二次創作小説「水平線まで何マイル?」

当ブログは二次創作小説(原作:水平線まで何マイル?)を掲載しています。最初から読みたい方は1章をクリックしてください。

3章 ゼロから始まる 挑戦で(5)

 6月10日(金) 北の風 風力4 曇り

 翌日は、軽い筋肉痛を抱えての登校だった。

 あのあと、僕は木箱の分解にとりかかった。翼の一部や金属索など、かなり大きな部品もあるため、傷つけないように持ち上げたり並べたりするのに手間取った。筋肉痛は、その後遺症だ。

 設計図と組み立て説明書は人数分コピーされ、湖景ちゃんは格納庫の隅で設計図と航空工学の本を読み込み、会長は必要な工具を調達するといって、やはり隣で説明書のページをめくっていた。こちらは鼻歌交じりだったので、どこまで本気かよくわからないが。

 朋夏は体育館とグラウンドで、基礎体力の測定をした。あとで結果を聞くと、「いやー、少し重くなったかな?」と笑っていた。体重のことではなく、動きが重いという意味らしい。体操部をやめてから、ハードな運動はしていないから、ベストの体調を取り戻すまでに時間がかかりそうだという。

f:id:saratogacv-3:20210101161506j:plain

 教官は、朋夏の運動能力の高さに太鼓判を押した。ただパイロットに基礎体力は必要だが、体重を増やせないため、筋肉をつけすぎないことも大事だそうだ。朋夏は、教官の組んだ訓練スケジュールは平然と眺めていたが、航空工学と操縦教本の厚さには、早くもげんなりしていた。

 教室に入ると、さっそく寄ってきたのは上村だ。

「平山。きょうは宇宙科学会が新活動を報告する最終日だと思うのだが。何か思いついたのかね」

 珍しく上村が事の次第を知らないらしい。昨日の今日で、無理もないが。

「それが、会長がいきなり飛行機を作るとか言い始めてね」

「飛行機? 作る? ウルトラライトプレーンか何かか?」

 ウルトラライトプレーンという言葉がすぐに出てくるあたり、この男はその方面も詳しいらしい。

「いや、ライトモーターグライダー。何でも、電気で飛ぶ新タイプの飛行機らしい」

「ふむ……それはこの夏に内浜で予定されている大会に、君たちが参加するということかね?」

 驚いたことに、上村は大会まで知っていた。社会問題からスポーツ、芸能ネタまで幅広い知識を持つ男だが、ここまで押さえているとは恐れ入る。何に役立てる気なのかは、まったくわからないが。

「それで、委員長は承諾したのか?」

「した。とにかく、僕たちは飛行機を作って飛ばす」

「それはそれは、難儀なことだ。だがな、お前はやる以上は全力投球する気なんだろう?」

「ああ……って、何でそう思うんだ?」

 上村はふふん、と鼻を鳴らした。

ハーフマラソン大会とやらの時もそうだった。最初は嫌そうだったが、結局お前は古賀嬢に頼まれると、断れん性格だからな」

「それって、会長に乗せられてるってことか?」

「少し違うな。もちろん結果的には乗せられているのだが、俺は古賀嬢とお前の電波、じゃなかったベクトルが、実は同じ方向にあるんじゃないかと疑っている」

 よくわからん。それに「電波」って、わざと間違っただろう。それに会長と同じというのは、どう解釈しても、ほめ言葉には聞こえない。

「そうでもなければ、いかに遊び主体の宇宙科学会と言えども、あの変わり者の会長に一年もついていける奴はいない……そして前にも言った通り、お前はやる時はやる男だ。まあ、俺としては、自分の読みが正しいと検証できたことに、満足しているのだがね」

