二次創作小説「水平線の、その先へ」

当ブログは二次創作小説(原作:水平線まで何マイル?)を掲載しています。最初から読みたい方は1章をクリックしてください。

16章 輝く未来の 懸け橋に(2)

「もう……どうなっちゃうのかしら」 聡明で知られる名香野先輩が、深刻な事態を明らかに持て余している。事務処理の遅れならともかく、ことが人間関係だけに打つ手なしという状態だ。湖景ちゃんは、ますますミニコンの世界にのめり込んでいた。 航空部はその…

16章 輝く未来の 懸け橋に(1)

8月4日(木) 南の風 風力1 曇り きょうも朝からミンミンゼミが、わが世の春が来たとばかりにけたたましい咆哮を上げる。いや、蝉にとっては春より夏なんだけど。夕方になればヒグラシ、夜はカエルと虫のオーケストラだ。田舎の夏は意外に静かな時間がな…

15章 折れた翼が 痛んでも(9)

教官は、静かに語り続ける。後輩の意識は戻ることなく、それから一週間で生涯を終えた。後輩の両親は大学を訴えようとしたが、大学が多額の金を積み、裁判になる前に和解した。事実は闇に葬られ、大会を辞退し、教官は大学から放逐された。 「……だが人一人を…

15章 折れた翼が 痛んでも(8)

目を覚ました時、涙が頬を伝って流れていた。 僕は暗い部屋のベッドに横になっていて、机の上に蛍光灯の明かりがひとつ。その光をさえぎるように、僕の顔を心配そうに覗き込む人影があった。その姿はいつか、夏に近い旧校舎のグラウンドで見た影に似ていた。…

15章 折れた翼が 痛んでも(7)

二年前の十二月二十四日。温暖化の進んだこの国の首都で、師走に雪がちらつくのは珍しかった。 日本で最高の演奏の舞台として知られる、東京KCホールの前に立つ。自分がここで演奏する日がこんなに早く来るとは正直、予想しなかった。だが恐らく、一生に一…

15章 折れた翼が 痛んでも(6)

会長は食堂にいた。なぜかテーブルにウエッジウッドのティーセットが並び、琥珀色の液体が芳香をたたえている。いつのまに合宿所に持ち込んだのだろう。 「会長……ずいぶんと余裕みたいですね」 「んー、そうかな。普通だと思うけど?」 高校生の合宿で普通と…

15章 折れた翼が 痛んでも(5)

8月3日(水) 西の風 風力4 晴れ 「え? 会長さんが私を宇宙科学会に誘った理由ですか?」 朝日の差し込む研修室で、シミュレーションソフトの改良に一心に取り組んでいた湖景ちゃんが手を休めた合間を見計らって、僕は尋ねてみた。会長は行方不明で、花…

15章 折れた翼が 痛んでも(4)

夏の夕陽は、昼と変わらぬ炎の影をグラウンドに落とす。国道から旧校門へと向かう坂に最初に現れたのは、予想通り朋夏だ。運動部で鍛えていたはずの花見に、影も踏ませない走りだろう。朋夏が旧校門を抜けたところで、花見の姿が見えた。朋夏はグラウンドを…

15章 折れた翼が 痛んでも(3)

午後になって教官が戻り、飛行訓練のため朋夏と花見を連れて市民滑空場に向かった。名香野先輩は湖景ちゃんの体調を考えて冷房の効いた研修室に移り、二人でバグのチェックに精を出している。昼食後に覗いてみたら、以前と変わらず仲睦まじく仕事をしていた…

15章 折れた翼が 痛んでも(2)

8月2日(火) 西の風 風力4 晴れ 教官が実行委員会の準備のため、午前中は旧校舎を離れた。大会が近づいていることを実感する。朋夏はシミュレーターでの操縦トレーニングとなった。だが墜落を繰り返し、花火の時の元気はすでになくなっている。 「大丈夫…

15章 折れた翼が 痛んでも(1)

その日の夜は、なぜかグラウンドで、花火大会となった。 仕掛けたのはもちろん、会長だ。どういう手際の良さか、花火だけでなく浴衣まで人数分、そろえていた。 ふだんは作業作業と真面目な花見も、きょうばかりは何も言わなかった。名香野姉妹や朋夏の気分…

14章 無窮の闇に 囚われて(8)

お母さんの姿が見えなくなると、僕と花見は同時に大きな安堵の息を、胸から吐き出した。 「平山君、助かった……正直、どうなることかと思ったよ」 「それは僕も同じさ。でも湖景ちゃんががんばったからこそ、お母さんを説得できたんじゃないかな」 僕は、見た…

14章 無窮の闇に 囚われて(7)

「ソラくん、お仕事。湖景ちゃんのお母さんに、湖景ちゃんを残してくれるよう説得して頂戴」 猫なで声で、予想通り無理難題を押し付ける。 「説得なんて……無理ですよ。お母さんのこと、僕はよく知らないし」 「私は湖景ちゃん姉妹の世話で精一杯だよー。ソラ…

14章 無窮の闇に 囚われて(6)

朝、格納庫に来たみんなは、湖景ちゃんの姿を見て、一様に驚いた。 「湖景! こんなところで、何やってるのよ!」 もっとも反応が激しかったのは、予想通り名香野先輩だ。湖景ちゃんが大丈夫だと言っても、聞く耳を持たない。 「どうして平山君が止めないの…

14章 無窮の闇に 囚われて(5)

8月1日(月) 北の風 風力1 曇り 八月になって最初の一日は、久しぶりの曇り空で迎えた。 僕は寝苦しいベッドで、夢を見た。 夜の街で、雪が降っていた。僕をじっと見つめる男の子がいた。 それしか覚えていないし、それ以上は思い出す気にもなれない。夢…

