6章 仲間と試練を 乗り越えて(7)
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7月4日(月) 西の風 風力3 雨
テストの前日とあって、授業はそれほど進展しない。テスト向けに重要な部分を復習する内容が多い。この二日間、がむしゃらに勉強したおかげで、少し内容がわかってきた気がする。一週間早く始めていれば……という後悔の台詞は、きっと次の試験前にも考えるのだろう。人間とは、そういう動物だ。
きのうは眠さ全開だった朋夏だが、家に戻って布団に直行、朝まで一度も起きなかったという。そのせいか今朝はシャキっとしていて、授業も真剣に聞いている。時々額に手を当てたり腕組みをしているから、すべて理解できたわけでなさそうだが、いい感じで集中力が高まっているのではないか。
放課後の部活動は禁止なので、昼休みに部室に顔を出すと、自然に全員が顔をそろえていた。ふだんは昼には来ない名香野先輩に加えて、驚いたことに教官までいる。
「学生の部活室というのも、何か懐かしくてな。また来てしまった」
と、サングラスをかけたまま笑っていたが、中年のおじさんの同席は「場違い」という言葉しか浮かばない。この人、筋骨はたくましいし朋夏のトレーニングにも詳しいから、高校時代はやっぱり体育会系なのだろうか。それにしては知的な雰囲気もあるから、不思議な人だ。
「試験期間中は勉強に打ち込んで欲しいが、宮前にはトレーニングメニューを持ってきた。勉強で疲れた時に、軽く体を動かしてくれ」
と、朋夏にストレッチとバランス養成のメニューを渡していた。
「ふう……」
気づくと、名香野先輩がこめかみに手を当てて、少し顔をしかめている。
「大丈夫ですか、姉さん?」
「うん……ちょっと、疲れが出たかな。勉強と飛行機、委員会の鼎立は、さすがに厳しかったわよ」
笑顔を作ったが、心なしか顔が赤い。いつもきびきびして、多少の疲れなら周囲に見せない人なのだが、きょうは珍しく顔に無理が出ていた。
「姉さん、きょうは早めに帰って、ゆっくり休んでください。試験を休んでしまうと、元も子もないですから」
「ええ。そうさせてもらうわ。大丈夫、試験対策はもう終わっているから」
試験前日に試験対策が終わったと公言できるのは、さすがの俊才である。
先輩なら、多少の体調不良ぐらいで赤点を取るような失態は、犯さないはずだ。会長と湖景ちゃんも、心配はない。やはり問題は、僕と朋夏だ。それなりに勉強と試験対策はしているのだが、成功するという確証がない。
「朋夏、授業中は好調みたいだったけど、何とか赤点は抜け出せそうか?」
「うううー……まずい、かもしれない」
残念ながら、いつもの朋夏だった。頭を抱えたまま、視線が虚空をぐらぐらとさまよう。
「先輩方に見てもらったおかげで、一通りはやれるようになったんだけど、どうにも頭がよくなった気がしない……」
その気持ちはわかる。試験が近づいてくると焦りが募るばかりで、集中しているようでもちっとも頭に入る気がしない。ただ教科書を眺めているだけ、という感じだ。
「前にも言ったけど、宮前さんは問題を一つ一つ確実に解くスタイルがあっていると思うわ」
「そうだねー。もう教科書は読まなくてもいいよー」
名香野先輩と会長のアドバイスに、朋夏が顔を上げた。
「問題をどんどん解いて、わからなかったら教科書を開く。教科書を前から読むより、その方がトモちゃんにあっている気がするよー」
なるほど、そういう勉強法もあるか。人にもよると思うが、面倒くさがりの会長がもし勉強するなら、この方式だろう。そして名香野先輩には、絶対できない方法だ。違うタイプの優等生が仲間にいるのは、こういうメリットもある。
「今夜も勉強するつもりなんですが、そこでワンランクアップできなければ、今までどおりの結果に……」
朋夏の顔に「玉砕覚悟」という名の悲壮感が溢れてきた。
「今回だけは赤点は勘弁……なのにあたしって全然……」
がっくりと肩を落とす後姿に、ますます不穏なオーラが漂ってきた。
体育会系のスランプは、しばしば精神的に負のスパイラルに陥る。真面目に取り組もうとする奴ほど、その傾向が強い。朋夏は授業はきちんと出るなど、意外に万事、真面目に取り組むタイプだ。うまく励ましてやらないといけないのに、うまい言葉が思いつかない。
「あたしの赤点が、みんなの赤点なんだよ……これは連帯責任だよ……」
最後はまるで湖景ちゃんのような、か細い声になった。相当の重症だ。
そして、朋夏のプレッシャーの理由も知れた。
体育会系の人間に、連帯責任は最大の弱点なのだ。これにはさすがの会長も、説得の言葉が浮かばないようだ。陽向・湖景の姉妹も、完全に沈黙している。勉学優秀な彼女達は、体育会系を勉強に向けさせるような言葉は持ちあわせていない。まずい。何か、何か打つ手はないのか?
その時、教官がずいと一歩、前に出た。
「宮前、努力と気合と根性だ!」
「えーっ!」
朋夏のみならず、全員の声が裏返った。
「努力と気合と根性があれば、どんな不可能だって可能になる!」
なんだかもう訳がわからないが、こうなったら説得を続けるしかない。
「そ、そうだぞ、朋夏! 一晩根性を入れて勉強すれば赤点だって満点になるはずだ!」
「……」
はいはい、そりゃあきれますよね。自分だってわかってるんですよ。
「そ……そうだよね、空太!」
……効いてる。体育会、すげえ。
「努力と気合と根性……そうよ、あたしにはそれあったんだ。乗り切れない壁なんかないっ!」
「よし! お前ら、そうと決まったら、きょうは帰って勉強だ。明日に備えて、根性を入れるんだぞ。解散っ!」
「おーっ!」
なぜか一番大きな声で叫んだのが、朋夏だった。
結局、試験期間中は会長がつききりで、朋夏の勉強の面倒を見ることになった。朋夏は根性で元気が出たが、本当は僕だって危ない。とにかく今は、飛行機のことは頭から振り払おう。会長のような天才でも、名香野先輩のような秀才でもない非才な身としては、きょう一日で、どこまでできるかが勝負だ。連帯責任という言葉が、今度は僕の肩にずしりとのしかかってきた。