二次創作小説「水平線の、その先へ」

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4章 途切れた絆を 縒り直し(9)

「ちょ、ちょっと待ってください。えーと、姉妹で、名前が違う。これは、いろいろと事情があるかと思うのですが……あの、双子で学年が違うというのは、どういうことなのでしょうか」

 声が思いっきり、裏返ってしまった。

「あーソラくん、コカゲちゃんは学年は一年だけど、私と同い年だよ」

 そうですか。それなら委員長と同い年でもあるわけだが……ということは、僕より年上ってこと???

「……どうして古賀さんが私たちのことを知っているのかしら」

 委員長はそんな僕には目もくれず、腕を組んだまま不審そうな表情で、会長をにらんでいた。

「妹がいるって話は、隠してなかったんじゃない?」

「それはそうだけど……親しい友人には話したことはあるわ、でもあなたに話したことはない」

「そういうお話は自然と伝わるものなんだよ。コカゲちゃんの事情も一緒にいるとなんとなく、ね?」

 どうやったらそんな情報が耳に入るというのか。委員長も同じことを考えていたらしく、なおもしばらく不審そうな目で会長をにらみつけていたが、やがてふーっと大きな息を吐いた。

「そうね、いつか湖景に言うつもりだったし、そうすればみんなも知るでしょうし……私が友人に話していたくらいだから、隠し事じゃないのよね。どう切り出したらいいか、迷っていたけど、これですっきり話せる気がするし」

 この人は自分のことになると、他人を責めない。会長の無遠慮な言い方に抗議しても罰は当たらないと思うが、まず自分の責任を考え直してから言葉を選ぶ。

「早い方がいいよ、ヒナちゃん。知らんぷりしてコカゲちゃんに近づくのも、ウソついていたと後で思われないとも、限らない」

 会長は時々、真顔で話す。そんな時、会長は心底相手を気遣っている。

「……じゃあ、先にあなたたちには話しておくわ」

 理由は両親の離婚という、とてもありふれたものだった。小さいころであまり覚えていないが、父親に引き取られた委員長は、事情は早くから察したらしい。そして父親も娘に隠し立てをしなかった。だから両親が離婚したことも、津屋崎湖景という双子の妹がいたことも、早くから知っていたという。

「父は大手メーカーの技術者だけど、離婚してからは母と出会った場所のような、中小工場の出向の仕事ばかりを引き受けたらしいわ。出世コースじゃないし、みんな嫌がるんだけど、大企業より少人数の現場が性に合うんだって言ってね……私が祖父母の家にいられない時は工場が託児所代わりだった。だから、工場の作業や機械は、いろいろ知っているの」

 その後、委員長は父の転勤に合わせて全国を転々としたが、中三になって生まれ故郷の東葛市に戻った。そこで父に聞き、昔の母にメールを出した。

「母は、すぐにでも私に会いたがったけど……やっぱり私には、母に捨てられたような感情があったのよね。だから、もう少し待ってと答えた」

 実の母に連絡しながら、逆に逡巡する。子供なら生みの母親に会いたいと思うのは自然の感情と思うが、子供心に親の離婚を納得するには、いない母親を恨むしかなかったのかもしれない。その辺の心情は、当事者でなければ理解できないだろう。

「でも同じ立場の妹には会いたかった。だけど母は、妹には何も話していないって。私は妹に会って、母のことを聞いて、納得したら母に会いに行くつもりだった」

 だが夏休みが過ぎると、母からメールが来なくなった。内浜学園に入学し、もしかしたら会えるかもと期待したが、津屋崎湖景の名前は入学者名簿になかった。時は二年過ぎ、今年の入学者名簿から偶然、津屋崎湖景の名前を見つけた。

「それでもう一度、母にメールを出したら、返事が来た。もともと湖景は病気がちだったらしいんだけど、あの後また大病になって、アメリカの病院で二年間治療を受けたんですって。父も私に内緒で、治療費とか滞在費とか出していたみたい。そんなに気になるなら再婚すればって思うんだけどね……母は治療中、湖景に姉さんがいることは話したらしいわ。でも、どこかで会えればいいねって。私のことは話してくれなかったみたいなの」

 別れた父親に育てられた娘を素直に受け止められないのも、母親の複雑な感情なのだろうか。

「二年たったら、私にも迷いが出てきた。中学生の時は純粋に妹に会いたい、だったんだけどね。近くにいるとわかったら急に、妹に会っていいのか、私が姉だと言っていいのか、本当は私のことを大嫌いじゃないのか、とか。だから会いたいと思うと同時に避けていたの。そしたら、宇宙科学会で、その……」

