二次創作小説「水平線の、その先へ」

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11章 眠りが覚めた 栄光の(2)

 格納庫には、予想通りだが朋夏、名香野先輩の順に現れて、会長が一時ギリギリの到着だった。会長はスーパーの大きな紙袋を抱えている。その中から、お菓子やらジュースやらピザやらハンバーガーやらコップやら皿やらが、大量に出てきた。

「祝勝会やるよー。みんな、まずは乾杯だよー」

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 会長のマイペースに、名香野先輩が最大限好意的な解釈をしてくれた。

「古賀さん。それは機体の目処が立ったことのお祝いを含む、と考えていいですね?」

「機体? ソラくん、なんかいい方法、見つかったの?」

 なんで僕に振るんだよ。

「ありませんよ。会長が考えてくれるんじゃなかったんですか?」

「誰もそんなこと言ってないよー。ソラくん以外に私のアテはないよー」

 名香野先輩が、今度は大げさにため息をついた。

「別に祝勝会はかまわないけど、せめて後先が決まってからじゃないと落ち着いて楽しめないわ」

「それは違うよー。機体が決まっちゃったら、みんな死ぬほど作業を始めて私と遊んでくれなくなっちゃうじゃなーい」

 要するに自分が遊びたいんですね、会長。

「まあまあ、やることもないし、せっかくのピザなんだから温かいうちに食べましょうよ」

 そうとりなしたのは、食い意地でも五輪代表級の朋夏だ。

「そうね……じゃあ、食べながら今後のことを話し合いましょうか。湖景、書記を頼める?」

「はい、姉さん」

 名香野先輩にとっては祝勝会も委員会の会議も似たようなものらしい。宇宙科学会員はみんな優秀だが、もう少し常識人というか、バランス感覚のある人材はいないものだろうか。

「お前ら、全員そろっているか? ちょっとそこで待ってろ」

 急に耳慣れた野太い声が聞こえた。教官が到着したらしいが、格納庫に一瞬姿を見せると、すぐにいなくなった。

「なんでしょう、待ってろって。会長さん、わかります?」

「うーん、よくわからないけど、この時間で設定したのは教官だからねー」

「あれ? 会長が決めたんじゃなかったんですか?」

「私は教官から一時に集めろと聞いただけだよー。だからてっきり祝勝会だと思ったんだけど」

 一時に集合イコール祝勝会とはどういう方程式なのでしょうか、会長。

 教官は五分ほどで戻ってきて、「全員、外に出るんだ」とだけ言った。

 まず目に入ったのは、白鳥の輸送などで散々世話になった大型トラックだ。その後ろに陽光を反射して輝く、翼の一部が見えた。

「これは……まさか」

 僕たちは思わず、駆け出した。そしてトラックの後ろに回ると、そこに少し変わった形の完成した飛行機が一機、置かれていた。

「航空部に勝ったお前達への、俺からのプレゼントだ。受け取れ」

 まだペイントされていない、真っ白な機体。大きさは白鳥とそれほど変わらないが、異なるのは胴体の下に翼がつく低翼機で……しかも、その大きな翼が後ろにあった。白鳥は普通の飛行機という感じだったが、これはまた変わった飛行機が出てきたものだ。

「わあ……これって」

 最初に叫んだのは、朋夏だ。

「……マジ?」

 僕は生まれて初めて会長が素で驚いた顔を見た。

「きれいですね」

 湖景ちゃんがため息をついた。

「ええ、本当に……」

 名香野先輩の目も釘付けになっている。そう、この機体は美しい。どこか気品があり、優美に見える。一人はしゃいでいるのはパイロットの朋夏だ。

「すごいすごい! カッコよくない?  教官、この子どうしたんですか?」

「青・春・だ」

 教官、僕たちが聞きたいのはこの飛行機の入手方法です。

「あの……目をキラキラさせるような言葉で言われても、ですね?」

「安心しろ。だからサングラスをしている」

 それが理由かよっ。

「大層なものじゃない。俺が若い頃、少々手がけたものだ」

「じゃあ教官も若い頃には、あたしたちみたいなことをしてたってこと?」

 まさに青春だ。さっきの言葉は存外、本気だったのかもしれん。

「すごいです、教官さん! 近づいてもいいですか?」

「もちろんだ。さあ津屋崎、遠慮なく俺の胸に飛び込め」

「違います、飛行機です」

「あ?……あー、かまわない。じっくり見てやってくれ」

 朋夏と名香野先輩、湖景ちゃんが機体に駆け寄って、ためつすがめつ眺め始めた。先輩と湖景ちゃんは、機体の美しさに感心しながらも「どうやってこの機体を改造するのか」という視点で、コックピットや翼の状態を、丹念に観察しているようだ。

 朋夏は「いやー、白鳥もかわいかったけど、この子もかわいいよねー。またみんなで面倒を見れるんだねー」と、まるで捨てられた子猫を見つけたようになで回している。朋夏にとっては、飛行機も子猫もあまり変わりがないのかもしれない。

  三人の機体観察が一段落したところで、改めて教官が口を開いた。

「この機体はお前達のめざす大会とは異なる目的のために作られた。だが距離競技を前提に設計されているから、共通点も多い」

「教官さん、この機体の材質は何でしょう? カーボンですか?」

「内部はカーボンだ。表面はプラスチックシートのはしりのようなものだ」

「当時こんな素材があったんですか……」

 湖景ちゃんが感心したような表情を見せる。

「このカーボンと強化プラスチックを作ったのは東葛の町工場だった。俺たちが材料を作れそうな工場を一件一件探して、見つけたんだ」

 すると教官はかつて、この東葛か内浜で航空機作りの活動をしていたということになる。まさか、うちの航空部のOBではないだろうか。

「請け負った工場は金のない学生の無理な依頼も、快く引き受けてくれた。あの頃はまだ人情味と職人芸が残っていてな……そして当時の技術では傑作と言っていい、軽くて加工しやすくて頑丈なプラチックシートを作った」

 さすがは日本の技術者魂、と言うべきだろう。

「航空機の素材としては素晴らしい潜在力を持っていたが、残念ながら町工場で生産を受注できるような代物ではないからな……そのうち工場の経営者も変わって技術者は離散した。だから幻の素材でもある。ただ性能はドイツ製の白鳥のシートよりも上だと、俺は思っている」

「あとはレギュレーションに合わせた改造ね」

 名香野先輩が腕を組んだ。

「何から手をつけますか?」

「まずは機体の基本性能を確認してから、モーターとバッテリーの付け替えを検討して設計しないと。場所が決まったら表面シートを外して、当然フライ・バイ・ライトに改装するわ。宮前さんの身長と体重に合わせた操縦席のセッティングの調整、計器の変更、ライトシステムに必要な装置や油圧シリンダーが装着可能かも確認しましょう」

 名香野先輩がてきぱきと指示していった。

「時間がないから効率的に作業を進めましょう。じゃあ最初に重量と重心の検査ね」

「了解!」

 一人を除いて、元気よく声を出した。

「あれー、みんなー。先に祝勝会は?」

「古賀さん、適当に時間を見つけて食べますので、とりあえず片づけといてください。私たち、これから死ぬほど仕事しますので。さあ、みんなでこの子を格納庫まで運びましょう」

 目をぱちくりさせている会長の顔を見て、湖景ちゃんがクスリと笑った。名香野先輩が会長から一本とったのは初めてだろう。人間の成長とは恐ろしいものだ。