二次創作小説「水平線の、その先へ」

当ブログは二次創作小説(原作:水平線まで何マイル?)を掲載しています。最初から読みたい方は1章をクリックしてください。

10章 大地を離れて 天翔ける(7)

 f:id:saratogacv-3:20210129020952j:plain

 そのあと水面ちゃんの突撃取材が始まり、集合写真を撮影し、宇宙科学会の一人一人にインタビューをして回った。取材が一段落したのは、太陽が午後を回ってからのことだ。

 名香野先輩は、宇宙科学会の存続についてお墨付きをくれた。先輩は予選会開催の決定後まもなく、大会本部の審判団をそろえた予選会という条件で全国大会優勝の航空部との決戦に勝ったなら、学外からの第三者の評価という基準を満たすと解釈し、宇宙科学会を存続させることを委員会で決議していたそうだ。

 先輩は委員長職を失ってはいるが、「決議は文書にして学園側も決済したので、これから覆ることはないわよ」と断言した。あまりの手回しのよさにびっくりしていると、「これは負けたら私がどう手を回そうと廃部にするっていう文書だよー。委員会の他のメンバーは宇宙科学会に勝ち目がないと思ったから、同意したんでしょ?」と会長が解説し、先輩は苦笑いした。

 なるほど、僕らが負けた場合には、一切の温情も後腐れもなく廃部手続きを断行、宇宙科学会の活動に参加した先輩の公平性も証明される仕掛けなのだ。先輩の何から何まで隙のない仕事ぶりには、感心するしかない。

 僕たちは壊れた飛行機と滑走路の破片を片づけてトラックに積み込み、旧校舎に凱旋した。僕たちはトラックの荷台でも陽気だった。そして機体を降ろし、ひとしきりの興奮の波が去った後には、勝利の代償と呼ぶにはちょっとばかり重たい現実が、僕たちの目の前に姿を現した。

 格納庫に戻った白鳥は、今や完全に残骸だ。折れた翼はリムをむき出しにし、カーボンの本体は割れて断面をさらしている。今朝までは完璧な状態だったのに、今はスクラップ同然というのが物悲しい。ボロボロになった機体が、あの墜落の衝撃を物語っている。

「ごめんなさい……あたしがあの横風に対応できていたなら……あそこでペダルを踏み間違えるなんて……もっと操縦訓練をしていたなら」

「その辺にしておけよ、朋夏」

 僕は一転してしょんぼりしてしまった朋夏を諭した。

「宮前先輩だけの責任じゃありませんよ。それに宮前先輩ががんばってくれたから、こうして宇宙科学会が存続できることになったわけですし」

「この白鳥を飛ばしたのは、みんなの力だよー。トモちゃんが一人の力で飛ばしたと思っているのなら、ちょっと違うんじゃないかなー」

 会長の力はどの程度……という言葉は飲み込んでおこう。

「あと、お前がけが一つなく、こうして元気でいられるのはさ」

 僕は白鳥の折れた翼を軽くなでてやった。

「こいつが代わりに翼を折ってくれたからなんだ。もしこいつが頑丈で機体が壊れなかったら、衝撃で朋夏の骨が折れていたのかもしれないんだぞ」

「空太……」

「そうね。機体が墜落した時、宮前さんが死んでしまったかと思ったもの」

「派手に壊れたので心臓が止まりそうになりましたが、宮前先輩が助かったのも、この子がうまく潰れてくれたお陰なんですよね」

 朋夏が僕と同じように、翼を軽くなでた。

「ごめんね……あたしを守ってくれたんだ……この翼が」

「白鳥がお前に、もう一度空を飛べって言ってるんだよ、きっと」

 恥ずかしい台詞と思ったが、みんなは素直にうなずいてくれた。しかし朋夏の涙腺が緩みかかっていたので、僕はもう一度朋夏の頭を引っ掻き回してやった。

「お前もさ、凹むなら坊主頭で凹むなよ! 絵になんないよなあ」

「ちょっと! 人の頭をバスケットボールみたいに扱わない!」

 朋夏はあわてて涙を隠した。そして笑顔でみんなの方に向き合った。

「あたし、やるからね。大会の方もがんばる」

「その意気ね、宮前さん! あとは機体を何とかするだけよ!」

 と名香野先輩が言った瞬間、たぶん会長を除く全員が深刻な問題に気づいて、その場でうつむいてしまった。

 ……そういえば、大会用の機体はどうするんだ?

 世界が一瞬で漂白されてしまった気がした。