「コカゲちゃんがいた、と」

 委員長は、こくりとうなずいた。あの時に湖景ちゃんを見て驚いたのは、そんな事情があったのか。

「まさかロクな活動もしない宇宙科学会にいたなんて。ショックだったわ」

 その言い方だと、本当にショックだったようだ。すみません。

「でも、告白することに決めたんですね」

「そう、これも何かの運命だと自分に言い聞かせた。本当はすごく怖いんだけどね……でもここで言わなければ将来、後悔することは間違いないの。だったら高校生活の間に言うしかないって。だから会う機会を増やしたかったんだけど……結局会うと、何も言えなかった」

「僕がいたから、ですか?」

「そうよ。ことごとく平山君が邪魔するの」

 ソラくんはどこにいっても邪魔者だねー、と会長が軽口をたたいた。委員長が、自然に笑ってくれた。

「でも結局、ソラくんがいなくても話せそうになかったねー」

「うん……でも、あなた方に話して決心がついたわ。きょう、話す。あとは湖景の判断に任せるわ」

 そう言って、委員長が手すりに身をもたせかけながら遠くの海を見た。水平線で暑い空気に海面が揺らめき、空と海が溶け合っていた。

 その時、会長のメールの着信音が鳴った。

「コカゲちゃんから。旧校舎に着いたのにみんないないから、寂しくて泣いちゃってるみたい」

「泣いてる、ですって!」

「委員長、落ち着いて。会長はあなたをからかってるんですよ」

「こ……古賀さん!」

「ヒナちゃん、心の準備はいい? じゃあ、旧校舎に行くよー」

 委員長は決意を秘めた顔で、うなずいた。

「よーし、じゃあ少し早いけど、太平洋高気圧全盛って感じで、気合いいれていこうかー」

 会長の喩えは、毎度のことながら意味不明だった。

 格納庫に着くと、湖景ちゃんがやる気満々で、作業を始めようとしていた。委員長の姿を見ると、

「名香野先輩! ひょっとして、宇宙科学会を手伝ってくれるんですか?」

 と駆け寄ってきた。

 委員長は、会長に文字通り背中を押されて前に出た。そして、

「え……と、津屋崎さん。話があるんだけど……少しいいかしら?」

 と、声を絞り出すように言った。委員会室での堂々とした姿は、かけらもなかった。湖景ちゃんが不思議そうな顔をして、首を傾げた。

 それから二人はグラウンドの芝生に座り、海と空を見ながらずっと話し込んでいた。僕と会長は三十メートルほど離れた後ろで、やっぱり並んで、無言のまま芝に座っていた。会話はまったく聞こえないが、時折、湖景ちゃんがふっと頭を上げるので、話をしていることがわかる。そんな様子を一時間以上、会長と眺めていたと思う。

 太陽の日差しが柔らかくなってきた頃、湖景ちゃんの上体がゆっくりと右に傾き、委員長の左の肩に小さな頭が乗った。その頭を、委員長が優しくなでた。

「家族っていいね、空太」

 会長が、ぽつりと呟いた。会長が僕の名前を呼んだことに、少し驚いた。その横顔に道化のような表情が消えて、目にあの寂しげな空色が浮かんでいた。そういえば、会長の家族のことを僕は聞いたことがない。

 飛行機を持っているとか、馬鹿馬鹿しいくらいのお金持ちのような気がするのだが、そもそも家は実家なのか下宿なのかも聞いていない……いや、聞いたことはあったが、いつもあの調子で、はぐらかされた気がする。

「さて、大丈夫そうだねー。ソラくん、あとは任せよっか」

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「それにしても会長、どうやって二人が姉妹とわかったのですか?」

「ないしょ」

 立ち上がってスカートの裾を軽く払うと、その顔はもういつもと変わりのない会長に戻っていた。その時、「空太ー」という元気な声が、校門の方から聞こえてきた。朋夏が滑空場から戻ってきて、子ネズミのように勢いよく駆けてきた。この様子だと、きょうのフライトの出来も、上々だったのだろう。

「空太ー、きょうの空は気持ちよかったよー。最高だったな、早く宇宙科学会の機体で飛びたいなー。あとさ、地上でだけど、コックピットでモグラの操縦桿を触っちゃった。意外に操縦は簡単そうなんだけど、計器とか非常時の対応とか、いろいろあるから頭に入らなくてさー……あれ空太、何かうれしそうだね。ねーねー、何かいいことあった?あれー、機体、きのうから全然進んでないじゃん!ちょっと、どういうことなのよ、空太!」

 朋夏は相変わらず、夏の太陽のように元気だった。機体の組み立て作業はまったく進まなかったが、明日からはきっと、いい作業になるだろう。