二次創作小説「水平線の、その先へ」

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12章 機体に夢を 膨らませ(6)

「まずピッチ角の調整です。これには可変ピッチ角を導入したい、と僕は思っています」

 花見の花見の説明によると、プロペラが回転する時に空気のぶつかる角度がピッチ角だ。これがないと空気を後ろに送れず、プロペラを回しても飛行機は前に進まない。ピッチ角は加速する時には絶対に必要だが、巡航速度を保つ時には空気抵抗を増やすだけの邪魔者だという。

「可変ピッチ角とは、飛行中にピッチの角度を変えることです。加速中はピッチを斜めにし、巡航になったら垂直に立てて空回しにすると、無駄に空気をかかなくてすむ」

 花見はホワイトボードに図を書いて、説明してくれた。

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「飛行中にバッテリーが切れても、空気抵抗が少なくなります。減速する時のリバースピッチもありますが、今回は考えなくてもいいでしょう」

 プロペラ一つでも、空気抵抗を減らす努力が必要なのか。白鳥の時には、考えもしなかった改良点だ。ますます大変な世界に入ってきた。

「花見君、それはシステムが複雑にならない? 飛行中に回転するプロペラの角度を変えるのよ。簡単には改造できないんじゃないかしら」

 問題点を的確に突いた名香野先輩に答えたのは、教官だった。

「ピッチ調整を変更させる部品自体は、実はこのプロペラに組み込まれている。それに気づいたのは花見だ」

「そういうこと。僕のアイデアみたいに言ったけど、実は後付けに過ぎない」

 花見が苦笑いする。すると、この機体はもともとピッチ変化を想定して作られたというわけだ。

「二十年前の代物だから、可動部品やインターフェイス、プログラムは交換が必要だ。だがそこさえクリアすれば、可変ピッチは理論的には機能する」

「納得しました。すると、今後の機体の整備は、どうなるのかしら」

 名香野先輩が、話の先を促す。

「まず、機体の軽量化です。僕が図面を順次作っていきますので、決まった部品から削っていき、完成したものから順に組み立ててください。これには平山君と名香野先輩に、協力をお願いします」

「了解」

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 先輩が親指を立てた。

「それと、フライ・バイ・ライトの仕様変更ですね。こちらも図面を引いておきます。なるべく早めに動作試験だけでも行いますので、津屋崎さんはミニコンでの操縦のコンピューター制御、あとシミュレーターの改良を頼みます」

「はい。とりあえず機体が形になるまでは、シミュレーションの操縦系インターフェイスの調整をしながら、3D画像の見た目をもう少し改善させようと思っています」

 湖景ちゃんの顔に、自信が漲っている。

「あとは可変ピッチ角の制御ですが……その前に、フライトプランでも、可変ピッチ角調整を最大限生かす方法を考えました」

 花見の言葉に、全員が再び目を向ける。

「この機体は自重に対して、面積の広い翼を採用しています。これを生かすために、水面効果を最大限に利用したい」

 水面効果。また新しい言葉が出てきた。

「簡単に言うと、飛行機の高度を保つのではなく、海面に近い低高度で飛行させます」

 僕たちは、口をぽかんと開けてしまった。距離を稼ぐなら、何よりも高度を稼ぐべきではないのか。花見はホワイトボードに絵を描き始めた。

「海面に近くなると、翼の下を通る空気が海面に当たり、反発して翼を持ち上げます。この揚力を利用して滑空し、限界まで飛行距離を稼ぐ」

「だけど花見、海面に近いとすぐに落ちるんじゃないか?」

「うん。そうならないようにスピードを作るんだ」

 花見はマーカーで、ジェットコースターのような山型の軌跡を描く。

「テイクオフしたら、バッテリー効率を最大限にする角度で上昇。バッテリーが切れたら操縦桿を押し下げ、飛行機を加速させて海面すれすれで機首を引き起こす。後は高速を保ったまま、低高度を限界まで維持します。下降時に効率よく加速するために、ピッチ角を途中で変更する」

「待ってください、花見先輩。いくらこの先尾翼機に技術的な工夫があるとはいっても、低速飛行の安定性に難があるのが宿命というなら、水面効果を利用するにしても不利ではないですか?」

「津屋崎さん、だからスピードが大事なんだよ。高度と重力加速度、ピッチ調整で限界までスピードを上げれば、この機体でも通常翼に負けない距離が稼げるはずだ」

 今度は、しんとなった。

 操縦桿の操作とモーターの出力調整、ピッチ角の切り替えを計算通りに行いながら、アクロバティックな飛行をする。機首下げの角度を間違えば失速、引き起こしに失敗しても海面に激突だ。飛行機の速度も、朋夏の経験にないものになるだろう。いくら運動神経がいいと言っても、完全に身につけることができるだろうか。

