5章 僕らは前に 進み出す(2)
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6月20日(月) 東の風 風力5 雨
月曜日は部室で作業というのが基本方針だ。朝から雨が強く、急に風向きが変わる荒れ模様の天気で、旧校舎に行かないでいいのは助かった。
昨日はほぼ一日仕事になり、フットペダルをコックピットに固定して、胴体の骨格部分をほぼ組み上げた。機体表面の強化プラスチックシート張りは後回しで、主翼がないので飛行機らしくは見えないが、流線型の大きな部品が組み上がってくると前進しているという気分になる。
朋夏と部室に行くと、きょうは会長と湖景ちゃんがいた。名香野先輩は委員会を優先し欠席という。僕の姿を見ると、会長が「書類審査通過ー。モーターとバッテリーのスペックが届いたよー」と言いながら、パソコンから書類を刷り出した。書類にはモーターやバッテリーの図面、接続方法などが細かく記されている。
「コカゲちゃん、飛行機の設計図は?」
「あ、はい……ここにあります」
机に二枚の書類を広げた。会長と湖景ちゃんが二つの設計図を見比べているが正直、僕にはよくわからない。
「出力は規定どおりです……設置上で大事なのが形と重心、それに機体との固定方法ですね」
「会長、それより重さはどうなんです? 重くて機体が飛ばなかったり、あるいは強度不足で飛行中に機体が壊れたりしませんかね」
「それはないよー。エンジンや燃料よりモーターや電池の方が重かったら、誰も使ってくれないもの。スペック上はエンジンより電池の方が上で、既存機を活用できるような形や重さにできているから、新しい技術に乗り換えてみようかなって思って、トライする人や会社が出てくるわけ」
会長は、そういう技術や経営の話に詳しい。どこで身に着けたかは知らないが。
「電池に適した飛行機を設計するのは、技術がある程度社会に認知された後の話。既存技術と互換する部分を整える苦労は、パイオニアとなる技術に必須の要件でもある。技術の良さに目を奪われて社会に受け入れられず、時代が早すぎたって言葉で消えた先進技術もたくさんあるんだよー」
「そういうものですか」
「ええと、まず主機の高さと幅の最大がこれくらいだから……」
僕らの話の間に電卓をたたいていた湖景ちゃんが呟く。
「このサイズだと燃料エンジンを外した部分に、バッテリーとモーターを同時に収容できますね。カバーもかけられるし、機体への固定もエンジンの取り付けに対応した形になっています。バッテリーを上手に置けば、うまくはまると思いますよ」
湖景ちゃんの目が輝いた。
「うーん」
だけど会長が、難色を示している。
「コカゲちゃん、バッテリーをモーターの近くに置くと、かなり過熱しないかな? ただでさえ両方とも熱くなるから、高密度デバイスは故障の原因になりかねないよー」
「あ、そうでした……でもエンジン部分にバッテリーが入らないとすると、少し厄介ですね。油槽タンク部分を代用するのがベストなんでしょうが、問題は機体バランスですね……」
「思い切ってバッテリーを外付けにしちゃおうかー。自然空冷ってことで」
「空気抵抗が邪魔になりませんか? それに雨が降ったら、どうするんでしょう」
「じゃあ、主翼の真下とか」
「リードが長くなると電気抵抗の損失が無視できなくなるのでは?」
僕は、二人の会話をふんふんと聞いているだけだ。だが会長と湖景ちゃんの議論は、どんどん煮詰まっていく。湖景ちゃんは必死に勉強していたが、会長もどこかで飛行機の勉強していたようだ。驚いた、と言っては失礼かもしれないが。
朋夏はというと、こちらは航空教本に没頭している。火曜日には教官の勉強チェックが入るはずだ。だが理由は多分、それだけではない。先週は本を開きながらも心ここにあらずという感じだったが、教官の操縦で空を飛んだり、地上で操縦桿を握り始めてから、自分が空を飛ぶイメージが沸いてきたのだろう。
バッテリーの位置に関しては、実際にモノが来ていないことと、名香野先輩の意見も聞いてからということで、ペンディングになった。作業を始めてほんの二週間だが、僕たちは確かに変わりつつある。