんがなんとかしてくれるよねー」

 無理ですから。物理的にも金銭的にも、無理ですから。

「でも、この機体はさすがにバランスとかを論じる壊れ方じゃないよねー」

 会長が破片をくるくる回しながら言った。確かに修理して使うというのは、どう考えても不可能に見える。

「また作り直しでも、構わないんじゃないかしら」

 僕たちの中で一番表情が明るかったのは、名香野先輩だ。

「航空部に勝ったことで飛行性能は実証できたんだから。まずは今までの方向性が間違っていなかったことを、喜びましょう」

 先輩の言うことも一理ある。僕たちは部を立ち上げた当初より、飛行機作りに関しては、ずっと知識と経験を備えている。大会までの時間は少ないが、もう一機を作るのも不可能とは思えなくなっていた。

「だけど姉さん、次の機体をどうやって調達するかが問題ですよね」

 僕らの情熱は燃え上がっている。しかし飛行機がなければ意味はない。

「うーん……カンパでなんとかなるかな?」

 考えている印に朋夏の頭がひょこひょこ動いているが、僕や朋夏のカンパくらいでどうにもならないことは想像がつく。自然に視線が会長に集まった。

「ないよ。さすがにもう手持ちの飛行機はありませーん」

 まあ普通ないですよね。一機出てきただけでも、すごいんですから。

「部費でなんとかなりませんかね」

「今までの機材購入で、ほとんど使ったからねー。その辺、中央執行委員会の方はどうなのかなー?」

「古賀さん……妙に馴れ馴れしく肩を組まないでもらえます?」

 あ、名香野先輩の眉がぴくぴく上下に動いている。

「それに私はもう中央執行委員会の人間ではありませんので」

「そんなことないよ、ヒナちゃんは停職中だよー。一時間くらい委員会室を占拠して私たちを中央執行委員に任命して前回の議決を白紙撤回したら、それで済むんじゃないかなー?」

「済みません!」

「じゃあじゃあ経理ノートを持ち出すのはこっちでやるから、ちょこちょこっと書き換えてくれてもいいよー」

「それは犯罪です!」

 本当にノートを持ち出しそうなところが、会長の恐ろしいところだ。

「あららー、ダメ? じゃあ作戦を変えないとねー」

 くるりと会長が振り向いた先に、哀れな小動物がいた。

「コ・カ・ゲ・ちゃん?」

「……はい?」

「コカゲちゃんからも、姉さんにおねだりをしてみるといいよー」

「あぅあぅ」

 また湖景ちゃんが空気のない金魚になってしまった。

「湖景をヘンなことに巻き込まないでください! 湖景はこういう馬鹿な話には無縁なんです」

 会長の視線をさえぎり、妹を隠す先輩。相変わらずのシスコンぶりだ。

「いいですか、古賀さん。前から言おうと思っていたんですが、あなたは万事いい加減すぎます」

「そうかなー?」

 反撃してきた先輩を、会長は面白そうな視線でなめ回す。

「あーあ、また始まっちゃったよー。止めたほうがいいんじゃない?」

「朋夏、お前完全に他人事だろ。そんなこと言うくらいなら少しは事態を収拾する努力をしたらどうだ?」

「えー、せっかくなんだし、もう少し見てみようよー」

 ダメです、この人たち。

 結局、この日はたいした結論が出ないまま、うやむやになった。なぜなら会長と元委員長の舌戦が一段落した時、僕たちを猛烈な疲労と睡魔が襲ってきたからだ。そういえば朋夏以外は、ほとんどが半徹夜で作業をしていたんだった。明日以降の作業は後日の連絡として、この日は散会した。

 

 7月25日(月) 南西の風 風力2 晴れ

 

 結局、日曜日の活動は休みとなった。この一月半、ほぼ働き詰めだった疲れた体を癒すには、いい休息だった。ゆっくりとテレビを見て、ご飯を食べ、風呂に入った。頭の片隅には「機体をどうするのか」という大問題への不安がある。しかし僕には何もアイデアが浮かばない。

 夜になって会長からメールが来た。「明日は午後一時、格納庫に出社」とある。新しい機体の目処が立ったのだろうか。気になるが電話しても会長は何も教えてくれないだろう。というか、電話に出ないし。