14章 無窮の闇に 囚われて(4)

「湖景っ!」 名香野先輩が走り寄った。湖景ちゃんはその呼びかけに答えることもなく、肩を揺すって目を覚ますこともない。気持ちよさそうに、静かな寝息を立てるだけだ。悪い予感がした。これは朋夏よりずっと重症ではないか。 「誰か人を……いえ、救急車を…

14章 無窮の闇に 囚われて(3)

何度目の墜落だろうか。急降下まではいいが、機首上げのタイミングが合わない。遅過ぎれば海面に激突し、早過ぎれば記録は伸びない。 午前中の実機飛行は無難にこなした朋夏だったが、午後に格納庫に戻ってシミュレーションを始めると、操縦は進歩するどころ…

14章 無窮の闇に 囚われて(2)

「花見には、夢があるんだよな」 「いきなり、なんだい?」 格納庫に戻った、その日の昼過ぎ。機体のモーターを整備をしていた花見が、びっくりした様子で顔を上げた。 「いや……ちょっと考えていてさ。花見や朋夏の姿を見ていたら……僕も何か見つけることがで…

14章 無窮の闇に 囚われて(1)

7月31日(日) 西の風 風力3 晴れ テスト飛行の朝。格納庫に顔を出すと、驚いたことに名香野先輩がいた。代わりに湖景ちゃんの姿が見えない。 「湖景ちゃん……きょう、どうしたんです?」 機嫌を損ねないために「珍しく先輩のほうが早いんですが」とは言わ…

【閑話休題・給電着陸12】

給電着陸が一回空きました。というのも一日ほぼ一回のペースで更新しながら、十年ぶりに原稿の校正作業を並行して行っておりました。 話が後半に入ってから三ルートを同時進行させていたことは前に説明しましたが、改めて読み返すとイベントが重なるため進行…

13章 重ねた努力に 裏切られ(10)

体は疲れてはいるが、神経は妙に高ぶっている。きょうもすぐには眠れそうになく、僕はなんとなく研修室の屋上に上がった。漆黒の夜空に天の川が横たわり、星群れが呼吸するように煌めいていた。 涼みがてらに星を見上げていると、後ろからきいっと扉を開ける…

13章 重ねた努力に 裏切られ(9)

夜空には、手を伸ばせば届きそうな星が無数に瞬いていた。 機体の計器チェックは夕方までに終わり、仕上げの組立作業は十時過ぎに終わった。僕は機体の重心測定などの作業をみんなに任せ、遅い風呂を浴びることにした。 着替えとタオルを持って部屋を出ると…

13章 重ねた努力に 裏切られ(8)

午前中に市民滑空場で飛行訓練をした朋夏が、格納庫に現れた。昨日に引き続いて、水面飛行のシミュレーション訓練に取り組むためだ。 「ピッチ調整のプログラム修正が終わってないけど、なんとか飛行ルートの感覚だけでもつかんで欲しい」 花見の要望に、朋…

13章 重ねた努力に 裏切られ(7)

7月30日(土) 西の風 風力3 雨 カレンダーがまた一日めくられ、スケジュールはXデーに向けて、着々とカウントダウンを刻んでいく。八月七日の本番まで、あと一週間あまりだ。焦りがないと言えば、ウソになる。だが時間の少なさを嘆く時間もない。 花見か…

13章 重ねた努力に 裏切られ(6)

その晩は、二組に分かれて作業をした。僕と会長、名香野先輩は飛行機の軽量化と組み立て。朋夏たちは、機体外のシミュレーターを使った飛行訓練を行った。朋夏は機体から降りたシミュレーションの方が成績がいいようだが、それでも成功は五割に届かないらし…

13章 重ねた努力に 裏切られ(5)

この日の夕食メニューは、ビーフストロガノフだった。 「姉さんのお陰で、料理ができました」 湖景ちゃんはうれしそうだ。憧れのお姉さんと、初めて作った料理。食卓に並んだ各自の皿に、食欲をそそる褐色のシチューが盛られている。 「うわーっ、おいしそう…

13章 重ねた努力に 裏切られ(4)

この日の訓練の結果、機体の完成を一日でも急ぎ、機体の実データをシミュレーションに乗せることが急務となった。機首上げ時の飛行特性がわからければ、朋夏の操縦桿の特訓も、意味が半減する。 「部品の削りこみはまだ足りないけど、バランス調整に配慮しな…

13章 重ねた努力に 裏切られ(3)

「あたし、やってみる。なかなか楽しそうじゃない」 口元は笑っていたが、目は真剣だった。 「教官の意見はどうですか?」 「恐らく大会は予選会と逆で、他の機体の大半がこの機体よりも軽いはずだ。プラットフォームも機体の性能と離陸速度を考えると、少し…

13章 重ねた努力に 裏切られ(2)

午後になって、湖景ちゃん謹製のピッチ角自動調整プログラムと、シミュレーターの飛行機への搭載作業が完了したと聞き、格納庫に戻った。 「こちらがパイロットの入力した信号。高度と速度もモニターします。で、これがピッチ角の自動調整システム。バッテリ…

13章 重ねた努力に 裏切られ(1)

7月29日(金) 北の風 風力3 晴れ 空はきょうも青い。日差しはさんさんと降り注ぎ、生きとし生けるもののすべてを祝福しているかのようだ。 「じゃあ、きょうもがんばって二人で作業をしましょう、平山先輩!」 格納庫で、湖景ちゃんがニコニコしながら言…