13章 重ねた努力に 裏切られ(4)
この日の訓練の結果、機体の完成を一日でも急ぎ、機体の実データをシミュレーションに乗せることが急務となった。機首上げ時の飛行特性がわからければ、朋夏の操縦桿の特訓も、意味が半減する。
「部品の削りこみはまだ足りないけど、バランス調整に配慮しながら作業は行っている。現状でも、この機体は飛べるはずです」
夕食前に花見が全員を集めて話し始めた。「花見ミーティング」も徐々に恒例になりつつある。
「まずは組み立てて、飛べる状態にすることを優先します。なんとか明日中に完成させましょう。削り込みは夜に集中的に行います」
飛行機の再組み立てを想定しながら分解したので、組み立てだけなら一日あればできるはずだ。ただ安全性の十分なチェックは必要だろう。分解時に、名香野先輩が作った組み立て設計図が、全員に配られる。
「津屋崎さんは、シミュレーションプログラムの改良に引き続き取り組んでください。残りの全員は、できるかぎり機体の作業を手伝ってほしい」
「了解~」
明るい声で敬礼したのは、肉体労働意欲に乏しい会長だ。もっとも、肝心な時には手を抜かずに作業をするのが、会長という人でもある。
その後、僕は教官と風呂に入った。風呂でその日の訓練内容や飛行機の進展具合を確認しあうのも日課になった。
「朋夏のバランス訓練は順調のようですが、飛行は大丈夫でしょうか」
「墜落の心理的な影響を心配したが、今のところは問題なさそうだ。あとは新しい機体と水面飛行の操縦に、短い時間で慣れることができるかだが」
「予選会の墜落、もう忘れているみたいですね。あいつ単細胞だからなー」
「単細胞、大いに結構。パイロットは飛行機においては一個の部品となる。数ある部品の中で最高の部品、それがパイロットなのだ」
教官が独り言のように言いながら、自分でうなずく。
「部品ならば、機能はシンプルに越したことはない。シンプルな構造の部品は、それゆえ信頼性も高く、強度もあり、破損も少ないものだ」
確かに朋夏の思考回路は明快だ。そして、裏表がない。だから信頼に値する。人でも機械でも、真理は変わらないのかもしれない。
「ただ、あれだけ派手な墜落を経験すると、操縦桿を握るだけで体や心が急に萎縮することがある。フラッシュバックの警戒はすべきだろう」
あの墜落は本当に、肝が冷えた。だが朋夏が目を覚ますと元気な様子で、その後遺症を心配することを忘れていた。
「だけど、本当にこの飛び方を朋夏がマスターできるのでしょうか」
「正直言えば、花見でなければ難しいかもしれん。だが、やってみなければ結果を知ることもできん。そして人が何かに挑むのは、結果を知らなければこそではないのか?」
確かにそうだが、問題は失敗した時のリスクが大きい点だ。
「仮に努力が報われなかったとしても、努力は必ずそれを行った者の人生の糧となる。……ただ、硬くシンプルなものほど、一度壊れると修復が難しい」
「え? どういうことですか?」
僕の問いかけに、教官は一呼吸を置いた。
「平山。俺がいかに花見や宮前に厳しい特訓をしようと、教えられるは畢竟、技術的なことまででしかない」
僕は教官の厚い背中を、石鹸をつけたスポンジでごしごしとこする。
「他人の知識に基づく技術論は、あくまで一般論だ。そこから自分に最も適した答えを導き出すのは、宮前本人だ。宮前が問題に直面し、己の知識や他人の経験を超える何かを必要する場合、別の助けが必要になる」
「それが僕の役割、というわけですか?」
「そういうことだ」
よくわからない、哲学的な話になってきた。
「できない、と思うか?」
飛行機の技術論で、僕が朋夏をサポートできることは、恐らく何もない。しかしパイロットへの助言は、必ずしも飛行機の技術論だけとは、限らないだろう。誰よりも朋夏とつきあいが長い僕だからこそ、朋夏が悩んだ時にヒントを出せる場面が、あるのかも知れない。
「朋夏のことだったら、僕なりに助けることができると思います。本当にあいつが、他人の手助けを必要とするのかは、わかりませんが」
朋夏は体操のことも飛行機のことも、基本的に一人で解決してきた。
「そうか。今はそれで十分だ」
教官は、にやりと笑うと、僕と交代した。教官は僕の背中を洗濯板のようにこすりあげ、思わず悲鳴を上げた。