 明けて月曜日、僕は朝食を済ませると、すぐに格納庫に向かった。まだ時間はあったが、やはり機体が心配だった。行っても誰もいないし、何もできないかもしれない……と思っていたら、格納庫の扉が開いていた。

「あ、平山先輩。おはようございます」

 すでに湖景ちゃんが来ていた。いつもの緑色の作業服に着替えている。

「早いね。ひょっとして昨日も来ていたの?」

「いいえ、さすがに昨日は休みました。きょう早めに来たのは、白鳥のモーターとバッテリーをチェックするためです」

 そういえば派手に壊れた機体ばかりに注目して、モーターやバッテリーの作動を確認することを忘れていた。機体が調達できてもモーターが壊れていたら、すぐに大会本部に修理か交換を手配しないといけない。

「湖景ちゃん、よく気づいたね」

「ええ、そうなんですが……どちらかというと家にいてもしょうがないので、早く格納庫に来る理由を見つけたくて」

 機体の問題については、湖景ちゃんも同じように落ち着かなかったわけだ。

「墜落した時は横向きでしたが水平尾翼から接地したので、ダメージが少ないとは思いますが」

「じゃあ、モーターとバッテリーを取り出すことから始めようか」

 機体に近寄り、破れた強化プラスチックシートをばりばりとはがした。エンジンルームと風防を開け、工具を使ってビスを外す。割れたカーボンやシートは使いようがないが、操縦席や計器のラインは再利用する可能性があるので、あまり壊すわけにもいかない。体を斜めにしての作業で苦労したが、なんとかモーターとバッテリーを外すことに成功した。

 重い機械を二人で取り出し、台に固定してモーターの運転試験を行った。バッテリーは再充電が必要なので後回しだ。燃料エンジンから給電したモーターは勢いよく回った。湖景ちゃんがミニコンで出力を変えながら試験をしたが、大きな問題はないようだ。

「あのー……こんにちは」

 その時、格納庫の入り口から、誰かに声をかけられた。僕と湖景ちゃんが振り向くと、報道委員会の千鳥水面ちゃんがいた。

「あー、よかった! 平山さん、来ていたんですね!」

「ストップ落ち着け! 両手を上げて、ゆっくり前へ!」

 まるで強盗に投降を呼びかける警察官みたいな口調になったのは、十メートルほどの距離なのに水面ちゃんがロケットスタートの姿勢をとったからだ。水面ちゃんは不満そうな顔をしたが、今回は歩いて近づいてくれた。ここで勢い余ってモーターに激突して壊してしまったら、元も子もない。それにしても、こんな短距離でもなぜこの子は走ろうとするのだろう。

「昨日は朝八時から格納庫に来たんです。ところが夜になっても誰も来なくて……ひどい目にあいました」

 記者魂は見上げたものだが、するとこの子は何時間ここで待っていたのか。誰かと連絡を取るとか、考えなかったのかな。

「それは悪かった。徹夜明けで昨日は休みにしたんだ。で、また取材?」

「ええ。いよいよ大会出場が決まったわけですが、大事なことを聞き忘れていました。機体の方はどうするのでしょうか?」

 まさに、そこが難題なのだ。これには僕も答えようがない。

「まだ何も決まってなくて……会長が来れば少しは話が進んでいるのかもしれないけど」

「古賀会長ですか? 会長は何時に?」

「一時には来るはずだけど」

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「えーっ、一時? それじゃダメです。きょうは野球部の試合の取材があって、これから東葛球場に行かないといけないんです!」

 そう言われても、僕と湖景ちゃんではどうすることもできない。会長、電話に出ないし。

「はあ……じゃあ、そのあたりの記事は次号にするかあ……後日また来ます」

 肩を落として帰ろうとした水面ちゃんが、「そういえば」と振り向いた。

「平山さん。航空部の例の話、聞いてます?」

 さあ。何のことだろう。僕は湖景ちゃんと顔を見合わせたが、湖景ちゃんも首を横に振った。

 次の水面ちゃんの言葉に、僕たちは言葉を失ってしまった。

「花見さん、予選会の後、その日中に航空部を退部しちゃったんです。宇宙科学会に負けた責任を取ったそうですよ」