二次創作小説「水平線まで何マイル?」

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5章 僕らは前に 進み出す(8)

          8

 

 6月27日(月) 北東の風 風力1 雨

 きのうからの雨が、相変わらず降り続いている。場所によっては豪雨で、洪水注意報も出ているようだ。二週間予報によると、六月の東葛地方の雨量は平年並みだが、例年より太平洋高気圧の勢力が強く、七月上旬には梅雨明けしそうだという。

 三時間目の情報の授業はプログラム制作なのだが、これが意外に早めに片づいたので、やることがない。パソコンから顔を上げると、同じように暇そうにしている男が一人いる。学内LANを使って、メールを打ってみた。

>上村……元気か?

>親友よ、今が授業中と知っての呼びかけかね?

>それにしては暇そうだな。もう終わったのか?

>ああ、こんな授業は受けるだけ無駄だな。そもそもプログラミング技術を情報と呼ぶのは、何とかならんのかね。情報とはもっと生きた知識であるべきだ。そう思うだろう?

>上村、僕たちって親友だよな。

>そうだが。

>上村、僕っていい男だよな。

>……そう思うが。

>その「……」は何だ?

 緊張感とは無縁のやり取りが続く。ウェブというシステムを最初に考案したのはヨーロッパにあるセルンという研究所の技術者らしいけど、自分の発明した技術が極東の高校生のサボリと暇つぶしに利用されるとは想定しなかっただろうな。まあ電話を発明したベルも似たようなものなのだろうけど。

>気にしなくていい。それより、何か不安でもあるかと推察したが?

 突然、上村が会話を変えてきた。

>そう思うか?

>うむ、過去を鑑みるに、平山が本題になかなか入ろうとしない時は悩み事を抱えていることが多かったからな。

 そうだったかな。なんというか、僕のこともしっかり観察しているところが、上村らしいといえばらしい。

>宇宙科学会の飛行機作りが、うまくいってないというところか?

>いや、そんなことはない。問題は山積みだが、全体としてみたらよくやっていると思うが。

>若き情熱にかけるものが平山にもできたと聞いて、俺はうれしいぞ。

「なんだよ、それ」

 思わず声に出てしまった。教壇の先生が顔を上げたので、あわてて顔をモニターの影に隠す。

>平山は何でも小器用にこなすくせに、熱を入れて物事に取りかかることがなかっただろう? それを常々、もったいないと思っていたのだがね。

 確かに、今では放課後が待ち遠しいと思うようになっている。補習を避けるために、授業に出るようになったのは副次効果だ。わからない部分はわからないが、少なくともここ二週間に新しく教わった部分は、それなりに消化している。そして何より、旧校舎に行ってみんなでひとつの目標に向かって作業する毎日が楽しい。

 日曜日の帰り、僕は本屋に立ち寄り、スカイレジャー特集をしていた航空雑誌を、初めて買った。以前はまったく接点のなかった飛行機に、今は何でも関わりたいと思う。まるで生まれ変わった気分だ。この先、まだまだやる気が出るのだろうか。次に何が起きるのか、本当に楽しみになっている。

>自分でも不思議に思っているよ。航空部にも、本気で勝ちたくなってきたな。委員長も乗り気になっているし。

 上村の返事はなかった。そこで先生が巡回を始めたので、会話は打ち切りとなった。ただ、メールのやり取りを見直しているうちに、上村の言っていた不安の一つに、思いあたった。例の花見の抗議の件だ。先輩は、どう乗り切るつもりなんだろう。

 月曜日ということで、午後は朋夏と部室に行った。名香野先輩は予定通りの欠席だ。

「じゃーん。モーターとバッテリーが届いたよー」

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 会長が木箱を乗せた荷台を押しながら現れた。いよいよ、という感が深い。これを無事に装着できれば、僕たちの飛行機が完成する。