 上村はよくわからないことを言うと、一人で納得したらしく、席に戻っていった。

 昼休みに食堂でうどんを食べていると、会長からメールが届いた。「雑用ソラくん、情報収集よろしく。後で部室で報告するといいよー。沙夜子」とある。なんのこっちゃ。

 そして教室に戻ると、また上村が声をかけてきた。

「平山。お客さんだぞ」

 にやにやと笑いながら上村が教室の扉をあごで指した先に、亜麻色の髪をした少年のような顔立ちの男子生徒が、腕を組んでこちらを見ていた。

「誰だ?」

「知らないのか?学内では古賀嬢、委員長閣下に次ぐ有名人だというのに。我が友人の情報収集力は、ほとんどゼロに近いようだな」

 学園ベスト3の一人しか知らなかったのか、僕は。まあいい、学園の情報通になりたいと思ったことはない。

「航空部の花見部長……隣の二組だ。大方、殴りに来たんじゃないのか」

 背筋が一瞬、凍った。上村の言葉が冗談に聞こえないが、初対面でいきなりぶっ倒されることはないだろう。教室に来ている以上、無視するわけにもいかない。とにかく、話を聞かないと。

「すみません……僕が平山です」

 なぜか第一声が謝罪になった。すると花見の顔がぱっと明るくなった。

「あ、君が平山君か。僕は航空部の花見だ。少し話、いいかな?」

 まったく悪気のない、さわやかな顔に、僕は少し緊張を緩めた。

 花見は僕をテラスに誘った。僕たちに年生の教室は学園校舎の二階で、教室は廊下の反対側がテラスになっており、教室から直接出られる構造になっている。外はやや強い北風が吹いていた。

「驚いたよ。きのうの夕方、委員長が部室に来てさ。君たちもLMG大会をめざすんだって?」

「ええ、まあ……成り行き上、そうなってしまって、ごめんなさい」

 やっぱり謝ってしまった。

「それで、どんな奴がLMGを飛ばそうと思っているのか、航空部長として挨拶がてらに、話してみようと思ってさ」

「それはいいんですが……なぜ会長ではなく、僕のところに?」

「ああ、古賀会長か。いや、昼休みに入ってすぐに会いに言ったんだけど、細かい説明は全部平山君の担当だからって言われて」

 メールの意味が読めた。会長、面倒ごとを丸投げしやがった。

「それで、宇宙科学会はどんな活動をしているんだい? 飛行経験は? 飛行機はどうするんだ?」

 矢継ぎ早に聞かれて正直、困ってしまった。

 だが、ウソで取り繕っても仕方がない。会長が僕に振った以上、「ソラくんの思い通りに答えてくれればいいよー」というメッセージだと、解釈した。

「活動で飛行機にかかわるのは、今回が初めてです。僕も無謀だと思ったんですけど、うちの会長がぶっ飛んだ人で……」

「で?」

 花見が僕の目を覗きこんでいた。口元は笑っているが、冗談で飛ばすという理由は通用しないぞ、という顔だ。

「……やるからには、僕たちも本気でやることにしました。素人の集団ですが、甘えるつもりはありません」

 これはウソではない。ぶっ飛んだ話とは思っているが、とりあえず飛行機は真剣に作ってみようと思っている。いつまで続くかは、わからないが。

「お遊びじゃ、ないんだね。でも飛行機はどうするんだ? パイロットは?」

「飛行機は、これから作ります。こちらも全員、素人ですが」

「作る? キットを?」

「ええ……旧校舎で、ウルトラライトプレーンを改造するつもりです。幸い、飛行機に詳しい人が顧問についてくれたので。パイロットも選びました」

「ふーん。旧校舎で、超軽量動力機を改造、か……」

 花見はしばらく、あごに手を当ててこちらを見ていた。

 全国大会にも出た有名パイロットとは聞いたが、近くで見ると、特に威圧感があるわけでもない。ただ中学生と間違えそうな形のいい童顔の割には、鼻や目の周囲に彫りがあり、瞳は静かな湖面を映したような、深い藍色をしていた。外国人が四分の一ほど、入っているのかもしれない。

「わかった。冗談半分ならやめるよう忠告するつもりだったが、委員長の提案を受けることにする。改めて、よろしく」

 花見は手を差し出した。握手、ということらしい。手を握ると、華奢な体の割に強い力で、握り返してきた。

「学会の存続がかかっているんだって? だけど僕も航空部も、この大会に賭けている。申し訳ないが全力で戦わせてもらう」

 口は最後まで笑っていたが、目は真剣だった。眼光の強さに、僕は少したじろいだ。