 その朋夏はというと、腕を組んで考え込んでいる。やがてみんなの視線に気づいて、口を開いた。

「イチかバチかは好きなんだけど……問題は、飛行中の操作が、相当面倒になる点かな。あれもこれも考えてやるっていう点が、不安だなー」

 体を動かすだけならまだしも、この操縦は状況判断が勝負だ。豪胆な朋夏が消極的になるのも、無理はない。

「……ほら、あたしってさ、習うより慣れろってタイプだから、ね?」

 朋夏は、ロジックより体で覚える方が得意だ。そこで教官が口を挟んだ。

「宮前に本当にできると思っているのか、花見?」

「正直に言えば、厳しいと思います。操縦の手順を完璧にマスターする必要があるだけでなく、高度計や風向きを計算に入れて操縦を変える、臨機応変な対応も必要になります。宮前君の才能は買いますが、今回は絶対的に時間が足りません」

 ふーっ、と全員が息を漏らす。難しいなら言わなければいいのに。

「ただ機体の性能を最大限に引き出す可能性だけは、考えておかないと。できるところまではやりたい」

 なるほど、読めた。花見の発想には、この機体の優れた性能を最大限引き出すにはどうするか、という視点が根底にある。いかにも機体にほれ込んだ男の思考らしかった。

 そこで僕の脳裏にアイデアが浮かんだ。花見が機体の性能を引き出すプロなら、朋夏の才能を引き出す方法を考えられるのは僕なのだ。

「湖景ちゃん。飛行プランの一部を自動化できないかな」

「自動化……ですか?」

「朋夏の頭の負担を減らしてやるんだ。初めから飛行プランに沿った、操縦システムの切り替えプログラムを組み込んでおく。理想は、朋夏が操縦桿の上下のタイミングさえ間違えなければ、水面飛行に移れるようにしたい」

「そうですね……」

 湖景ちゃんが、頭をめぐらす。ロダンの彫刻のようにひざにひじをついて、たっぷり一分ほど考えてから、一言一言、ゆっくりと話し始めた。

「機械の自動制御で、最も難しいのは……いざ動作不良で機能しなくなった時に、人間の安全を保証できるか、なんです……」

 言われてみれば、その通りだ。自動で動かすことよりも、動かなかった時の対処に先に着目できるのはすごいと思う。

「お話を聞いていますと今回のオートシステムのポイントは恐らく、機体の上昇時のモーター出力調整と、バッテリーが切れる直前にピッチ角を調整する部分ですから、飛行計画の前半で自動機能は終了しますね……万一動作不良を起こしても、高度を保ったまま手動で滑空するように飛行計画を変更すればいい。そこさえ妥協していただけるなら複雑なリカバリーシステムを考えなくて済むので、自動化は可能と思いますが」

 途中から急に湖景ちゃんが早口になってきた。なんかいきなりハイテンションに切り替わった感じだ。

「出力調整は無理に自動化しなくてもいいと思う。やはり問題はピッチ角だと思うけど」

「それなら高度と回転数、バッテリー残量を見て制御するシステムになりそうですね。あ、対気速度も重要かも。それで抵抗が最小になるように……」

 なんか機関銃みたいな喋りになってきた。

「翼端制御もできますけど、電力の消費を考えると無理すべきではないかもしれません。その分センサー類を配置してデータをとるようにしましょうか。センサー自体はそれほど重さもありませんし」

 僕たちは顔を見合わせた。何事にも引っ込み思案だった湖景ちゃんが、これほど生き生きとするとは。そこで湖景ちゃんは、自分のハイテンションに気づいたらしい。急に顔を赤らめ、うつむいてしまった。

「わ、私……はしゃぎすぎ、ですよね……」

 これに最初に答えたのは朋夏だった。

「いやー、正直びっくりしたけど、湖景ちゃんがこんなに元気な子だったんだなーってわかって、楽しいよ!」

「楽しい、ですか……」

 湖景ちゃんの顔に、安堵の色が浮かぶ。人間は、誰しも自分の好きなことを発信する場を求めているのだろう。朋夏の無邪気な発言が、湖景ちゃんの自信になってくれればいいと思う。

「津屋崎さん、それで十分だ」

 花見が笑顔で答えた。

「システムがダウンしたら通常飛行、順調に動くなら水面飛行にチャレンジする。宮前君に必要なのは、飛行中の決断と、操縦桿の操作だけだ」

「それだけなら、あたしにもなんとかなりそうかな」

「花見君、でもピッチ角の自動調整には別に電力が必要じゃないの?」

 名香野先輩の質問に、花見は首肯する。

「もちろん。ただ今回のバッテリーは一応ULPを飛ばすほどの大容量ですから、全体から見ると影響は少ないでしょう」

 補足したのは、湖景ちゃんだ。

「フライ・バイ・ライトでもモーター付きの駆動装置をつけて電力を飛ばしていますから。プロペラ部分なら通常のワイヤで電力を供給できるし、いけるんじゃないですか」

「決定だねー。じゃあ私はピッチ角を調整するハード部分を作るよー」

 古い部品と交換して電子部品をプログラムと同化させる面倒な作業のはずだが、会長はピクニックに行くような気軽さで引き受けた。