二次創作小説「水平線の、その先へ」

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11章 眠りが覚めた 栄光の(5)

 人数が増えたことで、作業分担を再検討した。花見はチーフエンジニアとして機体の改造と調整、さらに朋夏のアドバイザー役も務める。一人何役にもなって大変だが、サブエンジニアは切れ者の名香野先輩だから心配ないだろう。実際の製作は、名香野先輩と僕が中心となる。湖景ちゃんは機体のソフトとシミュレーターに、ほぼ専従できることになった。

「それと、花見は今後のパイロットの訓練にもできるだけ参加して欲しい」

 教官からのリクエストは、僕たちを驚かせた。

「僕が訓練ですか?」

 花見も戸惑っている。

「一つは宮前への具体的な操縦指導。もう一つはバックアッパーとしての戦力だ。万一、宮前がけがなど不測の事態で操縦できなくなった時、花見にパイロットを頼むことになる」

 花見は会長のやる事務作業以外、実質的に全部担当というわけだ。

「新入部員はコキ使うのが宇宙科学会の伝統なんだよー」

「古賀さん、だからあなたが言うと冗談に聞こえませんって」

 入って早々にコキ使われた、名香野先輩が突っ込む。

「いいのかなあ。あたしより花見君がパイロットになるべきじゃないの?」

 朋夏は重大事をけろっとした表情で言う。だが花見は同意しなかった。

「僕は航空部で負けた人間だ。まず宮前君が乗る、これは大前提にすべきだと思う」

「でも全国大会だよ? 勝とうと思ったらさ……」

「機体の整備に全力を尽くすこと。これが僕に最初に与えられた仕事だったんじゃないかな?」

 朋夏が何かを言いたそうだったが、それを制したのは教官だ。

「メインパイロットは宮前だ。花見に奪われないよう精一杯やれ」

「はーい」

 朋夏がおどけたように答えた。

 それからようやく午前中の作業に入った。まずは機体の再点検だ。花見がかなり専門的な質問をぶつけるため、教官も点検に加わった。力仕事が当分始まりそうになかったので、僕は朋夏の訓練に合流した。

 朋夏はロードワークに出ていた。海岸沿いのコースは、これまでの訓練で把握している。研修センターにある自転車を借りて、僕は銀輪を港町の方向に向けた。

 海岸沿いに、国道を走る。きょうは平日で、ここまで来ると車通りは少ない。右手の海には大きな入道雲が立っており、南風が頬に当たって心地よい。内浜の工業団地が発展していれば、この辺りの丘も住宅街になっていたかもしれないが、今は鳥のさえずりや蝉の鳴き声を楽しみながら、サイクリングを楽しむことができる。これはこれで、贅沢な空間だ。

 やがて道路の向こうから、赤髪のランナーがこちらに走ってくるのが見えた。朋夏は身長が低いせいもあって、遠くから見ていると中学生の男子にしか見えない。

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 朋夏はちらと僕の自転車に目を向けただけで、スピードを落とさないまま僕の脇を走り去った。僕はすぐに車体を反対方向に向け、ペダルを漕いで追いつく。さっきすれ違ったばかりなのに、自転車でも追いつくのは、けっこう難儀だった。

「おう。調子はどうだ?」

「うん。まーまーかな」

 朋夏のまあまあは、常人の絶好調であることを、僕はよく知っている。

「はっ……はっ……」

 朋夏が快調に歩道を駆けていく。ここの南風は山越えになるので、やや冷気を含んでいる。旧校舎の周囲はどこかのんびりとしていて刺激は少ないけれど、こうしてランニングするロケーションとしては、悪くない。景色も広々としているし、夏で深くなった緑が目に優しい。きつい海風に比べると、ずっと走りやすいはずだ。

 やがて朋夏は国道を外れ、旧校舎へと続く坂道を戻っていく。自転車で登るには、ゆるくて長い分だけ、きつい坂だ。

「ふー、気持ちよかった」

 グラウンドの芝生に走りこんだ朋夏は、大きく空を仰いだ。

「お疲れさん」

「午前中は、これで終わりだね?」

「教官のメニューによると……そうなっているけど」

「まだ余裕あるんだけど、こんな軽いトレーニングでいいのかな?」

 たぶん、僕に会う前に一時間くらいは走っていたはずだ。これを軽いというのは、朋夏らしい。

「どうもやれるだけやっとかないと不安でさ」

「鍛えすぎて筋肉つきすぎて、体重増えたらまずいだろ。それともマッチョになりたいのか?」

「ならない! なりたくない!」

「じゃあ、いいんじゃないか。基礎体力があれば十分だろう」

「でも時間が余るっていうのは……厳しい状況だからこそ、時間は有効に使うべきでしょ?」

 朋夏は僕以上に、機体の話にはついていけない。ただ朋夏の頭の片隅にも、焦りはあるのだろう。競技は違っても、全国の舞台に立った経験のある朋夏が最初から負ける戦いを挑もうとするはずがない。前の機体は何とか間に合わせたが、今度の機体は本当に間に合うのか。

「機体は何とかする。悪いが、また信じてくれとしか言いようがない」

「了解!」

 朋夏が笑顔で敬礼をして見せた。

 そこで会長が現れ、僕たちを呼びにきた。会長は手にコンビニ弁当を人数分、ぶら下げている。食糧の買い出しなど後方支援は、僕と会長の仕事だ。

「すみません、会長が買い出しに行ってくれたんですね」

「かまわないよー。みんなで難しいお話をしているから、私にできるのはこんな仕事くらいだからねー」

 会長はそう笑っているが、実は機体についても結構難しい意見をしている。

「二人ともお疲れのところ悪いけど、ヒナちゃんが呼んでるみたいだから。まずは格納庫に行くといいよー」

 会長に促され、僕たちは格納庫に顔を出した。花見と湖景ちゃん、教官もいる。飛行機には、まだ手をつけた様子がない。

「どうですか、花見の様子は」

「さすがに専門家の意見はすごいわ」

 名香野先輩は、早くも舌を巻きましたという顔をしていた。

パイロットグループも戻ったようだね。食事の前で悪いけど、少しミーティングをしておきたい。いいかな」

花見が、そう提案した。