 会長が木箱から取り出したモーターは、意外に重量感がある。バッテリーは平べったいが、こちらも質感があった。

 会長と湖景ちゃんが議論していたバッテリーは結局、エンジンルーム外に外付けする案が採用されたらしい。電気コードは見た目にもかなり太い。人が乗った飛行機を飛ばす電気を送るのだから、無理もないが。

「さて、今後の作業についてだけど。コカゲちゃんには、そろそろ機械の制御プログラムにかかって欲しいんだけど、いいかなー?」

「あ……はい」

 キットには、特にエンジン系統を管理する制御プログラムが、計器に接続されるコンピューターに、あらかじめ入力されている。初心者向けのULPでは、緊急時などエンジンの自動制御や離着陸の自動指示など、パイロットの負担を減らすさまざまな工夫が凝らされている。これをLMG用に改良するのが、湖景ちゃんの次の仕事だ。

「制御プログラムの基本言語はiθのバージョン6.2です。ミニコンにダウンロードしましたが、機械コンピュータの現場で汎用されている扱いやすい言語ですし、お母さんの助けも借りれば、時間はかからないと思います」

 水にあった仕事が与えられたためか、湖景ちゃんの声が何となく明るい。

「よろしくねー。じゃあ、機体の仕上げは今後、ヒナちゃんとソラくん中心ということで。もちろん制御担当のコカゲちゃんの意見を十分に聞きながら作業するんだよー」

「了解です、会長」

「トモちゃん、操縦訓練の方はどうかなー?」

「とりあえず単独飛行に必要な訓練時間を消化しないと、指導員のサインがもらえません。昨日飛べなかったのは痛いですが、来週には何とか」

 ULPの操縦には今も免許は必要ないが、国内でスカイスポーツがメジャーになった近年、飛行計画や空域などの書類を申請する際に役所がパイロットの操縦経験などを含む審査を行うよう、法令が改正された。ただ審査は形式的なもので、パイロットが規定の訓練時間をこなし、航空関係法令を理解したことを、市民滑空場などに常駐する航空指導員がサインで証明すればいい。

 小型機の自動操縦プログラムが飛躍的に進歩したおかげもあり、航空法令も難しい内容ではなく、二日も勉強すれば十分という。このため、花見のように十歳過ぎたばかりのパイロットも、数は少ないが誕生しているが、その分、事故防止のために飛行空域や航空コンピューターの搭載などの条件が、厳しく規定されている。

「そうすると、飛行計画の書類も、トモちゃんの飛行許可を前提として空欄にした申請が必要になるだろうねー」

「僕はよくわかりませんが……いくら簡素化といっても、そんなのありなんですか? 朋夏の許可が出てから、申請、審査という運びになるのでは」

「問題ないなーい。試験飛行の日までに、体裁が整えばいいんだから」

「会長さん……そういうものでしょうか」

「本当は全然、そういうものじゃないよー」

 三人がきれいにそろって、椅子から落ちた。

「でも役所ってのは、こっちの交渉の仕方次第で、なんとかなるもんだよー。要領、要領」

 そういうもんですか。では会長に一任します、としか言いようがない。

「委員長の時みたいに、弱みを握って交渉するような真似はやめてくださいよ、会長?」

「……えっ?!」

 だから、そこで驚かないでください。こっちが不安になりますから。

「あー、冗談冗談。脅したり泣かせたりなんか、するわけないよー。平和な家庭は乱すものじゃないもんね」

 平和な家庭のある役人を、脅したり泣かせたりするつもりだったんですね、会長。

「不安なら、ソラくんも交渉についてくる?」

「絶対、行きません」

 あんな修羅場に同席するのは正直、もう御免蒙りたい。

 あとはスケジュールの組直しをしたが、モーターの調整にどれくらいの時間がかかるか、想像しにくい。順調に進めば、週末には機体は完成するはずなのだが。名香野先輩の意見が欲しいところだ。そういえば、中央執行委員会ではうまくやっているのだろうか。