二次創作小説「水平線の、その先へ」

当ブログは二次創作小説(原作:水平線まで何マイル?)を掲載しています。最初から読みたい方は1章をクリックしてください。

4章 途切れた絆を 縒り直し(6)

 6月15日(水) 北東の風 風力2 曇り

 僕が食堂で昼食を終えて廊下を歩いている時、ずっと先の階段踊り場でたたずむ一人の女子生徒と目が合った。髪が薄い茶色で、三つ編みのお下げ髪二本を、頭の後ろで結わえている。記憶にない生徒なので気のせいだと思っていたら、教室の前で、もう一度目が合った。

 改めて記憶のタンスをひっくり返してみたものの、まるで心当たりがない。教室に入ろうとして扉を開け、まさかと思って顔を上げたら、確かにこっちを見ていた。しかし、やっぱり心当たりがない。まあ先方が声をかける気もなさそうなので、何かの間違いだろう……と思っていたら、彼女が突然、予想外の動きをした。

 最初にがくんと頭を下げたかと思うと、まるで砲弾のように一直線に廊下を駆けてきた。あわてて教室内に避難したが、女生徒は委細構わず、僕の教室に飛び込んできた。

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「おい……待て待て待て! 何か僕に用か?」

「平山さん! 二年三組の、宇宙科学会の平山さんですね!」

 砲弾女子は僕の前で急停止し、息を切って叫んだ。まるでバレンタインに決死のチョコレートを渡す女の子みたいに真摯な表情で、しかも大声だったので、同級生たちが何事かと、僕たちを見つめた。

「そうだけど……君、誰? ひょっとして、知り合い?」

 女の子はぴょこりと頭を下げ、二つの三つ網髪の輪が逆立ちした。

「初めまして! 私、内浜学園高等部報道委員会所属、一年二組千鳥水面と申します!」

 そして、そのままの体勢で名刺を差し出した。人生で初めて名刺をもらった相手が、こんな砲弾女子だとは。

 千鳥水面と名乗ったその生徒が、頭を上げた。改めて見ると、背は僕よりずっと低く、顔は小さく、表情は少し幼げで、体はとても華奢だった。走る姿があまりに獰猛だったので、つい砲弾に例えてしまったことは、心の引き出しにしまっておこう。

「で……その報道委員会の水面ちゃんが、僕に何の用?」

「私、聞きました! 宇宙科学会と航空部が全面戦争に突入って話です。今度の内浜タイムスのトップ記事を書く予定です!」

 ああ、まだ誤解されている。

「それより何で僕に聞きに来るの?」

「会長の古賀沙夜子先輩にお伺いしたら、取材対応は平山さんに一任しているそうですので!」

 いつ一任していつ僕が認めたんですか、会長。

「えーと、水面ちゃんだっけ。ちょっと今の話は誤解があるんだけどな」

「誤解? ふむふむ。どの辺が誤解ですかな?」

 水面ちゃんはメモ帳とペンを手に、じっとこっちを見つめている。こうなったら、今さら会長にバトンを渡しても無駄だろう。仕方がないので、当たり障りのない範囲で、きちんと説明することにした。

「僕らの宇宙科学会が潰れるのを防ぐために、LMG大会に参加を希望したら、偶然かちあった……要約すると、そんな感じかな」

「もう少し、その辺の事情を詳しく。それが対決の原因なのですね?」

「対決というか、学内予選の、ね。別にケンカ腰になっているわけじゃないんだから、その辺の表現は、お手柔らかに頼むよ」

「あ、いいですね、そのコメント……宇宙科学会の平山空太さんは『お手柔らかに頼むよ』と、自信ありげに話した……と」

「違うだろ、そこ」

 走る姿は砲弾で、次々に繰り出す質問はマシンガンのような子だった。しかも思い込みが激しいので、説明するたびに反芻する内容を訂正するのに苦労したが、最後は何とか理解してくれたようだ。

「つまり平山さんの話をまとめると……部活動が潰れるのを防ぐために、LMG大会に参加を希望したら、偶然かちあった……そういうことですね?」

「ひょっとして、最初しか聞いてなかったの?」

 わかりました、と言って水面ちゃんはぱたんとメモ帳を閉じ、そのまま跳弾のようにどこかへ駆けていった。どこまでわかってくれてどんな記事になるのか、激しく不安だ。